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雨上がりの宝物  作者: 人生依存
最終話:大切な人をいつまでも

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第八節

「俺たちは逃げる時、里咲にだけは連絡先と居場所を教えていた。俺たちが居なくなって直ぐ、両親が俺に対してのモノよりもずっと酷い暴力を自身に振るって来るのだと里咲は言っていた。大丈夫かと確認したら大丈夫だと言っていた。けれど、次第に里咲が助けを求めて来るようになってきた。それだけじゃあなく、学校生活すらも辛いと言う様になっていた」


 目に見えて里咲は磨耗していった。

 俺は人を死なせた最悪な人間だったが、自分の所為で苦しむことになった里咲を見て見ぬ振りができるような人間ではなかった

 だから里咲を助ける事にした。

 佑也さんは言った。


 自然と、奥歯に力が入った。

 どの口が言うかという言葉は、吐き気と共にぐっと飲み込んで胃液に消化させた。


「里咲の居場所にも関わっちゃうから詳しくは言えないけれど、長い時間をかけて準備を整えて俺は実家に帰った。去年のことだった」


「私はここに残ってたけどね」


「あかねが来たらややこしくなりそうだったから」


「もう少し気を使った言い方しなよ」


「……あの」

 

 突然イチャつき出した二人に話を元の路線に戻してもらう為、声を掛ける。

 ごめんごめんと言い、佑也さんは話を再開した。


「実家に帰って鍵を開けた時、リビングから両親が喧嘩をする声が聞こえてきた」


 それは、焦りの色が濃く出た声だったそうだ。


『 お前、”これ”どうすんだよ 』


『 どうするって、そんなこと私に言わないでよ! 』


『 お前がやったんだろ! 下手したらこいつ死ぬぞ! どうすんだよ、 ただでさえ”佑也のアレ”で世間体が悪くなったってのに、このままだと”俺たちも人殺し”だぞ! 』


『 ”やれ”って言ったのはアンタだったじゃない! 』


『 ここまでしろとは言ってない! 』


 佑也さんには直ぐに、里咲に何かが有ったと分かったそうだ。


「だから俺は慌ててリビングに行った。そしたら胸ぐらを掴み会って喧嘩をする両親の足元で、里咲は苦しそうに顔を抑えながら蹲っていた。里咲に駆け寄って事情を聞くと、熱湯を顔にかけられたらしかった。どうしてそんなことをしたのかまでは聞き出せなかった」


 里咲と佑也さんの両親は、佑也さんに気がつくとすべてお前が悪いのだと激昂したそうだ。

 そして、精神的に安定していなかった母親がキッチンから包丁を持ってきて、佑也さんに遅いかかった。


 どうせ一人殺してしまうのなら、崩壊の原因を作った佑也さんも殺して鬱憤を晴らそう。

 そんな短絡的で浅はかな思考の末での行動だったそうだ。

 それは、早とちりの勘違いが導き出した行動でしかなかった。


「別に自分の身を守ることはできた。母親を殴るなりして止めれば良かった。けれど、どれだけクソみたいな人間でも母親だ。俺は悩んだ、どうするべきなのか。けれど、悩む間に俺は母親に刺された。まだ腹にはそん時の怪我の跡がある」


 その後、倒れた佑也さんを無視するように両親は喧嘩を再開した。

 里咲は”兄が死ぬかもしれない”という恐怖と”兄を放置する両親”に対する恐怖でその場にいるのが苦しくなり、顔が痛むのも忘れて逃げ出した。

 そして、助けを呼んだ。


「おかげで俺は助かったけれど、その時に里咲は俺の血を大量に浴びてしまっていたから、タイミングが悪ければ変な噂が出てしまってもおかしな話ではない。これが多分、燈ちゃんが知りたがっていた事の全てだね」


 すべて、偶然が重なっての事だった。

 佑也さんはそう言っているのだ。

 目眩がした。


 里咲が苦しんでいたのはただの偶然の産物で、意味など無い。

 彼女は理由も無く苦しんだ。

 彼女は何も悪くはない。

 そんなの、余りにも里咲が可哀想だ。


 兄が人を死なせてしまった事で家族が人殺しを擁護していると言われ、その言葉は伝わるうちに間違ったものになって人殺し一家だと呼ばれるようになった。

 その一方で里咲は虐待を受けていて、秘密を知る唯一の友人に助けを求め続けていた。

 友人は里咲に命の危険が迫っていることを知っていて、運命の日は訪れた。


 両親は里咲に火傷を負わせ、兄を刺し、里咲は兄の血を浴びた。

 里咲は血を拭うこともせず家を飛び出し、助けを呼んだ。

 友人は顔に火傷を負い、血まみれで怯える里咲を見て勘違いをしてしまった。

 その後、友人は勢いで里咲を人殺しだと呼んでしまい、里咲には人殺しという渾名がついた。

 そして、人殺しという渾名が理由となって里咲は虐げられるようになり、虐められることになった。


 余りにも酷い話だ。

 誰が悪いのかと言われれば、里咲以外の皆が悪い。


 里咲の両親が虐待をした事が悪かったし、危うい位置で成り立っていた生活の均衡を崩した佑也さんも悪い。

 勘違いで里咲を人殺しと呼んだ緋奈も悪いし、何も気づかなかった部外者たちも悪い。

 皆が皆、悪だ。


 里咲だけは只の被害者だ。


 どうして彼女だけが苦しむことになったのか、誰か私に教えてはくれないだろうか。


 私は里咲と出会うよりも以前、自分が不幸な人間だと思っていた。

 友人などらず、嫌がらせを受けていて、これといった生き甲斐も無く現実から目を逸らし続けていた。

 親は私を苦しいだけの学校に行かせたがり、学校の先生は嫌がらせを受ける私を見て見ぬ振りした。

 学校に行くのが辛くて、けれど誰も救い出してくれなくて、次第に生きることが苦しいとしか思えなくなっていって、終いには死んでしまいたいと思う様になっていた。


 そして、自殺をしようと一度は心に決めた。


 けれど今に為って思う。

 私は全然不幸などではなかった。

 他者に比べたら苦しさを感じる立場だったのだが、私よりも苦しんでいる人間は存在した。

 私よりも酷い人生を送り、私よりも苦しみ、私よりも見捨てられ、そして……


 ”私と違って救われなかった人間が居た”。


 江口里咲と言う一人の少女は私を”救ってくれた”。

 私に夢を与えて、私に楽しい時間をくれて、私に生きる意味を見出させてくれた。

 けれど、里咲は私を救う反面で救われずに苦しみ続けた。 


 私みたいな無価値な人間が救われて、里咲のような真に苦しみ続けた優しい少女が救われないのは絶対に間違っている。

 彼女こそ、救われるべき人間だと私は思う。


 だからどうか、里咲に救いがありますように。


 神様なんかは信じない。

 ”私には無理だった”。

 だから、誰でもいい。

 誰でもいいから”里咲を救ってほしい”。


 それが”私の願い”であり、”救い”だ。


 今、彼女が何処で何をしているのか私には分からない。

 どれだけ聞いても佑也さんは教えてくれない。

 けれど、それは別に構わない。

 私には彼女を救う事ができないのだから、無理に居場所を聞き出す権利はない。


 代わりに私はただ願う。



 どうか、江口里咲に救いあれ、と。




丁度この部分を書いている頃、僕の大切な友人が一人、他界しました。

世間一般で言うまともな死に方ではありませんでした。

彼とはネットの関係で知り合いましたが、何時も笑っていて明るい人物だった事を覚えています。

たくさんタバコを吸って、たくさんお酒を飲んで。

梅酒をチェイサーかと錯覚するほどガブガブ飲んでいました。

そんな彼が他界したと聞いた時、僕は失礼ながらにも「そんな予感はしていた」と思って仕舞いました。

彼は何時も笑っていましたが、その笑顔の裏にはどうにも寂しさのような苦しさの様な感情が見え隠れして居て、僕は何時も固唾を飲んで見守っていました。


僕は、実に薄情な人間だったのだと思います。

救いの求め方も知らず、そもそも救われる事を望んでいない人間に掛けるべき言葉を見つける事が出来ませんでした。

結果、僕はこうして物語に彼へのメッセージを重ねました。

だから、初稿の当時の最終話のストーリータイトルは『 救い 』でした。

彼が天国へ行ったのか否か、それは僕には分かりません。

僕にはただ、願う事しかできません。

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