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雨上がりの宝物  作者: 人生依存
最終話:大切な人をいつまでも

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第二節

 里咲は顔立ちが整っていて男子から人気があり、人当たりも良かったために中学入学時から友人が多かった。

 当然、二年に進級した時も直ぐにたくさんの友達を作ることができたそうだ。


 一方の緋奈は違った。

 目つきが悪く、口汚く、友人を作るということがどうしても苦手な人間だった。

 どうやって他人との距離を詰めれば良いのかがわからなかったそうだ。

 当然、距離感がわからなくて口も悪く、そのせいで友人などほとんどできなかった。


 二人が同じクラスになり一ヶ月が経つ頃、クラスメイトの半数は里咲を取り囲んでおり、多くの男子が里咲に恋心を抱いていた。

 一方の緋奈は小学生時代からの僅かな女友達とだけ連んでいて、二人が関わることはまだなかったそうだ。


 里咲と緋奈。

 二人が関わることのない未来も確かにあった。

 この時点ではそれぞれが完結した世界に生きていて、互いの世界を浸食することはなかった。

 互いに歩み寄ろうという意図もなく、互いの存在を知りはしたけれど認知はしていなかった。


 ただのクラスメイト。

 話したこともない人。

 関わることがあれば話はするけれど、普段から関わっていこうとは思わない。

 互いがそう思っていたと緋奈は言った。


 緋奈は自虐的に言う。

 普通、自分みたいなタイプの人間は里咲のようなタイプの人間をひがみ、一方的に敵視するものだと。

 けれど、緋奈は里咲に興味がなく、そんな負の感情を抱くことはなかったそうだ。


 二人の関係が変わったのは皆が新学年の生活に慣れた頃合いの六月だった。

 その日は雨上がりの朝だったそうだ。

 地面が濡れ、日の昇っていない空は曇り空のままだった。

 朝の五時頃ということもあり、人の姿など街には無かったという。


 徹夜で友人と遊んだ緋奈は、寝ぼけ眼でふらふらと自宅への道を歩いていた。

 その最中、薄っすらと夜明けの色が見え始めた空の下で緋奈は里咲に遭遇した。

 里咲はパジャマ姿のまま、濡れた道に倒れていた。

 少しずつ夏が迫ってきているというのにかなり厚手の長袖のパジャマを里咲は身につけていた。


「ちょっ、アンタ」


 それまで殆ど関わりが無かったけれど、緋奈は慌てて里咲に駆け寄って声をかけた。

「大丈夫か」と、肩を揺らした。

 けれど、里咲は意識が無かったわけではなかった。


 ただ、項垂うなだれるように地面に寝転がり、虚ろな瞳で夜明け前の曇り空を眺めていた。

 パジャマや髪が濡れ、汚れることも気にする様子は無かったそうだ。


「なんだ。無事なのか」


 緋奈の言葉に、里咲は反応しなかった。

 安否を確認してホッとした緋奈は自分に視線が向けられていることに気がついた。

 目の前の里咲からの視線ではなく、別の方向からの視線だった。


 圧迫感のある視線の主を探そうと顔を持ち上げると、直ぐ目の前にあった一軒家の入り口から一人の女性がこちらを覗いているのに気がついた。

 家先の表札には江口と書かれていた。


「里咲、何してるの。早く戻ってきなさい」


 女性がそう言うと、里咲はゆっくりと立ち上がって一軒家の中に入っていった。

 その日、里咲は何事も無かったかのように学校に来て、いつも通りに明るく振る舞っていた。

 だから緋奈は、その日の朝に見た光景が忘れられなくなってしまった。


 この時点で緋奈は里咲が道路に寝転がっていた理由を幾つか考えたそうだ。

 単純に江口里咲が頭のおかしい子で、雨上がりの朝はやくから地面に寝転がっていたのかもしれない。

 もしかしたら、何か悪いことをして親に怒られ、家から閉め出されたことで拗ねて寝転がっていたのかもしれない。

 その程度だと考えていた。


 三日後。

 再び徹夜で遊んだ後の帰路でのこと。

 緋奈は見てはいけないものを見ることになった。


 数日前に里咲が寝転がっていた場所に差し掛かった時、緋奈はふと江口の表札が掛けられた一軒家を見た。

 すると、庭に面する部分の窓のカーテンが開けられており、里咲の家の中の様子が目に入った。

 その先に、おぞましい現実があった。


 以前見た女性が里咲の髪を掴み、引っ張り上げ、その後、襟首を掴んで頬を殴っていた。

 そして、誰かに話しかけられたのか、女性は家の奥に向けて何かを話し、頭を掻きむしってイラつきをあらわにしたと思うと、里咲の腹を殴った。


 一度だけじゃない。

 何度もなんども、腹を殴った。

 里咲は襟首を掴まれていて逃げられる様子では無かった。

 

 それどころか、諦めた様子で受けて当然だとでも言うように殴られるままになっていた。

 見ている自分の方が腹が痛くなってくるほど、執拗に力強く女性は里咲を殴った。

 しばらくして満足したのか、女性は里咲の襟首を話した。

 そして、大声で怒鳴った。


「お前らなんか産まなきゃよかった」


 窓が少し空いていたようで、道端にいた緋奈の耳にもその罵声が聞こえた。

 緋奈は両手で口元を覆い、感じてもいない吐き気を堪えた。

 思わずとってしまった行動だった。


 知ってはいけないことを知ってしまった。

 そう思ったそうだ。


 女性は再び誰かに話しかけられ、ハッとしたように緋奈の方を見た。

 それに促されるように、里咲も緋奈の方を見た。

 女性は慌ててカーテンを閉めた。

 ドタドタという騒がしい足音がして、女性が自分の元へと向かっているのだと悟った緋奈は怖くなってその場から逃げ出した。


 カーテンが閉められる直前、絶望の滲んだ表情で自身を見つけてきた里咲の目をまだ忘れられないと緋奈はいう。

 その日も里咲は当然のように学校に来たそうだ。

 緋奈はそんな里咲を見て恐怖を覚えたという。

 そして、その日の帰りに緋奈は里咲に呼び止められ、二人で学校からの長くはない道のりを歩いて帰ったそうだ。


「見たよね」


 帰り道、初めて話をするということもあって奇妙な沈黙があった。

 けれど、そんな青春色の沈黙は里咲の「見たよね」という言葉で直ぐに蹂躙されてしまった。

 美しい時間からおぞましい時間へ、あっという間に塗りつぶされた。


「ねぇ。見たよね」


「あ、うん」


 口が悪い緋奈もこの時ばかりは里咲に圧倒されて口の悪さが消えた。


「そっかぁ。じゃあ隠す必要もないよね」


 いつもクラスで友人たちに見せるような笑顔のまま里咲は立ち止まり、両手を広げて自信満々に言った。


「私、虐待されてます」


 そんなカミングアウトにどう言った言葉を返すべきかと緋奈が困惑していると、「あれ?」と里咲は首を傾げた。


「あ、そっか。根拠がないもんね。信ぴょう性薄いよね」


 ごめんごめんと謝りながら、里咲は緋奈の手を引いた。

 そのまま近くの公園の多目的トイレに緋奈を連れこみ、里咲はカッターシャツとその下に来ていた体操服を脱いで見せた。

 緋奈は思わず朝と同じように両手で口元を覆い、こみ上げてきたわけでもない吐き気を堪えた。


 里咲の体はボロボロだった。


 腹の辺りは青あざが密集していて、ブラジャーの下の膨らみかけの胸にも青あざがあった。

 よく見ると首の下の方、男性ならば喉仏があるあたりよりも下。

 そこにはくっきりと指の跡が付いていて、事の重大さを際立たせていた。

 腕のあたりには小さな円形の火傷がたくさんあって、何があったのかなんて想像したくも無かった。


 そして何より、里咲は痩せていた。

 薄っすらとだけれど肋骨が浮かび上がっていて、手足もちょっとした衝撃で折れてしまいそうな程に細かった。

 信じられないと言った様子で目を見開く緋奈に、里咲は言った。


「ね? 本当だったでしょ?」


「本当って……」


 想像よりも酷いものだと緋奈は言いたかった。

 けれど、それよりも先に疑問が口を飛び出した。


「どうして……」


「ん?」


「どうして私に」


 里咲はいつもの明るい笑顔を歪めなかった。


「だって、知っちゃったなら隠す必要ないでしょ」


 その言葉を聞き、緋奈は思ったそうだ。

 江口里咲は狂っていると。

 困惑する緋奈を気にする様子もなく、里咲は緋奈の手を取り言った。


「このこと知ってるの、アナタと先生だけだから」


 相変わらず笑顔の里咲に、緋奈はどんな言葉も返せなかった。


「だからさ、お願い」


「…………へ?」


「私の友達になってよ」


「……え?」


 友達ならたくさん居るだろうと緋奈は思った。

 けれど、里咲の言う友達は、遊び、楽しい時間を共有する関係では無かった。

 秘密を共有し、罪を分け合う共犯者のような関係。

 それが里咲の言う友達という関係だった。


 現に、里咲は緋奈に「私の共犯者になってよ」と言い直した。


「共犯者って何する気?」


「何もしないよ。ただ、私のそばにいて私のボロが出ないように抑止力になって」


 里咲が言ったその言葉を、緋奈は”その時”が来るまでわからなかった。


 翌日から、里咲は緋奈に積極的に話しかけに行った。


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