第一節
「じゃあ、里咲について聞かせてもらってもいいかな」
「いいかなって、私別に話をするなんて言ってないんだけど」
学校近くのマクドナルドに軒傍緋奈を連れ込み、一番奥の席に向かい合うように座った。
もちろん、シェイクを買ってだ。
私はバニラ、緋奈はストロベリー味だった。
学校は何も言わずに早退した。
「いいじゃん。シェイク奢ったんだし」
「いや、お前が勝手に買って渡してきたんじゃん」
「でも味は自分で決めたでしょ」
「それはまぁ……。はぁ。うっざ」
心底鬱陶しそうに緋奈は呟いた。
「じゃあほら。里咲について話を聞かせてよ」
「しつこいな。なんで私なんだよ。話さねぇよ」
「どうして?」
「お前、本当に鬱陶しいぞ」
「鬱陶しくてもいいから」
「帰っていい?」
「ダメ」
「なんで」
「里咲について教えてくれるまで帰っちゃあダメ」
「だからなんで」
呆れた様子で緋奈が言う。
私は即答する。
「何でって、私が知りたいから」
「私には関係ないじゃん」
「でも」
「あーもうしつこいな!」
長く不毛な攻防の末、緋奈は頭を掻き毟って苛立ちを見せた。
異常とも言えるほど里咲について語ることを嫌がる緋奈に、私は聞いた。
「どうしてそんなに嫌がるの?」
「別に」
「……」
「無言で私を見つめるな。鬱陶しい」
「鬱陶しくてもいいから」
「それはもういい」
語調を強くし、緋奈は拳を握って自身の顔の前に持ち上げた。
「お前、本当に鬱陶しいな。いい加減にしないと殴るぞ」
緋奈の目は真剣そのもので、冗談で言っているわけではなさそうだった。
私は頷き、「殴れば」と言った。
「でも、殴ってもいいから里咲の話を聞かせて」
声のトーンを落とし、私も冗談などではなく本気なのだと主張する。
緋奈の目を見て、私が真剣であることを訴えかける。
少しの間、互いに動かずに沈黙の時間が続いた。
店内の話し声だとか物音だとかが耳に鮮明に届いた。
そんな膠着状態はポテトの揚がる音であっけなく打ち破られてしまう。
耐えられなくなったのは緋奈の方だった。
「はぁ。お前、マジでウザいな」
ストロベリーのシェイクを啜り、口を濡らして小さく息を吐き、「何で私なんだ」と緋奈は言った。
そんなの、至極単純な理由だ。
「里咲の前のクラスメイト。あなた以外にはもう全員に話を聞いたの」
「そんだけ?」
「うん」
「そんだけか」
緋奈は”悲しそうな声音”でもう一度シェイクを啜った。
吐かれた吐息は先ほどとは違った印象を孕んでいた。
私はその吐息を諦めに近いような、落胆に近いような溜め息という受け取り方をした。
そうして整えられた呼吸とともに吐き出された言葉に、私は耳を疑う。
「アイツと私はさ、親友同士だったんだ」
「……え」
「私とアイツの関係は、もう私たちしか知らねぇんだよ。みんなの中で、私たちの関係は消えて無くなってる。代わりに、虐めの加害者と被害者っていう何も知らない奴がつけた酷い偏見を与えられたんだ」
話の行く末が見えなかった。
それよりも、里咲と緋奈が親友同士出会ったという言葉が信じられなかった。
一年前の出来事があったから。
学校の昇降口で、緋奈が里咲の腹を蹴飛ばす。
そして、嘔吐く里咲の髪の毛を千切れそうなほどの力で引っ張りあげ、緋奈が「人殺し」と里咲を罵る。
あの光景を私は覚えている。
とても、親友同士の関係には見えなかった。
「アンタさ、私がり……江口を虐めていたって言ってたよね」
「……うん」
「何でそう思ったの。もしかして、クラスの奴らが言ってた?それとも噂になってた」
「……どっちでもない」
「あー。なるほどね。まさか、”見た”ってこと?」
言葉にしたくなくて、私は無言で頷いた。
「そっかそっか。じゃあ勘違いしてもおかしくないな」
「……ごめん」
「気にすんな。悪者は私だから」
自分が全部悪いんだと言う緋奈の言葉が強がりであることはすぐにわかった。
声が震えていたし、かすれてまともに声を出せていなかった。
「江口について、話を聞きたいって言ったよね」
「……うん」
「何を聞きたい?」
「えっと……。その、人殺しって呼ばれる事になった理由」
本当は里咲を虐めた理由も聞きたかった。
けれど緋奈は、端から見たら虐めにしか見えなかったあの出来事をそうではないのだと言った。
だから、あの出来事を虐めだと定義づけて動機を聞く事などもうできない。
ならばせめて、蔓延している人殺しと言う渾名の所以だけでも聞こうと思った。
「そんなことか」
再びシェイクを口に含んで呼吸を整えると、緋奈は「あれは私が原因」と言った。
「どういうこと?」
「そのまんま。私が勝手に江口を人殺しって呼んだだけ。それがいつの間にか周りに広がったの」
緋奈は悲しそうな表情をしていたが、反省をしていると言った様子はなかった。
まさか、絶対にないだろうと考えていた根拠のない渾名だったのだろうか。
それによって里咲は苦しめられる事になったのだろうか。
だとしたら、軒傍緋奈はとんだ極悪人だ。
私は緋奈を許せなくなりそうだ。
殺してやりたいと思ってしまいそうだ。
怒りがじわじわと込み上げ、緋奈を見る目に自然と力が入った。
けれど、緋奈はそんな私の様子を気にする素振りも見せなかった。
「どうせ気になってるんでしょ?私が江口を人殺しなんて呼んだ理由」
「……」
「まぁいいよ。勝手に話すから」
シェイクが無くなったのを確認し、緋奈は席を立ってカップをゴミ箱に捨てた。
そして何事もなかったかのように席に戻ってくると、ごく自然に緋奈は爆弾を投下した。
言葉の爆弾を。
里咲と緋奈が親友同士であったという事実とは比較もできないほど強力な爆弾を。
その爆弾に、私は呼吸が止まりそうになった。
いや、呼吸を忘れた。
「アイツ。親を殺したの」
緋奈の言っている事の意味がわからなかった。
視界が揺れた。
「それって、どういう……」
「まんまだよ、そのまんま。アイツが親を殺したから私はアイツに怒った。何でそんなことをしたんだってね。で、カッとなってダメだとわかってたけど人殺しって呼んじゃったの」
「どうして里咲が……」
緋奈は「ハッ」と鼻で笑った。
下らない事象を嘲笑っているようだった。
バカバカしくてたまらないとでも言いたいようだった。
「いいか。そんなに知りたいなら私が知ってる江口里咲の事を全部教えてやるよ」
長くなるからなという切り口で、緋奈は語り始めた。
江口里咲が人殺しと呼ばれるに至った経緯を。
親を殺した経緯を。
江口里咲の過去を。
私の知らない江口里咲を。
軒傍緋奈は私に提示した。
「私と里咲は同じ揖川中の出身でさ、二年の時から同じクラスだった」
緋奈は一から順に語ってくれた。
本当に、容姿に似合わず丁寧に、知る情報の要点を欠くことなく語ってくれた。
私が知りたくて、それでもこれまで機会が無くて知ることができなかった里咲の過去を、緋奈は教えてくれた。
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江口里咲と軒傍緋奈はそれぞれ異なる小学校に通っていて、中学の二年のとき、初めて互いを認識した。
それは、中学二年で初めて同じクラスになったことがきっかけだった。
”当時も”、二人は全く違う立ち位置の人間だった。




