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雨上がりの宝物  作者: 人生依存
第7話:彼女の居ない私の日常

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第四節

 翌日から、クラスメイトの誘いをすべて断って私は動き始めた。

 クラスメイトとの時間も楽しかったけれど、彼女達はクラスメイトではあっても友人ではないのだと割り切ることで自分を誤魔化した。


 まず、私は里咲の兄の家に行った。

 私が里咲に教えてもらった彼女の帰る場所はそこだけだったからだ。

 何度か彼女を家に招いたが、彼女が私を自身の家へと招くことはなかった。

 だから、私が知っているのは彼女が一度だけ私に場所を教えてくれた彼女の兄の家だけだ。

 彼女の実家は私の家と同じ地域にあるということしか分かっていない。


 歩き慣れた学校の帰り道を歩き、道中にある一軒家の前で立ち止まる。

 世界は、夕日で赤く染められていた。

 時期が時期だから後一時間もしないうちに真っ暗になるはずだ。

 家先の門の脇に取り付けられた銀の表札プレートには『 江口 』という名が彫られているが、それは削られてしまっている。

 まるで恥を隠すかのように、何かで名を削り潰してある。

 代わりに、削り取られた名の下には『 錦百合にしきゆり 』と不恰好に掘られていた。


 深呼吸をしてインターホンを押す。

 ピンポーンとよくあるインターホンの軽快な音が響いた。

 返答はなかったが、少し待つと家の中でドタドタと人が慌ただしく歩く音が聞こえた。

 人がいることが確認できた故、私は扉が開けられるまで待つことにした。


 けれど、一向に扉が開けられる気配がなく、私はもう一度インターホンを押した。

 すると、家の中から半ば怒ったような声で「わかったわよ! 出ればいいんでしょ出れば!」と聞こえ、再びドタドタと言う騒がしい足音がしたのち、扉が勢いよく開けられた。


 中から出てきたのは綺麗な女性だった。

 背は私よりも少しばかり高く、腰上あたりまで伸びた髪の毛を結びもせずに空に泳がせていた。

 かなり雑にあつかっている割には髪にものすごくハリツヤがあって、日々の手入れをしっかりとしていることがよくわかる。


 若干だがつり目なせいできつい印象は受けるが、だらしないスウェット姿や高めの声が印象をいくらか柔らかくした。

 彼女が里咲の言っていた兄のお嫁さんで間違いないだろう。

 お嫁さん(仮)は寝巻きと思われるスウェット姿でふらふらと怠そうに私の元まで歩いて近づいた。


「何? あんた誰?」


 私の前にたどり着くと、お嫁さん(仮)は門越しに聞いてきた。

 言葉遣いは少しキツかったけれど言葉の腰は柔らかかった。


「えっと、私、西野燈っていいます。その、こちらは江口さんの御宅でよかったですか?」


「違うわよ。うちは錦百合。江口なんて家じゃないよ」


 一瞬、本当に家を間違えたのかもしれないと思った。

 けれど、もし他人であるのなら江口の表札を削ってまでして再利用することなく、表札を取り替えてしまうだろうと思った。

 だから私は退かなかった。


「あなたは、あかねさんですか」


 いつか里咲から聞いた名前を口にだす。

 里咲のお兄さんの、綺麗で優しいお嫁さんの名前。


「……知らないわよそんな人」


 少しだけ顔に困惑の表情が浮かんだのを私は見逃さなかった。


「私、江口里咲の友人です。里咲のお兄さんにお話が聞きたくて今日は来ました」


「あんた、里咲ちゃんの……」


 驚いた表情であかねさんと思われる女性は言葉をこぼした。

 明らかに里咲を知っている反応だった。

 女性は里咲の兄の嫁であるあかねで間違いない。


「里咲のお兄さんに話しがあります。会わせてもらえませんか」


 あかねさんは気まずそうに頭を掻き、諦めたようにため息をついた。


「あんたが里咲ちゃんの友達で、佑也に用があるっていうのは分かった。里咲ちゃんのことでしょ?」


「あ、はい! そうです! 里咲についてです!」


「あんたを佑也に会わせるのは問題ないよ。ただ、私からは何も言えないからまた出直してきて」


「え?」


 あかねさんは残念でしたとでも言うように、洋画でよくみるやれやれと言うわざとらしいジェスチャーをして見せた。


「どういうことですか?」


「そのまんまよ。今、佑也は野暮用で出かけているの。家にはいないのよ」


「あ、なるほど」


「で、昨日の朝に出てったばっかりだからいつ頃戻ってくるかはわからないの。多分一週間は戻ってこないはずよ」


 だからまた後日出直してこいとあかねさんは言った。

 話してみてわかったけれど、彼女は色々と言葉足らずな人間だった。

 そのせいでキツい物言いをしているように錯覚しているが、根は優しい。

 だからこそ、私を無意味に追い返す事はせずに言葉での会話を試みてくれた。


「じゃあ、はい。あの、また来ます」


「うん、そうして。じゃあねぇ〜」


 あくびを盛大にしながらあかねさんは踵を返した。

 私はあかねさんの背に軽く会釈し、その場を去ろうとした。


「あ、そういえば」


 思い出したように言ったあかねさんの声に、私は動きを止めた。


「あんたの名前なんだっけ」


 つい数分前に言ったじゃあないかとは思ったけれど、それを口にしてしまえばあかねさんを怒らせてしまうと思った。

 彼女は思っていたよりも繊細な人間のようだから。


「西野燈です。あ、私の連絡先はどうすれば」


「燈ちゃんね。言われてみればそうね。連絡先教えてもらっていないじゃない」


 あなたがせっかちなだけではと言いたかったが、グッと言葉を飲みあかねさんに自分のメールアドレスを教える。

 それから今一度会釈をし、今度こそ私は里咲の兄の家を後にした。


 最後、あかねさんは私に「そういえば、私は江口あかね。佑也のパートナーよ」と自己紹介をした。


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