第二節
最近、本当に皆が優しい。
夏休み明けの一週間はいつも通りだった。
里咲が来ている時と同じように、皆は私に同情のような哀れみのような感情を向け、腫れ物を扱うように接した。
けれど、一週間が経過すると皆は何を思ったのか、私に対して普通のクラスメイトに接するのと同じ態度で接してくるようになった。
まるで、最初から友人同士であったかのように。
まるで、これまでと同じであるかのように。
まるで、私を虐めていた事などなかったかのように。
まるで、私が苦しむのを見て見ぬ振りをしていた事など無かったかのように。
私の高校生活の凡てを否定して、まるで私が普通の少女であるかのように。
自分自身が普通の少女達であるとでも主張するように。
クラスメイトの皆は私に接してくるようになった。
「ねぇ、西野さん。夏休みどこかに行った?」
夏休み明け。
里咲が姿を消して一週間後、最初に私に話しかけてきた少女は久川さんだった。
すっとぼけたように、ごく自然に私に夏休みの思い出を問いてきた。
「別に」
私と里咲の思い出を誰にも汚されたくなくて、私はそう返した。
それで変化の兆しは終わるだろうと思っていた。
同日。
休み時間になる度にクラスメイトが代わる代わる私のところに来た。
「西野さん。駅前のドラッグストアでバイトしてなかった?」
「このまえ西野さんが読んでいた本さ、私も好きなんだ」
「ねぇ、夏休み前にさ、めっちゃカッコイイ人と駅前歩いてなかった? あれって彼氏?」
皆が皆、変に馴れ馴れしく私に声をかけてきた。
もちろん私はそんなある種の手のひら返しに疑問を抱かないほど馬鹿な人間じゃあなかったし、私を蔑んでいたクラスメイトの話に丁寧に付き合ってあげられるほど完成された人間でもなかった。
「そうだよ」
「そうなんだ」
「もう違う」
皆に雑な返答を返した。
これできっと、私の世界は私と里咲とお母さんとアケミ先生と、それから私に優しい人たちだけになってくれる。
これまで通りに戻れて、里咲の居場所を守ることができる。
そう思っての事だった。
けれど、やっぱり現実というものは上手く物事が進むわけがなくて、事は望まない方向へと転じた。
翌日、学校に行った私を待っていたのはクラスメイトの温かい視線だった。
教室の扉を開けた途端に皆が私を見て、久川さんをはじめとした一部のクラスメイトが笑顔になった。
「おはよう」
そんな久川さんの言葉を私は無視しようとした。
けれど、私はまだ人間だった。
胸が痛んだ。
だから不本意ではあるけれど、久川さんに「おはよう」と挨拶を返した。
教室内がざわめいたのが分かった。
席に着くと、久川さんをはじめとした何人かが寄ってきて、話しかけてきた。
「昨日の特番見た?」
その言葉に私は「見てない」と返した。
「えー。面白かったのに」
その言葉に「そうなんだ」と返せば、きっと今度こそ突き放すことができたのだと思う。
けれど、私はまだ人間だった。
胸が痛んだ。
「何がやってたの?」
そうやって、普通の友人同士の会話のように言葉を繋いでしまった。
こんな事は言葉にしたくはないのだけれど、この時の彼女達との会話はとても楽しかった。
まだ心のどこかで疑う気持ちはあったのだけれど、それでも、普通の少女のように何でもない話で盛り上がる事が楽しくて、負の感情を正の感情が上回った。
暫くして朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。
そろそろ先生が来るからと皆が自分の席に戻った頃、教室の黒板側の扉が開いた。
新学期の席替えで私の席は廊下側の最前列になったから、すぐ目の前でいきなり大きな音が鳴って扉が開けられ、少しだけビックリしてしまった。
そんな私の様子を見て、扉を開けた凛花は「何ビビってんの」と鼻で笑った。
そして、私の横を通り過ぎ、私の後ろの席に座った。
凛花は私の直ぐ後ろの席、その隣が圭子の席だった。
私は、驚いて声が出なかった。
私の横を通り過ぎる際、凛花と圭子は私に向かって「おはよ」といったのだ。
そこから全てが動いた。
これまでの高校生活が間違いであったかのように。
本来あるべきであった形に戻ろうとするかのように。
急激な変化が起きた。
まるで、これまでは変化を何かに堰き止められていたかのようだった。
そのうち、クラスメイトの一人が「遊びに行こう」と言った。
私は当然のように拒絶した。
はっきりとした拒絶ではなく、やんわりとした相手を傷つけない拒絶だった。
私はまだ人間だったから。
けれど、言い方が悪かったのか、クラスメイトは頻繁に遊びに誘ってくるようになった。
結果、里咲へのメールの内容が変化する直前、私は根負けして誘ってくれたクラスメイトと遊びに出かけた。
悲しい事に、里咲と遊んだ時間と比較できてしまうほどに彼女達と遊んだ時間は楽しかった。
カラオケに行って。
服を買いに行って。
本屋で本を見て。
ボウリングにも行った。
そして、遊び終わるとマクドナルドでシェイクを飲みながら学校生活の愚痴を言いあった。
どれもこれもが青春の分かりやすい典型例で、どれもこれもが涙が出るほどに楽しかった。
里咲がいなくなり、私は確かに落ち込んだ。
けれど、久川さんなどの”新しい友達”が素敵な時間を私に与えてくれた事や、里咲がいつかは戻ってくると言う先生の言葉が私を救い出してしまった。
確かに私は救われてしまった。
それは地獄に突き落とされるのと同義といっても過言ではなかった。
次第に、私は里咲が居ない繰り返される日常に”慣れて”いってしまった。
さらに時は過ぎ、十一月も半ばになった。




