第一節
十月になり、夏を忘れられない哀れなセミたちはすっかりと消え去さった。
残夏の香りは秋色に溶け、人々の身につける服は少しばかり厚手なものに変わった。
時間は経ち、世界は移ろってゆく。
私の記憶の里咲はいつまでも変わらないままなのに。
何もかもが変わっていってしまう。
季節も、街も、私たちの生活も。
だから私は取り残されている。
私は夏休みの最終日から、旅行の最終日から変われずに立ちすくんでいる。
皆、大切な人は居なくなってしまった。
アケミ先生も雅さんも里咲も、みんなみんな、私の前から姿を消した。
私を置いて、前置きもせずに唐突にどこかへいってしまった。
そして私は変われない。
同じ場所に立ち続けて変われないことを嘆いている。
携帯電話に表示された里咲の名を見て、ため息を零す。
夏休み明けから、里咲は学校に来なくなった。
それと同時に里咲に連絡が通じなくなった。
電話番号が使用されていないとかそういうわけではない。
長い長いコールの末、留守番電話として処理されるのだ。
それは、里咲が私からの連絡を認知した上で見て見ぬ振りしていると解釈できてしまう。
どうして里咲がそんなことをするのか。
私からの連絡を無視するのか。
理由など考えればきりがなくて、考えたところで答えらしきものに触れることはできなかった。
最初は体調を崩したとかその程度のことだろうと思って心配していなかった。
『体調崩した?』
それだけのメッセージを里咲に送った。
三日ほど経てば体調が回復して学校にも姿を表すだろうと思った私を嗤うように、里咲からメッセージが返ってこないまま里咲のいない学校生活は一週間が過ぎた。
流石に変だと思い、『大丈夫?』とメッセージを送った。
そこから一週間が経っても里咲からの返事はなかったし、当然のように里咲は学校に来なかった。
どうしても返事がこないことが納得できなかった私は、せめて学校に来ない理由だけでも知りたいと思い、担任に詰め寄った。
「里咲が学校を休んでいる理由はなんですか」
「んー? どうしてだ?」
職員室で作業中の先生に問いかけると、先生は私の方を見る事も無く子供をあしらうように言った。
「どうしてって、それは、里咲が私の友達だからです」
「そうか。じゃあ本人に聞いたらいいじゃないか」
この人は何も知らないから能天気なことが言えるのだと思うと、少し腹が立った。
いや、先生は何も知らないわけではない。
ただ何もかもから目を逸らしているだけだ。
現に、私の虐めからもずっとずっと目を逸らし続けていたじゃあないか。
弱虫。
「それができたなら苦労しないです。里咲と連絡が取れないんです」
「そっか。じゃあ江口は今忙しい時期なんだろ」
「高校生が学校を休んでまで時間を割いていることってなんですか?」
「さあな。江口に直接聞いてくれ」
相変わらず真面目に取り合ってくれない先生にイラつきが強まった。
「先生。私は真剣なんです」
「そうか。先生も今、真剣に書類作成してるんだ。わかったなら邪魔しないでくれ」
その言葉についカッとなり、私は右手を振り上げた。
先生を一発叩いてやろうと思ったのだ。
けれど、私の行動は未遂に終わった。
私の動きを横目で見ていた先生は溜め息を吐いて「そんなに知りたいのか」と言ったのだ。
それは私への対応を真面目に行うと言う意思表示だと、私は理解した。
「知りたいです。里咲が学校を休んでいる理由」
先生は困ったように頭を掻いた。
「江口はしばらく学校に来ない。期間はわからないし、俺は理由も聞いていない」
これで満足かと付け足し、先生は私に職員室から出て行くよう促した。
私はそんな話だけでは納得できなくて食い下がったのだが、「これから職員会議だから」と言われて渋々職員室を後にした。
時刻は昼休みの終わり頃だった。
知りたい事を何も知ることができず、落ち込みながら職員室から出て行こうとした私に、先生は「江口は戻ってくるから心配するな」と言った。
そんな気休めの優しさは、向けられない方が心が楽だ。
それからさらに時は過ぎ、十月になった。
里咲と連絡が取れなくなっておよそひと月が経ち、それまでの間、私は毎日のように里咲にメッセージを送った。
『ねぇ。何か事件に巻き込まれたりしていないよね?』
『生きてる?』
『死なないよね?』
最初の方はそんなメッセージばかりだった。
連絡が取れない事への理由の追求から始まり、それは次第に里咲の生存確認をする内容へと変わっていった。
そして、先生に言及してから私が送るメッセージは変化した。
『今日ね、久川さんと学校帰りに遊びに行ったんだよ。里咲以外の子と学校帰りに遊びに行くことになるとは思わなかったな』
『今日ね、凛花に遊びに誘われたの。次の土曜日に凛花と圭子と三人で遊びに行くんだ。里咲も誘いたかったな』
生存確認のメッセージは日々の私の生活を報告するものへと変わった。
里咲がいつ戻ってくるかはわからない以上、戻ってきた時にすぐ日常へと戻れるように私の日常を分け与えておきたかったのだ。
それと、里咲に話をすることで消えた里咲を近くに感じたかったのかもしれない。
携帯電話の画面に表示された文字列を眺め、私はそれを読み上げた。
「ねぇ里咲。最近、皆が私に優しいの。不思議なくらいに、まるで私を虐めていた事なんて無かったみたいに優しいの。私、苦しいよ」
読み上げるなり、直ぐにバックキーを長押ししてメッセージを白紙状態に戻した。




