第六節
旅館に戻るとすぐに温泉に入った。
歩き疲れていて、一刻も早く体を休めたかった。
「道の駅、なんもなかったね」
「燈は変なおじさんに絡まれたしね」
「もう。その話はいいから」
「えへへ。燈の慌てた顔面白かったよ」
「意地悪だなぁ」
「ごめんごめん。さ、早く上がって夕食たべよ。カニだよカニ。まさか高校生の旅行でカニが食べられるなんて思っていなかったなぁ」
「さっきカニよりも食べる機会が無い牡蠣をたべたのに」
「まぁ、どっちにしろいい思い出になるよね」
その言葉に、私は無言で同意した。
朝食の部屋の隣にある宴会場に行くと、豪勢な夕食が用意されていた。
夏も瀕死の時期だというのにカニ鍋が用意されていて、その他にもこれまでの人生で一度も見た事が無いような高そうなお肉やアワビなど、高校生にしてはやはり背伸びしすぎたものがズラリと並べられていた。
「ちょっと背伸びしすぎじゃない?」
私が物怖じしていると、里咲が私の手を引いた。
「大丈夫だって。人生で一度くらいは背伸びしすぎても問題無いから」
里咲の言葉はやけに胸に沁みた。
夕食を食べ終えると、部屋に用意されていた布団にすぐに寝転がった。
本当に疲れていたのだ。
さらには夕食の席で酒まで入っていた。
温泉にも入ってお腹いっぱいで、眠くならないわけがなかった。
そのまま、私と里咲は前日同様に互いの体温を確かめ合いながら眠りについた。
…………。
…………。
…………。
深夜、何時頃だったのかはわからない。
私は目がさめた。
物音がしたとかそういった外的要因はなかった。
ただ、怖い夢を見てしまっただけだった。
私の前から里咲が居なくなってしまう。
そんな怖い夢。
瞼を持ち上げると、見慣れない部屋だった。
私は自分が旅行に来ていた事を思い出した。
寝ぼけ眼が捉える歪む虚像に誰かの姿が映る。
里咲だった。
里咲は夜中だというのに起きていた。
私が眠る傍で、惚けるように窓の外の景色を眺めていた。
その姿は何とも物憂げで、美しさと同時に儚さを感じる。
何だか、視界が霞む。
まるで煙の中にいるみたいに、視界に靄がかかる。
などと辺りの状況を確認しているうちに、視界がぼやけた。
きっと、里咲をこの目で見た事で安心したのだろう。
再び眠気が込み上がってきた。
懐かしい香りがした。
私は再び眠りに落ちた。




