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雨上がりの宝物  作者: 人生依存
第6話:私と彼女の思い出

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第四節

 中に入ると、狭い店内にカウンター席が八席ほど、奥に座敷席が二つか三つほどあった。

 本当に狭いこぢんまりとした店構えだ。

 店内には店主とその娘と思われる二人しかおらず、他に客の姿は見当たらない。


「好きなとこ座って」


 店主はとても無愛想な頑固親父って感じの男性だった。

 促されるままに私たちが手近な席に座ると、娘さんがお通しを持ってきて、「飲み物はどうしますか?」と聞いてきた。

 何があるのだろうとメニューを見ると、メニューにはたくさんのお酒の名前が書かれていた。

 ソフトドリンクもパイナップルジュースやウーロン茶など、なんだかんだで種類が揃っている。


 私が何を飲もうかと思案していると、隣に座る里咲が白々しく「私ハイボールで」と言った。

「は?」と言いそうになるのを慌てて堪える。


「ハイボールですねー」


 娘さんが復唱したことで里咲のオーダーは確定した。


「どうしたの? 燈は今日は飲まないの?」


 遠回しにいつも通りの事なのだと店主に示す里咲。

 その上、里咲はさも当然のように、私に「お酒を飲め」と促してきた。


「じゃ、じゃあ私も同じのを」


 悩んだ末、私にはそう答えるのが精一杯だった。 


「はい。わかりましたー。注文決まりましたらその場で言ってくださいねー」


 嗚呼。私はまた、大人の階段を一段登ってしまった。

 人生で初めてのお酒。しかも自分は高校生。

 好奇心と罪悪感で心臓が高鳴る。

 里咲はどうなのだろうと思って彼女を見てみると、私とは違って素知らぬ顔でメニューを眺めていた。

 きっと、彼女は常習犯なのだ。


 ハイボールが手元に運ばれてくると、里咲は慣れたように注文をした。


「地魚のなめろうと、フグの天ぷら、海鮮ユッケとあとはポテトサラダください」


「はい。わかりましたー」


 娘さんがメモをして去っていったのを合図に、私たちは控えめな声で「乾杯」と言ってハイボールジョッキ同士をぶつけて鳴らした。

 ぐいっと中身を一気飲みする里咲を真似て私もぐいっとハイボールジョッキの中身を喉に流し込む。


「んぅ?!」


 危なかった。吐きそうだった。

 口蓋垂こうがいすいに引っかかるような味がして、香木のような不思議な香りが鼻の奥にこみ上げた。

 美味しくないし匂いがきついしで、私はあまりの不味さに口に含んだハイボールを一気に吐き出しそうになった。

 不安になって里咲の方を見ると、里咲は美味しそうにハイボールを飲んでいる。

 私の知らない里咲を、また一つ見た。


 程なくして料理が運ばれてきて、私は酒を料理で流し込むという何が何だかわからないことをしてその場を乗り切った。

 けれど、その後も里咲に流されるようにして、私はよく分からない日本酒を飲んだり甘いカクテルを飲んだりした。

 何段も一気に飛ばしながら大人の階段を上ったわけだけれど、そのおかげで同じお酒でもカクテルなら普通に飲めるのだと気がついた。

 カシスパイナップルは甘くて美味しかった。


 食事を終えると、宿に戻って温泉に入った。

 温泉といっても辺境の地の温泉だ。

 あまり豪勢なものではない。

 けれど、私たち以外に利用者はいなかったわけで、そのおかげか狭い温泉が少しだけ広く感じられた。


 温泉に浸かっている時、里咲が「なんだか琉球チックだなぁ」と言った。

 確かにと思った。

 外装も洋風だと思い込んでいたけれど、言われてみれば少し琉球っぽい。

 色合いではなく、模様が。


 温泉から出て部屋に戻ると、既に布団が並べるように敷かれていた。

 琉球チックな外観とは裏腹に、内装はザ・和風といった感じで、床は畳、壁もテーブルも木製で旧式のガスストーブに扇風機、それからブラウン管テレビが置かれていて、まさに古き良き旅館といった風体だった。

 敷かれた布団を見るなり里咲は布団にダイブした。


「どうしたの急に」


「ん〜? 燈もきなよ。布団がふかふかであったかいよ」


 寝転がる里咲は自身のかたわらをポンポンと叩き、私を招いた。

 やっぱり私は里咲に流されるように、里咲の隣に寝転んだ。

 里咲の顔が私の顔のすぐそこにある。

 それこそ、十センチも間はない。


「ほら、布団かぶって」


 自分が乗っかっていた掛け布団を自分の下から抜き取り、里咲は自分自身と私にその掛け布団をかけた。


「ほら、あったかい」


 抱きついてきた里咲の体温も相まって、確かに温かかった。

 私たちは、二つ並べられたふわふわの布団を贅沢にも片方だけ使う。

 互いの体温に火照りながら。


「どうしたの? 里咲、なんか変じゃない?」


「そう? そんなことないよ。私はいつも通り」


 口ではそんなことを言っているが、里咲は私をより一層強く抱きしめた。

 その胸元に、私を強く抱きとめた。


「なんかさ、あれだよね。駆け落ちしたカップルみたいだよね」


「私たちカップルじゃないよ」


「いいじゃんか、そんな細かいことは。小説のいい素材になるでしょ?」


 冗談めかして里咲が言った。

 多分、この旅自体にカップルの駆け落ちと同じような意味合いがあったのだとでも言いたかったのだろう。

 二人で決めたこの旅行に、意味などと呼べるものはこれと言って無いはずだ。

 少なくとも、私にとっては思い出作り以上の意味合いは無い。

 けれど、里咲にとっては違うようだ。


 だったら、里咲にとってのこの旅行の意味は何なのだろう。

 現実からの逃避だろうか。

 それとも、何かの探索だろうか。

 もしかしたら、気持ちの整理だとかそういったものかもしれない。


 考えたところでわかりやしない。

 考えてわかるのなら、私はこうして改まって考えてなどいないのだから。


 里咲にされるがままになっていると、突然、里咲は私に囁いた。

 声の質を変え、いつもの声をより一層低いものにして、大人びた様子で響かせるように囁いた。


「ねぇ。キス……しない?」


 心臓が大きく跳ねるのがわかった。

 キス。キスといった? いや、うん。確かにキスと言った。

 誰と誰が? 考えるまでも無い。会話の流れから考えて私と里咲がだ。

 冗談なのか本気なのか、里咲の顔が見えないからわからない。

 私は彼女の胸にうずめられているから、彼女の真意を確認できない。


「それ、どういう……」


「冗談だよ」


 いつも通りのざらついた声で里咲はいった。

 ”いつも通り”に、彼女は戻った。


「冗談だから気にする必要無いよ」


 それだけ言うと、里咲は寝息を立てだした。


「あれ、里咲?里咲?」


 どれだけ呼びかけても反応がない。

 本当に、里咲は眠りについてしまったようだ。


 私はなんとか里咲の抱擁を振りほどいて布団から抜け出そうとしたのだが、里咲の力は存外強くて、私はそのうち抜け出すのを諦めてそのまま眠りについた。

 

そういえば、梅の専門店の名前がわかりました。

『おうすの里』です。

みなさんも、京都に出向く機会があったらぜひ立ち寄ってみてください。

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