第二節
九月になってバイト代を貰うと、私たちは二人で京都に旅行に出かけた。
夏休み前から計画を立てていた旅行だった。
これが、私の記憶に酷く焼き付いている彼女との出来事の話。
朝の八時、最寄駅で待ち合わせをして私たちは青春十八切符を買った。
青春十八切符は魔法の切符だと思う。
電車の乗り放題だなんて、交通費の削減に大いに役立つ。
考えた人は天才ではないだろうか。
電車に乗り込むと、平日とはいえ夏休み。
朝九時前にも拘らず、多くの人が電車に乗っていた。
席は満席で、私たちは仕方なしに大きなリュックを背負ったままつり革を握って立った。
いつも名古屋に向かうときに乗る電車とはとは逆方向へ向かう電車は物凄く新鮮だ。
進めば進むほど町ではなく自然の景色に近づいていく。
ある一定区間を超えてからは見える景色のほとんどが木々だった。
そんな単純な事が、私はどうしようもなく楽しかった。
途中で乗り換えて京都行きの電車に乗り込むと、そこからは進めば進むほど、車窓を流れる景色は町の色が増えていった。
京都に着くと、まずは観光地から外れた古い街並みへと向かった。
歩き進めるほど、観光として楽しめるようなものが減っていく。
どうして観光都市で観光地から離れていくだなんて愚行に出たのかというと、これは完全に私のわがままだった。
観光客が向かうことのない現地の人のための町の中。
私の目的地は、在った。
「にほひ袋? あ、におい袋か」
看板の文字を眺めながら里咲が不思議そうに言った。
私のわがままで、私たちは匂い袋の専門店にやってきた。
しかも、雅さんが私への京都土産を買った店。
別段、雅さんに未練を感じているだとかそういうわけでは無い。
むしろ彼の事はもう忘れてしまいたいと思っている。
忘れてしまいたいとは思っているのだけれど、彼に貰った匂い袋のことは気に入ってしまった。
だからこうして、わざわざ嫌な思い出を思い出すことも厭わずに店頭まで買い物に来たのだ。
「匂い袋。知ってる?」
私が聞くと、里咲は「知ってはいるけれど見るのは初めて」と言った。
店内に入ると匂い袋のギフトパックがずらりと並んでいて、どれが良いのかは全くわからなかった。
こういった少し大人な感じのする店に入るのは初めてのことで、私と里咲がオロオロとしていると、無人だと思われた店内の奥から綺麗な女性店員が出てきて声をかけてくれた。
「匂い袋を買うのは初めてですか?」
「あ、はい。そうなんです」
ぎこちなく頷く。
店員の睨め付けるような視線が少し居心地悪かった。
私、なんだか場違いだ。
「贈り物用ですか?御自分用ですか?」
「えーっと、自分用で」
私がモジモジしながら答えると、店員は「じゃあ」と言ってレジカウンターの脇から小さな箱を取り出した。
箱の中には、小さなプラ容器に香木が入れられただけという、簡素な匂いサンプルが四つ置かれていた。
「それじゃあこの四つを順に嗅いで、一番気に入ったものを教えてください」
「あ、わかりました」
促されるままに匂いを嗅いだ。
どれも同じような匂いなのだろうと思っていたけれど、私の偏見は間違っていて物によって匂いが全然違った。
アンモニア臭が強いものもあれば、線香のような香りのものもあった。
なんだか、知らなかった事を知れて大人になれたみたい。
最終的に私が選んだのは麝香と呼ばれるものだった。
一番線香の香りに近いものだ。
ちなみに、一番苦手だと思ったのは白檀で、一番アンモニア臭が強かった。
「それじゃあ布柄を選んでください」
豪華な木箱を取り出しながら店員が言った。
木箱の中にはこれまた豪華な装飾の施された布袋が無数に入っていて、選べと言われてすぐに選べるようなものではなかった。
私がうんうんと唸りながら布袋を選んでいると、里咲が中から一つを摘み上げて「これでお願いします」と言った。
紫陽花模様の布袋だった。
目の前で、匂い袋が作られていく。
まさか、専門店で買う匂い袋というものがオーダーメイドなのだとは思わなかった。
店員がスコップのような器具で布袋に香木を詰めていく。
その様子は、上品な事をしているような訳ではないにも拘らず、とても艶やかだった。
匂い袋専門店を後にすると、散歩がてら京都の市街地を歩いた。
どこでもいいから神社か寺を見てみたいと言う話になり、神社や寺を探しながら歩いた。
しばらく歩くと、遠くの方に五重塔のような建物が見えてきた。
「あ! あそこにしよう!」
里咲が塔を指差して言うので、私たちは目に見える塔を目指して歩くことにした。
そこから塔を目指してまたしばらく歩き続けると、私たちと同じ方向に向かって歩く観光客が次第に増えていった。
目指している場所が観光地なのだと理解できた。
たどり着いたのは寺。
詳しくはないからどんな名前の寺なのかはわからなかったけれど、規模は地元のものと比べるとはるかに大きくて、私と里咲は感嘆の声を漏らした。
他の観光客に紛れるようにして寺の敷地内を巡る。
すれ違う人々は皆が皆、私と里咲を珍しいものを見るような目で見た。
きっと、里咲の顔の火傷跡に目が惹きつけられているのだと思う。
人間は自分とは異なるものに無意識に興味を惹かれてしまうものだから。
だから、仕方のないことだと思った。
一通り巡ると、近くの和風カフェで大きな抹茶パフェを一つ頼んで二人で食べた。
抹茶味のガトーショコラが抹茶味の生クリームの山に突き刺さっていて、全体を通してものすごく抹茶だった。
パフェを食べ終えると周辺の土産屋を見て回った。
京都らしい八ッ橋を売る物産店で生八ッ橋や饅頭を買い、そのすぐ後に梅の専門店に入った。
店内には色々な種類の梅干しや梅酒が売られていて、きっと私には種類による味の違いを理解することはできないのだろうと思いながら店内を回っていると、私たちを見つけた店員が奥から小走りで寄ってきた。
店員は添乗員みたいな格好をしていて、和風な店内にはなんともミスマッチだ。
「当店のご利用は初めてですか?」
「はい。初めてです」
里咲が答えてくれた。
「こんな梅干しが好きとかはありますか?」
私たちが未成年であることを理解しているようで、店員は梅酒については触れずに梅干しの話を始めた。
「甘い梅干しが好き、しょっぱい梅干しが好き、カツオ風味の強い梅干しが好き、などを言っていただければ、該当するオススメの梅干しを順に紹介させていただきます」
紹介するほど種類があるのかと、私は感激した。
まぁ、それほど梅干しが好きだというわけでは無いのだけれど。
「私は甘いのがいいなぁ」
里咲が言った。
「あ、私も」
私たちの回答を聞き、店員は優しく微笑みながら「でしたら」と言い、奥のレジカウンターに案内してくれた。
レジカウンターにたどり着くと、幾つかの梅を小皿に乗せて持ってきてくれた。
促されるままに幾つか味見をしていくと、茶事の梅という梅が自分好みだと気がついた。
里咲も同じものが気に入ったようで、私たちは一箱ずつ茶事の梅を買った。
五十粒入りとはいえ、まさか二千円もするとは思っていなかった。
会計の間、里咲が「ねぇねぇ」と言って私の肩をつついてきた。
「何?」
「ほらあれ」
里咲の指差す方向を見ると、一粒千円と言う恐ろしい値札がお盆の上に置かれていた。
「すごく気にならない?」
「なるけど……」
確かに気になった。
一粒千円の梅干しなど、この先食べる機会などはないだろう。
けれど、私は渋った。
渋ったというよりは諦めの声を漏らした。
何せ、値札が置かれているお盆の上には梅が一粒もなかったのだ。
「あれ、もうないんですか?」
値札を指差して聞くと、店員は「売り切れなんですよ」と申し訳なさそうに言った。
「世知辛い世の中だねえ」
店員が用意してくれた梅昆布茶を飲みながら、里咲がしみじみと言った。
「それ、使い方あってるの?」
「わかんないけどそれっぽいからいいんじゃない?」
ダメ?と首をかしげる里咲はとても可愛かった。
「こちら、梅酒とほとんど同じ味の梅ジュースなんですが、一杯いかがですか?」
会計が終わると、店員が琥珀色の液体が入った小さなプラスティックのコップを持ってきてくれた。
ありがたくそれを貰うと、これまで飲んだことある梅ジュースと違って不思議な重量感があった。
梅の風味がしっかりとしていて、甘いだけじゃなくて変な渋みがあった。
なるほど、これが梅酒の味か。と、分かった気になってみた。
正直に言うと、あまり美味しくはない。
大人はこんなものを飲んで美味しいと言っているのかと思うと、やっぱり大人になんてなりたくないなと思った。
やっぱり、里咲のいう通りに世の中は世知辛い。
一通り買い物を終えると、再び電車に乗り込んで京都の北部へ向けて移動したのだが、ここで問題が発生してしまった。
途中で京都の私鉄に乗り換える必要があったのだけれど、その私鉄には青春十八切符が使えなかったのだ。
私たちは仕方なしに料金を支払って私鉄に乗った。
ローカル鉄道と呼ぶに相応しい私鉄は、乗車料金が二千円近くもした。
なんだか予定よりも多い金額を使っている気がする。
本当、世知辛い。
出てきた匂い袋の専門店も梅の専門店も、京都に本当に存在します。
ネットで『京都 匂い袋 専門店』と検索すると出てきます。
お店の名前は忘れました。ゴメンなさい。
そして、その匂い袋の専門店から近くの大きな寺へと向かうと、寺の周辺の観光街に梅の専門店があります。
本通りと本通りを繋ぐ路地にあるので、ちょっとわかりづらいかもしれません。
ここで帰る梅干しは本当に美味しいです。
店名は忘れましたが、茶事の梅でネット検索すれば多分出てくるんじゃ無いかなと思います。
四種が入った食べ比べセットを僕は買いましたが、もう美味しいものだから大切に半年かけて食べました。
あと、梅酒も三本買いました。
大手メーカーのものと比べると値は張りますが、それだけの金額を払うのが妥当なほどに美味しいです。
本当は一番高い梅酒を買いたかったですが、一本で確か5千円以上しましたので、断念しました。
本当に良かったです。
良かったら、本作の京都旅行編を京都旅行に行く際の参考にでもしてみてください。
僕の1人旅行の思い出を使っています。
本当に、おすすめです。




