第一節
雨上がりの宝物を探す散歩以来、私と里咲はこれまで以上に仲を深めていった。
これまでよりも早い速度で仲が深まっていった。
そしてそれは、夏休みに入ってからも同様だった。
夏休みに入ってからも私たちの関係は変わらなかった。
毎日のように会って遊んで、週末は遠出をして特別な日常を組み立てて、雨上がりには欠かさず虹の麓を目指した。
夏休みに入る直前から私と里咲はそれぞれバイトを始めてお金を稼いだ。
給料が少しだけ高くなるお盆期間もしっかりと働いて、それでも里咲と会うことは欠かさなかった。
毎日毎日、平凡な青春の日常を積み上げていった。
それは小説で触れた特別な日常とは全く違うけれど、それでも確かに私にとっては特別な日常といえるものだった。
私と里咲の思い出は、着実に組み上げられていった。
「新しい彼氏は作らないの?」
里咲がそう聞いてきた時があった。
「しばらくは要らないよ。私、男を見る目はないからね。多分また、痛い目を見ちゃう」
私はそう返した。
八月の後半ごろ、いつものように里咲と二人で名古屋に遊びに出かけた時のこと。
最寄駅に大きなポスターが何枚も貼られているのを見かけた。
週末に開催される夏祭りの案内ポスターだった。
「あれ、そういえばこの夏祭りって毎年八月の月頭に開催じゃなかったっけ?」
ポスターの前で立ち止まり、描かれた夜空と花火のイラストを見ながら里咲が不思議そうにいった。
「そういえば、今年は台風の影響で延期になるって言ってたきがする」
私が記憶の奥から情報を引っ張り上げて答えると、里咲は感心したように「へぇ〜そうなんだ」と、声を漏らした。
「よく知ってたね」
「たまたま、何かで聞いたのを覚えてただけだよ」
なるほどねぇ。と声を漏らしながら、里咲は何かを思いついたように笑った。
「な、なに?どうしたの?」
意味なく笑う里咲に私がたじろぐと、里咲は「ねぇ」といつものように話を切り出した。
「この夏祭り、一緒に行かない?」
なんだ、そんなことか。と私は思った。
「私もそう言おうと思っていた」
私たちは互いに顔を見合わせ、小さく笑った。
互いに浴衣を着て行こうと約束して、私たちはそれぞれで浴衣を用意して祭りに出向いた。
当日、待ち合わせ場所である最寄駅に着き、私はおもわず笑ってしまった。
示し合わせたわけでもないのに、互いの浴衣の柄が被ってしまったのだ。
まるで仲良しな二人組みのようだった。
「ペアルックってやつだね」
里咲は言った。
「私たち、なんだか普通の女の子みたいだね」
まるで自分は普通じゃないとでも言うように、自虐的に私は言った。
里咲がどんな言葉を返してくれるのかはわからなかったけれど、「確かに」と返してくれてホッとした。
私たちは二人でお腹を抱えて品悪く笑った。
夏祭りが開催される川沿いの堤防に行くと、普段は人があまり通らない場所であるにも拘らず、物凄く多くの人がいた。
百人規模どころではない。
千人規模、下手したら一万人規模に近いのではないだろうか。
すれ違う人々は皆が総じて誰かしらときており、この非現実を感じさせる空間を一人で味わう悲しい人間などは見当たらなかった。
並ぶ屋台は様々で、たこ焼きやタイ焼きはもちろん、りんご飴やベビーカステラ、焼きそばやかき氷、射的や輪投げに金魚すくいなど、食べ物だけではなく遊戯の屋台も多数あった。
人混みに馴れていない私はすれ違う人の数があまりにも多いことで、人混みに酔ってしまった。
歩く足がおぼつかなくなり、里咲の後ろをなんとか追いかけるのが精一杯だった。
けれど、里咲はそんな私の様子に気づいて私の手を優しく握ってくれた。
夏だというのに、触れる里咲の手のひらがとても温かかった。
多分、私は少しだけ顔が赤くなっていたと思う。
頰が熱かったから間違いない。
夏祭りというものの多くが夜に開催されるもので、本当に良かったと思う。
もし、日が昇っているうちに開催されるものだったのなら、私の表情は里咲に丸見えだったはずだ。
少しだけ夏という季節への好感度が上がった。
私と里咲は手をつないだままで祭りの喧騒に溶けていく。
履きなれない下駄を鳴らし、屋台から屋台を渡り歩く。
金魚掬いを見つけると、里咲が嬉しそうに駆け出した。
彼女に手を引かれる私は、同じように駆けた。
二人で並んでしゃがみ込み、ポイを片手に悠々と泳ぐ金魚を真剣に眺めた。
金魚すくいのおじさんは私と里咲が姉妹だと思ったようで、「仲がいいね」と言って少しだけ金額を安くしてくれた。
結局、私は二匹とれたけれど里咲は一匹も取れなかった。
里咲はわかりやすく落ち込んでいて、私は取った金魚をそのまま里咲にあげた。
金魚をもらった里咲はお礼と言って射的で小さなぬいぐるみを取ってくれた。
少し不細工なサメのぬいぐるみを。
そのあとは必要がないのにお面を買って、可笑しく笑ったりしながら一通りを巡った。
端から端までを歩いたところで「休憩しよっか」と里咲は言った。
たこ焼きと焼きそばを買い、堤防を少しだけ降りた傾斜の緩やかな場所に座ってそれらを分け合う。
背から聞こえる喧騒が私たちの時間を美しく彩っている。
花火が始まると、皆が堤防下の河川敷にブルーシートを敷いて花火を眺めた。
私と里咲は先ほどと同じように堤防下の傾斜が緩やかな部分に座り込み、かき氷を食べながら花火を眺めた。
私はレモンで里咲はイチゴ。
それぞれ、舌べろが黄と朱に染まった。
そんな単純な事が可笑しくて、私たちはまた、夜空に咲く光の花の下で品悪く笑った。
ひゅう。どん。ぱちぱち。
美しい花火の音にかき消されながら、私たちはゲラゲラと笑った。
本当に、本当に楽しかった。
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里咲と行ったこの夏祭りの記憶を私は忘れない。
彼女と行った、たった一回の夏祭り。
思い出すたびに、胸の奥が締め付けられて涙が溢れ出してくる。
叶うことなら、もう一度だけ二人で夏祭りに行きたい。
………………これは嘘。
本当は、毎年毎年、約束をして二人で夏祭りに行きたい。
浴衣を着て手を繋いで歩き、最後はかき氷を食べながら花火を眺めたい。
本当に、どうして楽しい時間は過ぎるのが早いのだろうと感じる。
あまり好きではなかった夏があっという間に過ぎていった。
少しだけ、夏という季節が好きになったあの夏が。
もっと陰鬱な日々になると思っていたのに、あの日常は煌びやかだった。
八年が経った今だからこそ、あの日常は何よりも美しかったのだと実感できる。
そして、里咲と二人で一度だけ行った夏祭りよりも、酷く記憶に焼きついた出来事がある。




