第四節
五月も半ばになり、高校三年生で唯一のお遊び授業である校外学習の日がやってきた。
一年の時は県内の廃れたレジャー施設。
二年の時は彦根。
そして今回は待ちに待った京都だった。
京都は小学校の時の修学旅行でも行ったものだから、ずっと行きたかっただとかそう言った思い入れのようなものがあるわけでもない。
ただ、なんと言えばいいのだろうか。
京都というものは日本にある他の観光地と比べて、理由はわからないにしてもなんだか特別なイメージがある。
だから、意味も思い入れも存在しないけれど、京都には行きたいと思ってしまう。
京都へ向かう道程はバスでの移動だった。
そのバスの配席は当然のように私と里咲が並んでいるもので、私たちは追いやられるように最前列に座ることになった。
私たちが並んで座る席の通路を挟んで反対側は誰もいない。私たちの後ろの列も誰もいない。
それだけの状況が揃っていれば私たちが疎まれているのだということは誰の目から見ても明らかだった。
でも、私は知っている。疎まれているのは私たちではなく、里咲だけなのだと。
去年までは私が疎まれていた。嫌われていた。
なんでお前がここにいるんだという視線を向けられ、ストレスという名の精神的疲労のはけ口に使われていた。
けれど、里咲が来てからは明らかにクラスメイトの私の扱いが変わった。
根暗でキモい奴と言う認識から、人殺しと仲良くしている得体の知れない怖い人。
若しくは、人殺しに脅されている可哀想な人。
そんな認識になっている。
どうして私に対するクラスメイトの認識についてを私が知っているのかというと、それはとても簡単な話でクラスメイトから直接聞いたからである。
三年になってから、凛花と圭子に呼び出されたことがあった。
「あんた、人殺しとどういう関係なの?」
そう聞いてきた凛花に、私は「友達だよ」と答えた。
「でも、あの子は人殺しだよ?」
そう言ってきた圭子に「私はその話を知らない」と答えた。
てっきり里咲が人殺しと呼ばれることになった原因を教えてもらえるのだろうと思っていたのだけれど、どうやら圭子や凛花もその事情を知らないようで、二人は黙り込んだ。
私は、知りたいことを知ることはできなかった。
「あんた、頃合いを見てアイツとの関係を切らないとまずいよ」
凛花は言った。
「どうまずいの?」
「全校生徒が敵になる」
既に敵であるお前が何を言っているのだと思ってしまった。
既に私を虐めていたのがお前であるのに、まるで味方であるかのように語るなと思ってしまった。
別の日には、凛花と圭子がいない隙を突いて名前も知らないクラスメイトに呼び出された。
彼女は心配そうに私に語った。
「人殺しは本当に人を殺すということじゃあなくて、その人の人間性を潰すっていうことなの。だから、彼女と一緒にいるとあなたもおかしな人間にされちゃう。まともに生きられなくなっちゃう」
そう語った彼女の名前は知らないけれど、彼女自体に見覚えはあった。
圭子や凛花の取り巻きではないけれど、二人が私を虐めている時にその様子を見て楽しそうに笑っていた子だ。
私の人生はすでに圭子や凛花、全てを見て見ぬ振りする担任やクラスメイトによってめちゃくちゃにされてしまっている。
もう、視線やら感情やらが怖くてまともになど生きられない。
すでに私は狂っているのだ。
もう今更何をどうしたところで手遅れで、そんな手遅れの事象に対して手遅れになるからと言わないでほしい。
何より元凶はお前たちだ。
加害者が被害者を憐れむな。
まるで加害者が善人みたいじゃあないか。
そんなことは、決して許されない。
「わかった。頭の隅に置いておくよ」
全てを堪え、たったそれだけの言葉を私は返した。
それ以上の言葉など必要なかった。
それからも何度となくクラスメイトに話しかけられた。
これまでは一方的な毒の嘔吐でしかなかったのに、今ではしっかりとクラスメイトが対話を求めてくる。
対話とは名ばかりの一方的な善意の押し付けをしてくる。
皮肉として思えない展開だった。
私を貶めた人間たちが私を救おうと手を差し伸べる。
皮肉以外の何物でもないはずだ。
里咲と友人関係であることが周知の事実となってから、私はクラスメイトの誰からも虐められなくなった。
ましてや、彼女が同じクラスにやってきてからは周りの人間の私の扱いは変わっていった。
里咲といるときはまるで疎むように私を扱うものの、里咲が居なくて私が一人きりのときはまるで友人同士であるかのように接してくる。
もう何が何だかだ。
道中、事故の影響で渋滞に巻き込まれはしたもののなんとか京都にたどり着き、私たちは念願とは言えない念願の京都観光に差し掛かった。
「で、これが京都のお土産なんですけど」
と、私は京都市街のお土産屋で買って来た生八ツ橋を雅さんに渡した。
「わぁ、わざわざありがとうね。大切に食べさせてもらうよ」
雅さんは嬉しそうにお土産を受け取ると、「じゃあ僕も」と言って、いつも使っている手提げ鞄から綺麗な包み紙に包まれた小箱のようなものを取り出した。
「はい。これお土産。実は僕も友人たちと京都に行っていてね。まさか燈ちゃんが京都に行っているとは思わなかったから京都のお土産を買って来ちゃったんだ」
私は雅さんに自分が京都に行くことを話したような気がしたけれど、それは気のせいなようだった。
雅さんに渡された小箱はとても小さく、まるでちょっとしたアクセサリーか何かが入っているみたいだった。
「後でのお楽しみね」
そう言うと、雅さんは私に問題集を取り出すように言った。
雅さんが帰った後にもらった小箱の包み紙を外すと、小箱は木でできた高そうなものだった。
心做しか、落ち着く香りもした。
中身が気になって小箱の蓋をあけると、中には豪華な装飾の施された小さい朱の巾着袋のようなものが入れられていた。
ただ、口の部分は固く結ばれていてとても開けられそうになくて、何に使っていいのかわからなかった。
箱には『 にほひ袋 』と書かれていて、私はそれが何なのか気になって調べた。
雅さんにもらった巾着袋のようなそれは匂い袋と呼ばれるものらしく、中には乾燥した香木が入れられているそうだ。
目的は名前の通り匂いを楽しむことで、服なんかと一緒に保管して匂いを移したり虫除けに使ったりするらしい。
よくよく落ち着いて匂いを嗅いで見れば線香だとかそういった類の香りで、良い言い方をすれば落ち着く香り、悪い言い方をすればジジ臭い香りだった。
とにかく、匂いの好みは差し置いて私は雅さんに匂い袋をもらったことが嬉しかった。
それは雅さんにもらったという事実が一番大きな評価材料であるということでもある。
私はその匂い袋を本来の用途で使ったりすることなどせず、小箱に入れたまま大切に机の奥にしまいこんだ。
こうなれば薄々気付くものなのだけれど、私はどうやら雅さんのことが好きなようだった。
里咲に対する好きという感情とは大きく異なる、恋愛という観点での性的な好意。
私が彼に懐いている感情はそういったものだった。
私は、三宮雅と言う一人の男性を異性として確かに好いていた。
こうして訪れる梅雨の季節。初夏。
追い打ちをかけるように姿を表す夏。
残酷な季節が、もう目の前まで来ている。




