孤独な読書家の夢想
それは、独身生活が板に付いてきた、社会人五年目のこと。
残業後のボーナストラックで、日付変更線を越えるまで夜更かしする悪習がすっかり定着していた私は、閉館三十分前に図書館から借りたまま返却期限が迫ってる文庫本を消化していた。
タイトルと表紙に惹かれて借りたものの、肝心の文章が単調だったため、中盤から睡魔が襲ってきた。
コタツで寝ると身体に悪いと分かっていながらも、立ち上がる気力も無かった私は、そのまま眠りに落ちた。
*
目を覚ますと、外が異様に明るくなっていた。
とりあえず、いつもの惰性でテレビをつけると、人間が次々と姿を消していく怪事件が発生しているとの緊急ニュースを、男性アナウンサーが真面目な顔で報道していた。
警察だけでなく、自衛隊まで出動して国民の安全を守っているそうだが、勢いは止まらないのだという。
緊張感は伝わったが、さりとて私は危機感をいだかず、四月馬鹿のデマか、新手の映画の宣伝かと思っていた。
「雑然とした部屋だな」
振り向くと、見知らぬ青年が部屋の中にいた。
最近のドラマで見たことあるような顔だなぁと思いつつ、冷静にスマホから通報しようとしたが、ノイズが酷くて使い物にならなかった。
さっきまで普通に写っていたテレビも、いつの間にか砂嵐に変わっていた。
そして、カーテンを開けると外は真っ白で何も見えず、窓も開かず、部屋の中が異様にシンと静まりかえっていることに気付いた。
「無駄だよ。この部屋は、どこにも繋がってないからね」
「あなた、何者なの?」
「君たちの定義で言えば、宇宙人に該当するのかな。でも僕は、君たち地球人の一部みたいに野蛮な存在ではないから、まずは話し合いで解決できたらと思うんだ。どうだろう?」
理解の範疇を超えたことが起こると、人間、パニックになるのも忘れるらしい。
只者でない異様なオーラを発している青年もどきを刺激しないよう、話を聞いてみることにした。
彼の主張は、こうだ。
彼等は宇宙の秩序を守る存在で、地球を救うために人類を滅ぼしに来たのだという。
もう少し彼の言い方に近付ければ、人類は、無尽蔵無計画に増殖し過ぎであり、悠久の月日のうちに育まれてきた地球という素晴らしい環境を、異常な短期間で侵食する悪性新生物であり、それを切除して根絶するのは理に適う正義であり、宇宙における地球の存在の重さに比べれば、人類の滅亡は些細なことである、というのだ。
そして最後に、納得できる反論があるのなら、消去対象から外して見逃してくれるというチャンスを示された。
そう言われても、私は平凡な会社員。当然、相手の盲を突くような発想に恵まれているはずは無かった。
非常に残念そうに肩を竦めつつ、彼が指をパチンと鳴らすと、途端に私は真っ暗な空間に投げ出され、いつまでも、どこまでも、延々と自由落下を続けた。
*
気が付くと、私は病院のベッドの上にいた。
看護師の話では、アパートで脱水症状を起こして倒れていたのを搬送され、今日まで約三日間、ずっと昏睡状態だったのだという。
つまり、あの宇宙人の青年は実在せず、すべては夢だったということか。それにしては、いやに鮮明な映像として残っているものだ。
ひょっとしたら、あれは予知夢なのかもしれない。いつか再び青年と会った時のために、反論を用意しておこう。でも、その前にここを退院して、本を返却することの方が先かな。




