2:オカアサン
それから100日ほどが過ぎた。
〝アルファ〟がこの世に生まれいづる時が訪れたのだ。
「羊水カプセルから、人工羊水を廃液します」
「アルファのバイタルは?」
「異常ありません。順調です。自然呼吸へと移行します」
「オーケィ、確認したわ。カプセルからメディカルベッドへ移して。それと速やかに医療用ガウンを着せてあげて」
「もちろんです。女性型ですからね。アルファは」
アルファは小柄だった。150も無いだろう。
華奢な体に白い素肌。そして、輝くような緑の長い髪。そして――
「おはようございます」
――それはまさに鈴の音が鳴るような美しい声だった。
「おはよう、アルファ」
「アルファ?」
「あなたの名前よ」
「名前――」
人工的に詰め込まれた知識を持て余しながらもアルファは自分自身を認識していた。そして、彼女を作った創造者であるその女性を〝母〟と認識したのだ。
「わたしは〝アルファ〟」
「えぇ、そうよ。これから私があなたにたくさんのことを教えてあげるから」
「はい。――〝おかあさん〟――」
そしてアルファは、その女性に手を引かれ導かれて歩み始めたのだ。
~ ~ ~
様々な事を学んだ。様々な言葉を覚えた。様々な人々と出会った。そして――
「いつこの星は蘇るのですか?」
――多くの人からその言葉を問いかけられたのだ。
そして、彼女は知る。己の役割を。
「―おかあさん―」
「なに?」
「私の〝役目〟ってなに?」
それはいつか教えてやらねばならない事実だった。
アルファの役割とその運命を。
「おいで。あなたに見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
「えぇ」
「わかりました」
アルファは母に手を引かれてその施設の中を行く。
そこはとても広いホール。円形のホールだ。天井は丸く、ホールの中央に投影する装置が据えられている。
「ここは?」
「プラネタリウム――、夜空の星を人工的に再現するための場所よ。さ、座って」
「はい」
プラネタリウム特有の強く傾斜しているシートに腰を下ろすと、アルファのために用意された映像が映写され始めた。
それは――
――この星がかつてたたえていた豊かな自然の姿――
――だった。
星はかつて無いほどに栄えていた。
星は溢れんばかりの光を讃えていた。
人々は数十億を超えるほどに増え、
大地は豊かな実りをもたらしていた。
だが――
――滅びは始まった――
自然が汚染された。
大地が実りをもたらさなくなった。
木々が枯れてゆき、
飢える人々が増えていく。
人々は争いあい、さらに人々は荒れていく。
自然は自らの力で星を浄化する力を失い、
人々はその数を急速に減らしていった。
過ちに気づいた。
だがときはすでに遅かった。
食料は自然からは得られない。
資源は掘り尽くした。
人間はますます数を減らす。
人間自身も劣化していく。
女性は産む力をなくす。
遺伝性の病気が種としての命をますます削り取っていく。
木々は絶え、大気は自らを浄化する事ができなくなった。
そして今、人間たちはわずかに数千人――
密閉された地下都市でほそぼそと生きているだけに過ぎない。
――それが現実だったのだ。
ふたりとも言葉を失っていた。否、何も語らずにいるアルファをその女性がじっと見つめている。
長い沈黙の後に女性はアルファに語りかける。
「アルファ、大丈夫?」
「はい――」
言葉に力がない。
「驚かせてごめんなさいね」
「いいえ、でも一つだけ教えてください」
「なに?」
「この星はもう終わりなのですか?」
終わり――重い言葉が響く。だがその女性が言った。
「いいえ、終わりではないわ。なぜなら、あなたがいるもの」
「え?」
「アルファ、あなたはこの星を蘇らせるために生まれたの」
「わたしが?」
「えぇ」
そしてその女性はアルファの緑色の髪をなでながらこう教えたのである。
「あなたの〝歌〟が世界を蘇らせるのよ」