恋人として
遊園地から帰ったボクはすっかり疲れて、帰るやいなやベッドに飛び込んだ。バッグからスマホを取り出して6人のLINEを確認する事を思い出さなければそのまま眠ってしまっていたかもしれない。
LINEで、今日の写真を送り合いながら紗奈は頬を緩めた。
「紗奈、どこ行ってたの?」
「・・・・・・また勝手に入って・・・・・・」
紗奈は部屋に入って来た姉をにらみつけた。
ごめんごめん、とゆるく返されてしまえば怒る気も失せてしまう。紗奈は観念して質問に答える事にした。
「ウィッシュランド。友達と」
「あ、これ紅華ちゃんと玲子ちゃんじゃん。紗奈、仲良かったんだね」
彩加は紗奈の腕に抱きついてスマホを覗き込んだ。
そう言えば2人はパソコン部だったから、お姉ちゃんを知っているんだ。
「おお、こっちは縁ちゃんだね~」
「もういいでしょ、お姉ちゃん離してよ」
いやいやと力を込めるので強引に腕を取り戻すと、お姉ちゃんはむぅ、と膨れた。
「お姉ちゃんはなんかないの?最近」
「ふっふっふ、こないだ啓介とデートしたよ~?聞きたい?」
「いや別に」
「語らせてよぉ~」
上島先輩、大変だっただろうな。心の中で上島先輩に労いの言葉をかけてからお姉ちゃんを部屋の外に押し出し、紗奈は着替えを取って風呂に向かった。
今週はずっと、お父さんにスマホを見られないように隠してきた。なのに、今日はそれを忘れてしまっていた。その事に気が付いたのは、お風呂を上がって、お父さんの手に握られているのを見てからだった。
「紗奈、またあの子と遊んできたんだな」
「・・・・・・悪い?」
「あぁ、悪いとも。少なくとも、お前の将来にはな」
将来ってなんだよ。縁のいないそれに価値はあるのか?
お前にとってどうかは知らないが、ボクにとってはゴミと同義だ。
「まぁいい」
お父さんはふん、と鼻を鳴らした。
何故だ。この父親がそう簡単に引き下がるはずがない。その裏になにを隠している?
紗奈は内心冷や汗が止まらなかった。怖い。ゾクリと背筋を走り抜ける嫌な予感。
お父さんの口角が僅かに吊りあがって、その正体はすぐにわかった。
「紗奈、これを見なさい」
そう言ってお父さんはボクに書類を差し出した。
「・・・・・・私立相馬学園高等部編入試験について?・・・・・・なにこれ」
「見たままだ、紗奈。会社の転勤が決まってな、引越しをすることになった。それで、お前と彩加には来月、この学校の編入試験を受けてもらう」
こんな高校、中学の進路指導で見たことは無い。つまり
(遠くの学校に転校させて、強制的にボクと縁と引き離そうとしてる・・・・・・!)
紗奈は身震いした。このままでは人生が本当にゴミと同義なものになってしまう。そんなの嫌だ!
かと言って、自分に何ができる?お父さんの転勤を取り止めてもらうよう、お父さんの会社に頼み込む?それしかないならそうするが、まずなにも変わらないだろう。ならどうする?
・・・・・・八方塞がり、万事休す、詰み、チェックメイト。終わりを意味する言葉が次々と脳裏をよぎった。
「いいな?」
「・・・・・・はい・・・・・・」
紗奈は、負けた。
次の日、筆箱を家に忘れた。
いつものサンドイッチの味がしなくなった。
自分が上手に笑えているか不安になった。
引越しの事は、まだ誰にも、縁にも言えていない。どう伝えるべきか、その答えを紗奈は持っていなかった。
自分で言うのもなんだが、縁はボクの事が、ボクが縁を好きなのと同じくらい好きだ。
そんな縁は引越しの事を聞いてどう思うだろうか。
(きっと、すごく悲しむだろうな)
「おーい佐久間?聞いてるか?」
先生の声で紗奈は自分が今教室で授業を受けているのを思い出した。
「すいません。ぼーっとしてました」
気を付けろよー、と先生が授業を続けたので、今度こそちゃんと集中しようと意気込んで板書を再開する。
それでも頭の中は引越しの事でいっぱいで、上手く集中できない。
結局、その日の授業はほとんど板書ができなかった。
「どうしたの?紗奈、ずっとぼーっとしてたけど、なんかあった?」
放課後、縁が心配そうにボクの席へ来た。
あぁ、大好き。
今すぐに縁を抱き締めてしまいたい衝動を抑えながらボクは応えた。
「いや、ちょっと寝不足でさ」
「そうなんだ、テスト勉強?」
「まぁ、そんな所」
咄嗟に嘘をついた。その罪悪感は猛毒となって全身の細胞をひとつひとつ蝕んでいくようだ。
「そう、あんまり根をつめ過ぎないようにね」
幸いというかなんというか、縁は気がついていないようだ。けれどその事がより一層毒を加速させる。
「そうだ紗奈、勉強会しようよ。ひとやすみかどっかでさ」
「あぁ、いいんじゃないかな」
言えない。縁にこんな事、言いたくない。
でも言わなかったら、本当に突然別れることになってしまう。
ボクが悲しいのは別にいい。けど縁は、縁だけは・・・・・・!
勉強会は縁と紗奈の2人で行われた。喫茶ひとやすみはこういう事にも使えるから便利だ。
縁は、この勉強会にテスト勉強とは別のもうひとつの目的を持っていた。
(紗奈は、なにかを隠してる)
それは多分、私を怖がらせたり、あるいは悲しませたりする事なのだろう。
紗奈には優しさから、そういうものと1人で向き合おうとする癖がある。
そんな所が好きではあるのだが、それで紗奈が傷ついてしまうのは嫌だ。
だから私は、それを一緒に背負ってあげたい。どんな辛い事があっても、後でボロボロになった紗奈を見るよりは何倍もマシだ。
「ねぇ、紗奈」
「何?縁」
「どうしたの?」
これだけでも、意味は伝わるくらいには、私達はお互いを理解している。
紗奈は目をまるくした。隠せていたと思っていたらしい。
紗奈は数秒の逡巡を置いて言った。
「・・・・・・後で話すよ、今は集中しよう」
紗奈は『なにか』を私に近づける事を躊躇しているらしい。
いつもならこれで話してくれるのだが。
「・・・・・・うん、じゃあ後で聞かせてね」
紗奈がそう出てくるなら無理に踏み込む必要もない。
後では聞かせてくれると本人が言ってくれているので、後で聞かせてもらおう。
それから、紗奈は落ち着きのないながらも集中した様子で数学の問題集を解き進め、少し休憩しようかと縁が言い出す頃にはすっかり日が暮れ始めていたので、そのまま店を出て帰路に付くことにした。
紗奈はずっと黙っている。
こんな時は、私は話を催促せずに自分から言い出してくれるのを待つべきだ。それが、恋人たる私の務めだろう。
「縁」
話す決心が付いたみたいだ。どんな事があっても、私は紗奈の恋人としてそれを受け入れよう。
「何?」
「別れよう、ボク達」
ここまで読んでくださってありがとうございます。お気軽にご感想、ご指摘等よろしくお願いします。