キス
鹿島さんに告白されて、キスされた。
それは紅華にとって全く想定外の事だった。
あの後鹿島さんは走って行ってしまって、それから何も話せていない。
幸いだったのは、昨日、鹿島さんと映画を見に行ったのが土曜日だった事と、私が1人暮らしだった事。だから今日はその事を、何に邪魔されるでもなく考えていられるし、答えを見つけられないままに鹿島さんと会うことも無い。
(とは言ってもね・・・・・・)
私はこういう事は不得手だ。告白されたのが初めてという訳ではないけど、
その時だってお世辞にも上手く突破できたとは言えないし、なにより相手は男子だった。
「どうすればいいの、もう」
紅華は独り言を零してからコップに水を注ぎ、八つ当たりのように一気に飲み干した。
とりあえず、こういう時は誰かに相談するのが1番だろう。その考えに至って、紅華は玲子以外では唯一の友達である七瀬冴子に今日の予定を聞くLINEを送った。
喫茶ひとやすみは紅華達の通う県立墨崎高校から歩いて2分の、入学して1ヶ月の1年生でもみんな大好きな寄り道スポットだ。
数あるメニューの中でも、チーズケーキとカフェオレは特に人気が高く、大多数の生徒達はいつも決まってこれを注文している。
紅華と冴子とて、その例外ではない。
「それで、どうした紅華?突然呼び出して」
「というか冴子、走ってきたんだね」
冴子の額はほのかに汗ばんでいてる。ショートカットの髪も相まって実に健康的だ。
「昨日鹿島さんに告白されてキスされたんだけどどうすればいい?」
冴子は盛大にカフェオレをむせた。当然だろう。
「・・・・・・鹿島さんって言うと、あのパソコン部の?」
「うん」
紅華は涼しげな表情を保ちながらも、内心震えが止まらなかった。
同性愛なんて自分とは違う世界の話だと思っていたし、人生でそんな別世界の住人に好意を寄せられるなんて、昨日まで思っても見なかったのだから仕方がない。
冴子も同じだったのだろう。冴子は考え込むように唸ってから言った。
「紅華は、どう思ってるの?」
「私は・・・・・・」
何も思っていない訳じゃない。そんな訳ない。
けれどもそれを完璧に言葉にするのは私のボキャブラリでは不可能だ。
「友達だと思ってる。けど、それだけじゃなくて、なんか、こう・・・・・・むずむずする」
あまりに稚拙な表現。こんな言葉で伝わるとは思えない。
それでも冴子には伝わったらしい。冴子は、まるで子供の成長を喜ぶ母親のような温かさで紅華に言った。
「そっか」
冴子はチーズケーキの最後の一欠片を口に運んでから立ち上がった。
「私は、答えを持ち合わせてないよ。持ち合わせてはないけどさ」
優しく微笑む冴子。その顔は、少し悲しげにも見える。
「紅華は鹿島さんに、恋・・・・・・してるんじゃない?」
そういうと自分の会計を済ませ、用事があるからと店を出て行ってしまった。
(男子なら、それなりに受け入れられただろにな・・・・・・)
冴子は帰路を走っている。
(よりによって女子かよ・・・・・・)
冴子は鼻の奥に熱いものを感じて、無理矢理に笑顔を作った。
「そんなの、勝ち目ないじゃんか」
(冴子・・・・・・用事ないって言ってたじゃん・・・・・・)
1人残された紅華はさっきまでいた友人のことを思っていた。
(恋、か・・・・・・?)
そういえば私は恋をしたことがあるのだろうか?そう考えて見ると、実は1度もないんじゃないかと思う。
もちろん、恋愛というものの概念は知っている。昨日見た映画だって男女の恋愛を描いたものだ。
(私は鹿島さんに、恋をしているの・・・・・・?)
初恋の相手が鹿島さんなら、私は・・・・・・
「・・・・・・決めた」
一昨日、叶さんにキスして、告白した。
(どうしよう、本当に、どうしよう・・・・・・)
昨日1日中考えてどうするか決めるつもりだったのに、気がつけば叶さんの唇柔らかかったなとかそんな事に思考が逸れてしまって、結局何も決まらなかった。
校門を通り越して玄関に向かいながら玲子は独り言を零した。
「あぁ、叶さんに会ってなんて言えばいいの?」
当然、答えなど帰ってくる訳もない。そのくらい自分で考えろ、と世界そのものに言われているような気分。
玲子が答えを探すように自分の靴箱の扉を開けると、
ノートを切った紙が1枚、ひらひらと落ちてきた。
『話したい事があります。今日の放課後、部活の前に屋上へ来てください。
叶紅華』
心臓が跳ね上がった。叶さんの方から手紙をくれたのが嬉しい。けれど、そこで私は何を言われるのだろうか。突然キスまでされて、怒っているだろうか、それとも・・・・・・。
(すごく、嬉しい。嬉しいけど・・・・・・怖い・・・・・・)
自分から叶さんに告白したくせに。
玲子は紅華との関係が壊れてしまうのを恐れていた。
紅華は屋上で玲子を待っていた。
放課後の屋上と言うのはもっと寒いものだと思っていたのだが、季節柄そうでもないらしい。
(来てくれるかな?)
紅華はここに来て不安になった。
そういえば鹿島さんと会ってから1ヶ月と少ししか経っていないのだ。
たったそれだけの時間で人というのはここまでに深い関係になれるのか。
だったら、どんな結末であれ、きっと意味の無いものにはならないだろう。
何を話すかは昨日の夜ノートにまとめたので心配はない。
来てくれるかの不安も、たった今杞憂になった。
「鹿島さん」
屋上の扉を開いてやってきた鹿島さんは、少しだけ緊張気味だ。
「あの・・・・・・叶さん・・・・・・」
「どうしても聞いて欲しい事があって」
私は、あなたに、
「ごめん、叶さん!一昨日の事、本当にごめんなさいっ・・・・・・」
恋を、しています。と言うつもりだったのに。鹿島さんは、涙を流している。
紅華は胸が引き締まるような痛みを感じていた。
私を好きだと言ってくれた、私の好きな人が泣いている。
それだけの事がこんなに悲しいなんて。
鹿島さんは優しい人だ。そしてこれ以上ないくらい不器用な人だ。
初めて会った時からずっと私を見てた人。
あの噂を知って、それでも私を好きでいてくれた人。
そんなあなただから、私はあなたに恋をしたんだよ。
想いが届くかなんてわからない。けれどきっと届くと信じて、紅華は玲子の唇にキスをした。
「もう・・・・・・なんて言うつもりだったか忘れちゃいました」
紅華は笑った。
「好きです、鹿島さん。私と付き合ってください」
「・・・・・・っ、はい・・・・・・!」
斯くして、紅華と玲子は恋人同士となっ
ここまで読んでくださってありがとうございます。お気軽にご意見、ご感想等くだされば幸いです。
次回からは縁と紗奈に焦点を当てて物語を進めるつもりですのでお楽しみに!