一目惚れ
「えー、と言うわけで、今日から本入部です」
パソコン室で、佐久間先輩が挨拶をしているのを玲子は紅華と一緒に聞いていた。
「今年新入生はなんと2人も来てくれました!」
「男女比・・・・・・ですかね・・・・・・」
上島先輩はボソッとこぼした。
パソコン部で男子は上島先輩とあと1人しかいないもんね。
「あ、先に言っとくけど上島君は私の彼氏だからね、狙わないように」
「んなっ! 彩加お前!」
上島先輩は顔を真っ赤にしている。
知らなかった。最初から狙う気など全くないのだが。私には叶さんがいる。
「相も変わらず仲良いいねぇ啓介、爆裂四散してしまえばいいのに」
もう1人の男子の先輩が皮肉っぽく笑った。
上島先輩、下の名前は啓介って言うんだ。
「こっから自己紹介フェイズでいいでしょ、部長? 俺は宮本海斗。よろしくね」
もう1人の男子の先輩改め宮本先輩は軽薄な口調で自己紹介をした。
「宮本君、銃撃つゲーム強いんだよ~」
「FPSね」
宮本先輩は佐久間先輩を訂正した。
「次、俺な。俺は上島啓介。副部長だ。よろしく」
上島先輩はまだ若干赤い顔で自己紹介をした。
「狙わないでね~」
佐久間先輩は念を押した。ちょっと楽しそう。
「・・・・・・お前そう言うのはあんま喋るもんじゃないだろ」
「ん?上島君ちゅーしたいの?」
「どうしてそうなる !?」
次だ次。と上島先輩はまた顔を真っ赤にして話を進めた。
「ええと、あの、2年生の、御坂、涼音、です、よ、よろしくお願いしましゅっ!」
盛大に、噛んだ。
「涼音ちゃんはね~、パソコン部のエースなんだよ~♪」
全力でスルーしながら話を進める佐久間先輩。
「え、エースは言い過ぎだよ、彩加ちゃん」
「でもタイピング1番早いじゃない?」
「そうだけど、そうじゃなくて・・・・・ふえぇ・・・・・・」
佐久間先輩は御坂先輩をなでなでしてながら自己紹介した。
「そして私が部長の佐久間彩加です。改めてよろしくね。じゃあ、2人とも自己紹介」
佐久間先輩は私と紅華に振った。
「ええと、鹿島玲子、です。よろしくお願いします」
「叶・・・・・・紅華です。よろしくお願いします」
お互い無難に自己紹介を終え、その日は特になにをするでもなく解散となった。
「パソコン部、雰囲気いいですよね」
「そうだね―」
玲子はすっかり仲良くなった紅華と喋りながら帰路についていた。
「それはそうと、『雨の日の初恋』の実写映画、もう公開してるんですよね」
「そうだった、忘れてたよ」
そうなのだ。紅華も大好きな『雨の日の初恋』は、映画にあまり詳しくない玲子でも名前を覚えているような有名な監督さんによって実写化している。
だから図書室でもポップ付きで推されていて、玲子は簡単に本を見つけることが出来た。
「見に行きたいな」
「じゃあ、一緒に行きませんか?」
「・・・・・・え?」
それは、つまり・・・・・・合法的に叶さんとデートできるってこと?
別にデートくらい違法でもなんでもないのだが、今の玲子はそういう気分だったのだ。
「いいの?」
「? はい。もちろん」
というわけでにやにやが止まらない玲子は、その晩クラスメイト4人のLINEでその事を報告した。
玲子「明日叶さんと雨の日の初恋の実写映画見に行けることになった!」
縁「オメ━( ´∀`)━!!!!」
由那「やったじゃん(੭ꠥ⁾⁾´・ω・`)੭ꠥ⁾⁾」
紗奈「よかった。ちゃんと仲直りできてたね」
玲子「紗奈のお陰だよ。ありがとう」
紗奈「ボクはちょっと背中押しただけだよ」
縁「紗奈偉い(*´・з・`*)チュッ♪」
由那「初デート頑張れ(。•̀ᴗ-)و ̑̑✧」
玲子「みんなありがとう!ヽ(*´∀`)ノ」
次の日。
「おまたせしました、鹿島さん」
「ううん、大丈夫。私も今きたところだから」
玲子はショッピングモール内の待ち合わせ場所で紅華と合流した。
(私服姿の叶さん、かわいい・・・・・・!)
いつもの制服姿もすごくかわいいのだが、私服姿も新鮮で、全身をデニムカラーで統一したシンプルなコーディネートはどんな豪華なドレスにも負けない光沢を放つようだ。要するに、私服姿も超かわいい。
「じゃあ、行こっか」
「はい」
2人分のチケットを無事に購入し、玲子と紅華は映画が始まるまでの時間をモール中の洋服店で潰していた。
「鹿島さんはどんな服が好きですか?」
「あんまり派手なのじゃなければなんでもって感じかな?」
あぁ、この会話、すごく恋人っぽい。
「そうなんですか、鹿島さんなら派手な原宿系とか似合いそうですけど」
「私には似合わないよ」
玲子は笑って答えた。
あんな派手なのが似合うなんて、きっと由那くらいのリア充でなければいけないだろう。
「ところで、時間はあとどのくらいだっけ?」
「ええと・・・・・・10分後ですね」
「そろそろ行こっか」
「はい」
玲子と紅華は名残惜しげに洋服店を後にした。
「叶さんは映画館でポップコーン食べる派?」
「食べる時と食べない時がありますね」
「今回はどうする?」
「今回は食べないでいきましょう」
「了解」
叶さんとの会話のひとつひとつが美しく尊い美術品であるかのような幸福。
席に並んで座るこの時間が永遠なら、そんな事を考えてしまう。
やっぱりポップコーン買った方がよかったかもしれない。
そうすればこのドキドキも多少誤魔化せただろうに。
(このドキドキ、聞こえてたらどうしよう・・・・・・)
理性では理解している。聞こえる訳が無いと。それでも不安になってしまう程に、玲子の胸は高鳴ってしまう。
そんな玲子の事情など知らずに、映画は始まった。
「おもしろかったですね」
「うん、なんかこう、すごかった」
スタッフロールも終わり、玲子と紅華は映画館を出た。
見終わったあとのこの恋をしたくなる感じは原作と同じか、あるいはそれ以上のものだ。
「ラストシーン、感動した! 結末知っててもドキドキしちゃう」
「確かに感動的ででしたね。全体的な完成度もすごく高くて、監督の作品への愛を感じました」
この映画は間違いなく売れる。映画業界など知らない玲子にも、そんな確信を抱かせる程に映画の完成度は高かった。
「やっぱり、原作知ってる人と一緒に見られるのはいいですね。見終わってすぐに語り合える」
叶さんはくるりと振り返って言った。
「これからも私と友達でいてくださいね、鹿島さん」
その顔は、同性異性問わずどんな人も恋に落としてしまうような可憐な微笑み。
なのに、それなのに。
玲子の胸には、氷の針に刺されたような鋭い痛みが走った。
なぜ?決まっている。
これまでのこの1ヶ月と少しの間に芽生えた、小さくて、でも大きな想い。
ずっと封じ込めていたそれが今、暴発したから。
「・・・・・・ごめん、できない・・・・・・」
叶さんのキョトンとしたような顔が見える。
玲子はその唇に、
「ごめんね」
唇を、
「・・・・・・好きです」
重ねた。
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