救いの光
その日の部活体験も、当然パソコン部へ行くことにした。
半分は叶さんに会うために。
「恋、してるんだ」
玲子は今日のお昼に自覚した自分の気持ちを、改めて呟いた。
私は、叶さんが好き。
女の子同士だからどうこう、と言ったものはあまり感じない。
ただ、好きになった人がいて、それがたまたま女の子だっただけだ。
(我ながらすごいこと言ってるなぁ)
今度は心の中で呟いた。
けれど、実際そうなのだ。
彼女が、ただ愛おしい。複雑な様に見えて、実はそれだけなんだ。
そうしていると、パソコン室にたどり着いた。
「失礼します」
玲子は扉を開け、控えめな声で言うと、佐久間先輩が返してくれる。
「はい、いらっしゃい玲子ちゃん、昨日の所座っててね」
「わかりました」
昨日の席を確認すると
(あ、叶さんだ・・・・・・!)
その席の隣、昨日と同じ席に叶さんがいる。
入部するつもりだって言ってたもんね。
(どうしよう、ドキドキしてきた)
けれど、叶さんを見ると浮かんでくるものがもうひとつ。
(どんな、男とでも・・・・・・)
玲子はお昼にその話をしていた時を思い出していた。
「え、なに女同士って流行ってるの?」
由那が言う。まぁそう言いたくもなるよね。
実際私も今朝も縁と紗奈が付き合ってると知った時すごく驚いたのだから、私まで女の子が好き宣言したら当然だ。
「大変な恋、しちゃったね」
紗奈が受け入れる様に笑った。いつもぶっきらぼうだけど 、こういう顔もできるのか。縁が紗奈を好きになったのもわかる気がする。
「大変な、ね・・・・・・」
縁は苦笑した。
「まぁ、頑張りなよ。叶さん、きっと寂しいだろうし、あっためてくれる誰かが欲しいんだよ。玲子がそうなってあげな」
あっためてくれる、誰か。
「・・・・・・ありがとう。私、頑張るね」
「お、おはよう、叶さん」
玲子は席に座った。
「・・・・・・おはようございます、鹿島さん」
なんか業界人っぽい。
叶さんは緊張している様に身を縮こまらせている。
そこからはまた沈黙。昨日と同じだ。でも、
(あっためてあげる誰かに、私はなりたい)
「叶さんは、なんか趣味とかある?」
昨日と違うのは、ちょっとだけの勇気があるかどうか。
「あ、趣味、ですか・・・・・・えっと、読書、とかです」
「そうなんだ、どんなジャンルの本が好きなの?」
好きって言ったら、そういう意味じゃなくてもドキっとする。
「えっと、恋愛系が、好きです」
好きって言われても、そういう意味じゃなくてもドキっとする。
これが恋と言うやつなのか。なんか、いいな。
「恋愛系か。おすすめとかある?」
叶さんはわたわたしている。こんなに話しかけられるなんて思っても見なかったのだろう。
「えっと・・・・・・あ、『初恋』シリーズは面白いです」
「へぇ、どんなの?」
「えっと、御笠梨央さんっていう方の作品なんですけど、主人公の心境の描写がとても、こう、秀逸で、読んでるだけで、まるで自分が恋をしているような気持ちになれるんです」
なるほど。ちょっと面白そうだ。
「ありがとう。今度読んで見るね」
「・・・・・・鹿島さんは、私の噂、知ったんですね」
「え・・・・・・!?」
想定外過ぎる一言。シラをきり損ねた。これがまずかったのだろう。
「・・・・・・やっぱり知ったんだ・・・・・・」
「・・・・・・ごめん」
「いえ、気にしないでください」
当然だ。と紅華は思った。そうじゃなきゃ昨日会ったばかりの自分なんかにこうも積極的に話しかけたりしない。腹を探っていたのだろう。脳中であの日の言葉がリフレインする。
「叶が好きだ。付き合ってくれ!」
私は中学2年生のとき、告白された。相手は同じクラスの男子だった。
確かバスケ部に所属している西野君。よく知らないけど女子に結構人気な人だったはずだ。
私は混乱していた。話した事くらいは何度かあったが、
逆に言えばそれだけの関係の男子に突然告白なんてされて混乱しない人なんているの?
その上、今ほどではなくとも私は人見知りだったし、そんな状態の人にまともな返答なんて求めないでほしい。
「えっと、あの、ご、ごめんなさいっ!」
私は逃げ出した。
ここで逃げずに話を続けられるほど、私は人との会話が得意ではない。
そんな事くらいクラスのみんなが知ってるはずなのに。
その2日後の放課後、図書室から帰ってきた私の机の中に丸めた紙が入っていた。
私はちゃんと机の中の整理整頓をするタイプだったから、誰かが入れたのだろう。しかしなんで?その紙を開くと、そこにはたった一言。
『しね』
心臓にナイフが突き刺さったような錯覚。
私は、誰かに死を望まれている。何故、思い当たる理由は1つしかない。
(あの告白を、断ったから・・・・・・?)
誰かが走って行く音。私がこの紙を見たのを確認した誰かが走り去って行ったのか、あるいは運動部が校舎の中を走っている音を聞き違えたのか。
その日を境に、友達は私を無視するようになった。もともと友達が多い方ではない私は、完全に孤立した。
ひたすらに苦しかった。悲しかった。この期に及んで私は誰も憎めなかった。
だから、西野君に助けを求めた。
昼休みに1人になったところで私は西野君に話しかけた。
あの時は混乱してて逃げちゃったけど、付き合おう。そう言うつもりだった。
なのに。
「話しかけんなよ、キモイんだよ、お前」
その瞬間、私は一筋の救いの光すらないことを知った。
あの噂についてはその後知った。
『キモイんだよ、お前』
また胸が痛くなって、紅華は胸を抑えた。
「で、でも、私は信じてるよ。あの話は嘘だって」
「そうですか」
その言葉は、紅華の思っていた数倍、白々しく玲子に届いた。
(嫌われちゃった、よね)
玲子は涙を流せなかった。ただ心に風穴が空いたような気分だった。
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