好き
叶さんに会いたい。昨日からずっとだ。気がつけば叶さんの事ばかりを考えてしまって、結局眠れなかった。
多分あれのせいだ。
『金貰えば誰とでも付き合うんだとか』
私は叶さんのことを全然知らないし、その噂が嘘かどうかなんて、考えてもわかるはずがない。
「頭では理解してるんだよな・・・・・・」
玲子は独り言を零した。
かなり早い時間に家を出たから、周りには誰もいない。
多分教室にも1番のりだろう。
ああ、叶さんに会いたい。
玲子は眠い頭を目覚めさせるように頭をぶんぶんと左右に振ってから教室に入
「もう一回・・・・・・」
「うん・・・・・・」
ろうとして足を止めた。と言うより、足が固まった。
まず、自分より早い人がいるとは思わなかった。
次に、そこにいた2人が、自分の知り合い・・・・・・というより新しい友達であったことに驚いた。
(縁さんと、紗奈さんが、)
最後に、その2人がしていた行為に、目を見張った。
(キス・・・・・・してる・・・・・・!?)
玲子はとっさに壁の影に隠れた。
見たのは一瞬。けれど、玲子の目にその光景を焼き付けるにはそれで充分だった。
隠れても、朝の静寂の中、教室から聞こえる舌を絡ませるような官能的な音までもを遮ることはできない。
玲子は辛うじて残っている理性を総動員して、トイレへの撤退を敢行した。
結果として、玲子が派手にすっ転んでそれは失敗に終わった。
どうしよう。完全にバレた。別に盗み見てたわけじゃない。でも、盗み見てたのと本質的に同じだ。どうしよう。
「あ、玲子さん・・・・・・おはよう」
結論。どうにもできない。
「お、おはよう、ござ、います」
縁さんに気まずそうに挨拶された。うん、挨拶って大事。
「あの・・・・・・見てた?」
「ええと、い、一瞬だけ」
「そっかぁー」
縁さんが、努めていつもどうりに振舞おうとしているのがわかった。
紗奈さんは縁さんの後ろで世界の終わりのような顔をしている。
「ええと、み、みんなには内緒にするよ・・・・・・由那にも、ぜ、絶対に」
「うん、そうしてくれると助かるかな」
あはは、縁さんから乾いた笑いが零れる。
「気になるだろうし話すよ。私と紗奈は中学の頃から付き合ってるんだ。
つまり、その・・・・・・恋人同士、ってこと」
縁さんは恥じらいながらも懸命に、最低限の情報までを与えようとしているようだった。別に詮索したりはしないが。
「女の子同士で、変だって思うだろうけどさ、本当に、誰にも言わないでね」
「うん・・・・・・約束する。縁さん」
「縁でいいよ。私も紗奈もあなたのこと玲子って呼ぶし」
「う、うん・・・・・・縁。」
「あの~そろそろ出ていいかな―?」
気がついたら、すぐそこに少し顔を赤らめた由那がいた。
こうして縁さんと紗奈さん改め縁と紗奈の交際は、4人の中で知れ渡る運びとなった。
そんな事件があった日の昼食というのは、少々気まずくなるものだ。出会って数日であろうとそれに違いはない。
お互いに必死で話題を探している事を察しあいなから、玲子たちは弁当を広げていた。
「そうだ、玲子。パソコン部、どうだった?お姉ちゃん変な事してなかった?」
「ううん、別に変な事はしてなかったよ」
「そっか。よかった」
そうだ、パソコン部といえば叶さんのあの噂。縁と紗奈の事で忘れかけていたけど、それが私の最重要案件だ。
玲子は3人にその事について聞いた。
「うーん、よく覚えてないけどね、叶さんの噂が流れはじめたのは、確か中2の頃だったはず」
中2か。思ったより前だ。
「そうなの?ボクが知ったのは3年になったくらいだったけど」
「あんた本当にその手の噂については鈍感だからね」
縁は苦笑して答えた。
「でも、もうそんなの誰も覚えてないと思ってたよ。本人は結構気にしてたんだなぁ」
「あの頃から叶さんぼっちだったからね」
「玲子はその叶さんって子と仲良くなりたいの?」
それはもちろん、
「私は・・・・・・」
玲子は返答に詰まった。
私は叶さんと、どうなりたいんだろう。
もちろん、仲良くなりたい。でもそれだけじゃない事に今気がついた。
「玲子?」
由那の心配そうな声が聞こえる。
「仲良く、なりたいよ。でも、それだけじゃないっていうか、なんというか・・・・・・」
心の声が、そのまま出た。
由那は首を傾げいる。それはそうか。さっきの答えじゃはっきりしないからね。
「玲子は、」
紗奈はサンドイッチを飲み込んでから尋ねた。
「叶さんの事好きなの?」
好き。その言葉はスっと腑に落ちた。そうか。叶さんへのこの感情は、そう言う名前なんだ。
「そっか。私叶さんに、恋、してるんだ」
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