叶わぬ恋
期間が空いてしまって本当に申し訳ございません。
これからはより一層精進して行きますので、今後ともよろしくお願いします。
冴子は帰路についていた。
夏休み中ほぼ毎日ある部活が今日も終わり、夕焼けをバックに自転車の後輪をカラカラと鳴らす時間は、私のお気に入りだ。
この時間は、他愛もなくて取り留めもない思考の海を魚になって泳げるから。
今日の海は、縁と紗奈の一連の駆け落ち騒動の話題で持ちきりだった。
冴子は息を吐いた。
あの2人の起こした事は、正しく愛の奇跡というやつなのかもしれない。
私はそこまでロマンチストでは無いが、なんとなくそう思ってしまう。
そんなものが本当にこの世界にあるのなら、もしかしたら私も・・・・・・。
「なーんて」
冴子は1人で笑いを零して、赤信号で止まった。
紅華には、もう恋人がいるのだ。それも同性の。奇跡なんて起こる余地もない。戦う前からもう勝負はついている。
だから私は紅華と付き合いたいとかはもう特に
思わない事にしたのだ。
旧式でオンボロな信号機は陽の光に触れて、どちらが点灯しているかさえわからなくなっていた。
次の日は登校日だった。
ほぼ毎日部活で登校しているのだから朝起きるのもそこまで億劫ではなかったのだが、紅華はそうではなかったらしい。
玄関で眠そうな目をこする紅華を見つけた。
「おはよう、紅華」
「んー」
なんとも気のない返事。本当に起きてるのか不安になってくる。
「紅華は夏休みどっか行った?」
「どこも行ってないけど、今度の日曜にお祭り行く予定」
「ああ、三笠祭りだっけ?」
「うん」
紅華は頷いた。
三笠祭りは、今年で60回目を迎える歴史があるのかないのかよくわからないお祭りだ。
神社の境内は露店で埋め尽くされ、夜には花火も上がることから地元民は毎年これを楽しみにしている。
私と紅華もそれは例外ではない。小学生の頃は毎年紅華と一緒にチョコバナナをかじったりくじ引きで一喜一憂したりしていた記憶がある。
中学校に上がるタイミングで私は引越してしまって、ここ3年行っていないが、紅華は毎年行っていたのだろう。ちょっと羨ましい。
「じゃあさ、3年ぶりに一緒に行かない?」
「え?いいけど、部活は?」
「日曜日は無いんだよ。超ホワイト」
にっ、と笑って見せる。
すると紅華は眠気など一瞬で吹き飛んだかのように表情を明るくした。その顔は、すごく嬉しそうだ。
「じゃあ、せっかくだから縁さんと紗奈さんと、れ、れいこ、も、誘わない?」
まだ恋人を呼び捨てにするのが恥ずかしいらしい。頬を染めながら紅華は言った。
その仕草は、可愛い、と言えるものだった。
なのに、その時冴子の中に生まれた感情は、
・・・・・・生まれた感情は?
(・・・・・・わからない)
「ん?どうかした?」
紅華が首を傾げている。
「ううん、なんでもない。教室行こ」
一旦忘れて、冴子は下駄箱に靴を入れた。
みんなで三笠祭りに行く提案は、その日の内に
全会一致を得ることに成功した。
離れていても簡単に言葉を交わせるスマホってすごい。
冴子は自室で課題に勤しみながら考えていた。
(今朝のあの気持ちは、なんだったんだろう)
あれは、紅華にを好きになった時と同じ感覚。
まさかこの期に及んで私は紅華と付き合いたいなんて思っているのか。
(・・・・・・多分、そうなんだろうな)
冴子は自分に向けて失笑を零した。
我ながら意地汚いやつだなと思う。
別に略奪愛の趣味がある訳では無いはずのだが、自分の中にはまだ見ぬ性癖があるのか。
冴子はシャーペンを置いて息を吐いた。
私は紅華が好きだけど、紅華には玲子がいる。
玲子と付き合い始めた紅華は前よりも数段明るくなっていたくらい、紅華も玲子の事が好きだ。そんな紅華に今更告白なんてしようものなら、確実にこれまでと同じ関係では居られないだろう。
「それなら、一生でも隠し続けるべきなんだ」
鈍い痛みを感じて、冴子は胸を押さえた。
「隠し続ける、べきなんだ」
三笠祭りの当日。その日は太陽さんがしっかり温度調節してくれたようで、空気が心地よい陽気で満たされている。
待ち合わせ場所に少し早めに来てしまった冴子は 、なんとなく空にたゆたう雲を眺めていた。
雲はどうして浮かんでいるのだろうか?
私も雲になればあんな風にぷかぷか空を飛べるのだろうか?
「あ、冴子」
純粋無垢な小学生みたいな思考に浸っていると、紅華が手を振ってきた。
「おはよ、紅華」
私が手を振り返すと、紅華は嬉しそうに小走りになってこちらへ向かって来た。
「随分早いね、冴子。まだ10分前だよ」
「まあ、暇だったからね」
冴子は笑って返した。
小学生の頃はいつも紅華の方が早かったから、何気に紅華より早く待ち合わせ場所に着くのは初めてだ。ちょっと勝った気分。
紅華はそんなこと気にもとめずに冴子の隣に座った。
「懐かしいね。小学生の頃よく冴子と一緒にここでジュースとか飲んでた」
紅華は口元に手を当てて笑った。
こんなひとつひとつの動作に、小学校時代にはなかった気品が現れている気がする。
「なんて言うか、あの頃から紅華って結構お嬢様っぽくなったよね」
冴子は思った事をそのまま口に出した。
「そ、そうかな・・・・・・?」
紅華は照れくさそうに、それでも嬉しそうに頬を赤らめて笑う。
ああ、好き。
紅華自身が思っている以上に紅華は鈍感だ。きっと私の想いになんて気がついていないのだろう。
「そういえば、紅華は玲子と最近どうなの?」
だからこそ、私はそんな事を聞いてしまうのだ。小学校の旧友という好きな人との関係に思い上がってしまわないように。
「えぇっと・・・・・・うん、まあまあだよ」
含みのある言い方。胸の奥を疼痛が走る。
嫌だ、もう聞きたくない。
それでも踏み込んでしまうのは、きっと私が紅華をこれ以上ないくらい好きだからだ。
「・・・・・・ふうん、じゃあ付き合ってからキスした?」
痛い。
「・・・・・・ぅん・・・・・・」
痛い。
「へぇ、ラブラブだねー」
痛い。
心臓が痛い。
冴子は笑顔を精一杯崩さないようにしながら胸を押さえた。
そんなに痛むなら最初から聞かなければいいのに。理性が呆れたように吐き捨てる。
分かっている。紅華の1番は玲子なんだと。
だからこんなことに痛みを感じてしまうのは間違いなんだと。
それでもしばらく、冴子の胸は痛み続けた。
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