手紙
「あ、紗奈、ちょっといい?」
「何? お姉ちゃん」
部屋の前のプリントを取りに部屋を出たところでお姉ちゃんに声をかけられた。
「ちょっと大事な話。部屋入っていい?」
いつもなら勝手に入ってくるのに、今日はどうしたのだろうか。
断る理由もない。紗奈は了承し、彩加を部屋に入れた。
「あのね、紗奈。縁ちゃんから聞いたよ。紗奈は縁ちゃんと付き合ってたんだよね?」
「・・・・・・悪い?」
知られたのか。玲子と由奈に知られた時からより一層隠すようにしていたのに。
お姉ちゃんは真剣な顔で首を横に振った。
あの姉がこんな真剣な面持ちで話している。どうやら冷やかしに来た訳ではないようだ。言葉の棘は引っ込めてやる。
「それで、そんな事わざわざ話しに来たの?」
「ううん、本題はそっちじゃなくて」
彩加は言葉を探すように数秒逡巡してから言った。
「今度私達引越す事になるよね。でも私は啓介と別れたくない。好きな人と別れたい人なんていないと思うけど」
お姉ちゃんが息を吸ったのを感じる。
「・・・・・・紗奈も、縁ちゃんと別れたくないよね?」
「・・・・・・もう手遅れだよ。今更縁と別れたくないなんて言ったって意味はないし、そんな権利ないよ」
あの日、突然別れようなんて言ったのはボクの方だ。
縁だって、そんな事言ってからやっぱり別れたくないなんて言ってきたボクをどう思う?もう無理だ。縁を傷つける道を回避するにはこれしかないんだ。今縁は傷ついているかもしれないけど、最終的に救われる。唯一無二の道はこれだ。
「まだわかんないでしょ?」
そりゃそうだけど、そんな事言われても。
「そのプリント、誰が届けてくれたと思う?縁ちゃんなんだよ。縁ちゃんより家近い子もいるのに、わざわざ届けに来てくれたんだよ」
「・・・・・・でも、ボクは・・・・・・」
お姉ちゃんは何も言わずに首を横に振った。
「これ、縁ちゃんからお手紙。読んであげて」
お姉ちゃんはちぎったノートの紙を取り出してこちらに差し出した。
縁からの、手紙。どんな事が書いてあるのだろうか。
怖い。紗奈は汗が額を流れる感触を覚えた。縁の事がこんなに怖いなんて。でも、姉の言う通りわざわざプリントを届けに来てくれたのだ。
自分にはこれを見る義務がある。
紗奈はそんなズレた義務感でそれを受け取って、恐る恐る畳まれたそれを開いた。
『紗奈へ
風邪はもう大丈夫? プリントを届けに行ったんだけど、紗奈に会えなかったから手紙を書いています。引越しの事は彩加さんに聞いたよ。
紗奈に別れようって言われて、すっごく悲しかった。こんなに悲しいのは多分人生で初めてってくらい。
紗奈も、多分同じじゃないかな?もしそうだったら、今日の6時に、紗奈の家の近くのあの公園に来て。
縁より』
「縁・・・・・・」
紗奈は思わず声を零した。
「会いたいなら、別れたくないなら、行ってあげなさい」
そう言い残して、彩加は紗奈の部屋を後にした。
紗奈は来てくれるだろうか。
縁は夕方の空を見上げた。
今更そんな心配をしても遅いけど、そんな心配をせずにはいられない。
まだ少し寒い夕方の空気は、2人の愛を試すように肌を撫でる。
前にキスをしたあの滑り台。あの日とさほど気温は変わらないはずなのに、今日は少し寒い気がする。
隣に紗奈がいないから?きっとそうだ。
これから私達はどうなるのだろうか。
現実は決して完結しない。どんな幸せが訪れてもめでたしめでたしで幕は降りない。
社会通念的な観点で見れば私のしようとしている事は明らかに悪い事だ。
自分だけならまだしも、紗奈の人生をも狂わせてしまうかもしれない。
(それでも、やるんだ。全ては、そう、愛)
ふと微かにに聞こえた公園の砂粒を踏みしめる音は、愛する人の訪れを意味していた。
「紗奈」
「・・・・・・どうしたの? 縁」
「紗奈、引越しの事、彩加さんに聞いたよ」
紗奈は悪事がバレたような顔で縁から目を逸らした。
「ねえ紗奈。私は紗奈が好き。別れたくない」
「・・・・・・」
「紗奈は優しいから、私を傷つけたくないから、あの日、別れようなんて言ったんだよね」
「・・・・・・もう、どうにもならないんだよ」
紗奈は捻り出すように言葉を紡いだ。
「ボクと縁は離ればなれになってしまう。ずっと一緒になんていられなかったんだ。仕方がないんだ。これも運命だよ」
紗奈の目には涙が浮かんでいた。
「だから、別れよう。ボクに『ボク』をくれた、それ以外もたくさん、数えきれない程のものをくれた、ボクの、大好きな縁、」
紗奈の目から、涙が零れ落ちた。紗奈はそれを拭うこともせずに下を向いている。
「私は紗奈を愛してる。愛し合う2人が引き裂かれるなんて、そんな悲しい運命に、私は従いたくない」
「・・・・・・っ! でも!」
「だからっ!」
縁は紗奈の言葉を遮った。
「・・・・・・だから、紗奈。駆け落ちしよう。私達を引き裂く運命なんて壊してしまおう」
縁の言葉に、紗奈は顔を上げた。
「どんな辛い事があっても、紗奈と別れるのだけは嫌だから」
紗奈に差し出したその手に、深い愛をこめて。
「行こう、一緒に」
ボクは救われていいのだろうか。紗奈はそう思っていた。
縁の差し出した手は、どこまでも深い寛容と慈愛に輝くようだった。優しさは温かな流れとなって紗奈の中に流れ込み、全身の血管に固まった罪過を洗い流す。
「・・・・・・っ・・・・・・ぅん・・・・・・」
紗奈は震えた手で、震えた声で、けれどしっかりとその手を握った。
駆け落ちと言っても、一介の高校生でしかない紗奈達にはできる範囲というものがある。
どうしても使えるお金は限られているし、あまり夜遅くに出歩けば警察のお世話になりかねない。あまり長いこと帰らないのも同様だ。
もちろん、彩加もそんな事は承知の上だ。だから、駆け落ち先・・・・・・というより家出先はそこそこ近い距離の、かつお父さんに見つかりにくい場所を選ぶ必要がある。
「だからって、なんで俺の姉さん家なんだよ・・・・・・」
上島先輩は電車に揺られながらぼやいた。縁が隣であはは、と苦笑いを零す。
「だって佳奈先輩くらいしか頼れる人がいないんだもん」
今日は紗奈と彩加の編入試験当日だ。当然、こんなところにいていいはずもない。
これが彩加の駆け落ち計画だ。紗奈と縁が、両方公立の高校(というか同じ高校)に通っていたからこそ「試験をバックれる」という極めて単純な方法をとる事ができるのである。
「お前なぁ、もし姉さんがダメって言ったらどうするつもりだったんだよ?」
「その時はその時?」
「無計画ですねいつもの・・・・・・」
上島先輩は肩を落とした。全く苦労人である。
「すいません、本当にいつもうちの姉が・・・・・・」
いたたまれなくなって紗奈は上島先輩に詫びた。
「いや、まあいいんだよ。彩加のためでもあるんだし。姉さんも喜んでたしな」
「そゆこと~」
とりあえずこの姉は叩いて置いて、紗奈は縁に向き直った。
「本当に大丈夫なの? 縁。ボクはともかく、縁は別に来なきゃいけない理由は無いのに」
「理由はあるよ。紗奈。私は紗奈と一緒にいたい。それじゃ足りない?」
縁は紗奈の肩に頭を預けながら言った。
少し離れていただけなのに、縁はかなり甘えん坊になった気がする。
よしよしと縁の頭を撫でつつ紗奈は車窓の外に視線を移した。
きっと今日は、ボクにとって忘れられない1日になるだろう。
車内アナウンスが、目的地への到着を告げた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
お気軽にご指摘、ご感想等よろしくお願いします。
・・・・・・いやまじで。




