私の彼は浮気者
彼は、1人の人を愛せない人だった。
可愛い顔をして、心はドブのように汚い。美しい言葉を使って、本音はカラスの羽のように真っ黒。あざといフリして、簡単に離れていく。
でも、その綺麗な瞳に映った人は、みんな、彼の虜になってしまう。虜になって、彼に夢中になって、そして気ずく。
「私の周りには、私のような人が何人もいるという事に。」
★
「ねえ、そこの君、今からちょっと暇?」
近づいて来たのは、綺麗で可愛い男の子。私より若くて、子どもっぽい。
だから、私は大人のフリをした。彼との差を見せつけて、自分を子どもだと思わないように。
「ごめんなさい。私今、そんなに気分が良くないの。他をあたってね。」
強く言ったつもりなのに、彼はにやりと笑って可愛い顔に似合わないセリフを言った。
「俺は、今からヒマかを聞いているんだけど。べつに君の気分が良いか悪いかなんてどうでもいい。俺の気分次第なんだからね。それに、俺には、女がたくさんいる。君みたいに大人っぽい子もね。」
馬鹿にした口調で放ったその言葉は私の心に深く刺さった。刺さって、ギリギリと音をたて、私の風船のような心は、すぐに破裂してしまった。
「は、笑わせないでよ。あなたより私の方が年上よ。それになに?女がたくさんいる?私の気分なんてどうでもいい?…そんな自分勝手な事を言うあなたの方が子どもなんじゃないの?」
引っ叩いてやろうと思った。だから、手を振り上げた。なのに彼の透き通った瞳を見たら、自分の子どもっぽさに気づいてしまった。そこに映る自分が泣きそうな顔をして、悔しそうに下唇を噛んでいた。
その姿があまりに惨めだったため、恥ずかしくて涙が溢れてしまった。
『お前は黄色とかピンクとか明るい色より、紺とか紫とか、そういった暗い色の方が似合うよ。その方が大人っぽいし。』
『こんな短くてフリフリしたスカートはくなよ。もっと綺麗で高いドレスはけよ。たく、せっかくのデートだって言うのに。お前のせいで…』
『最悪だ。お前がこんなに子どもっぽかったなんて思わなかった。』
「どうしたの?急に泣きだして。」
甘い声で彼が問いかける。だから、口から出てしまった。
「さっき、付き合ってた人に別れを告げられたばかりなの。だから泣いてるだけよ。彼が好きだったから!あなたのせいで思い出したのよ。あなたのせいよ!」
なんて子どもっぽいんだろう、と自分でも思う。ただ思い出しただけなのに、人のせいにして。呆れる。大人になりたい。もっと大人だったら、彼ともっともっと一緒にいれたのに。
「そんなに遊びたいんなら、そのたくさんいる女達に遊んでもらえば良いじゃない!」
涙をコートの袖で拭きながら、もう片方の手でベンチの上にある鞄を取った。
その場から立ち去ろうとしたのに、彼の手が私の肩を掴んで、そのまま私の体は彼の長い腕の中に包まれてしまった。
「離して!」
私は、離してと言いながらおとなしくしていた。なぜかはよく分からないけど、彼のにおいが、彼の体温が、彼の抱きしめる力が、私の冷めた体と壊れた心をどうにかしてくれている。そう感じたのだ。
「やめてよ…。また涙が出てきたじゃない…。」
彼は真面目な顔で言った。
「ねえ、お姉さん。今からちょっとヒマ?俺が慰めてあげるよ。」
嘘だって、慰めてくれるのは今日だけだって、分かっている。なのに、今日の私はどうかしてる。
「1時間くらいならね。」
今日だけ…今日だけだから。
★
昨日の夜、彼は本当に慰めてくれた。
優しい言葉をたくさんかけて、癒してくれる笑顔を私だけに向けて。おかげで元彼の事は、スッキリ吹っ切れた。
今日も彼と会う約束をした。またあの笑顔を私に向けてくれる。そう思うと、今日の仕事も頑張れる。
「なに?ゆみ〜彼氏と待ち合わせかー?」
「ちょっとねー。」
同僚の彩子が定時より早く帰る私のことを羨ましいがっていた。なんだかとても気分が良い。
待ち合わせ時間よりも早く着いた私は、彼のことを考えながらファッションサイトを見ていた。
彼はどんな服が好きだろう?可愛い系?シンプルなのがいいかな、それとも…
今まで、こんな事を考えた事がなかった。いつも彼から注文されていたから。
だから、こんな事を考えるのがとても楽しい。
「寒い…」
早く着きすぎてしまった。今日は一段と寒い。と、
彼の姿を見つけた。隣にもう一人いるようだが…女?
彼とその女は、人目につかない建物と建物の間に入っていった。
私は気になって着いて行った。それが間違いだったんだ。壁の端から見たものは衝撃的なものだった。
嫌なものを見てしまった。見たくない。でも、その場から動けなかった。動けたとして、どうするの?どこに行くの?
彼と一緒にいるのは、同じ会社の先輩だ。こんな人だとは思わなかった。彼女も彼の事を仕事中ずっと考えたりしていたのだろうか?
「…馬鹿みたい…。」
★
「おまたせ。ごめんね。時間よりちょっと遅れちゃった。」
「いいの。それよりも早く行こ。お腹空いた。」
そう言って彼の腕を引っ張る。シャツの袖に付いているピンク色の印を隠して。
「ちょっと待ってよ。」
「待てない。」
だって、私にはあなたしかいないの。だから、早くあなたが欲しい。
ねえ、早く私だけを見るようになって。ね。