第8話 娘と勇者、入学式に挑む
「あ!」
「お、おい! あ、って何だ? あったのか? あったのか? サリエル!!!」
アレクシオスは肩の上に乗っているサリエルに問いかけた。
学園の合格発表は掲示板に番号と名前が提示されるが……
大勢の人が押し掛けたため、掲示板すら見えない。
そこでアレクシオスがサリエルを肩車しているのである。
「受かった、受かったよ!! お父さん!!!」
「受かった? 受かったのか!! 良かった……ま、まあお前の実力なら当然だもんな!! ぜ、全然心配なんてしてなかったぞ!!」
「……昨日の夜、一錘もしてなかったじゃん」
などと会話し……
二人は笑い合った。
ともかく、合格である。
さて、そこからが忙しかった。
何しろ、学園の寮への引っ越し準備や……制服の採寸、教科書の購入などをしなくてはならなかったからだ。
時が過ぎて……
四月。
ついに入学式となった。
「しかし……いつ見ても良く似合ってるぞ、サリエル」
「そう? ふふ、ありがとうお父さん!!」
入学式当日。
アレクシオスはサリエルを学園まで送り届けた。
ちなみにこの遣り取り、制服を購入してから実に二十回目である。
「じゃあ、俺は用事がある。……サリエル、一人で行けるな?」
「うん、じゃあね、お父さん! 夏休みには帰るから!」
「おう!」(まあ、学園で毎日顔を合わせるんだけどね)
アレクシオスは内心で呟き……
学園長の部屋に向かった。
一方、サリエルは……
「待て!!」
「にゃー」
猫を追いかけていた。
案内図を見ながら会場を探していたら、丁度黒猫が前を横切ったのである。
猫を見つけたら追いかけずにはいられない。
それがサリエルという少女であり……母親から受け継いだ性だ。
しかし黒猫は巧みにサリエルの手から逃げ回り……
気が付くと……
「あ、あれ? ここどこ?」
迷っていた。
何しろ、学園そのものが巨大なのだ。
毎年、迷う生徒は大勢いる。
サリエルもまた、迷ってしまったのである。
「あら、新入生。迷子のようね。私が案内してあげようか?」
「は、はい! お願いしま……えっと、あなたは学園の関係者の方ですか?」
「ええ、まあそんな感じね」
サリエルに声を掛けたのは……
サリエルよりも二、三歳ほど幼く見える少女だった。
なかなか可愛らしい容姿をしている。
頭には三角帽子を被り、紫色のマントを羽織っていて……
首からは趣味の悪そうな黄金の髑髏を掛けていた。
そして……その肩には黒猫が乗っていた。
「あ!! 猫さん!!」
「……猫さんって……もしかしてこの猫を追いかけて迷ったの? ……血は争えないわね」
少女は溜息を吐いた。
数十年前の過去を回顧する。
昔……同様にこの猫を追いかけて入学式前に迷子になった間抜けな銀髪の少女が居たのだ。
……数十年前に生きている猫、という時点でただの猫ではないが、ここでは特筆しない。
「もしかして……」
「もしかして?」
少女はニヤッと笑みを浮かべる。
サリエルはポンと手を打った。
「あなたも迷子?」
「ええ、そう。私はこの学園の……はい!?」
少女は困惑した表情を浮かべた。
サリエルは一人納得した顔で頷く。
「もしかして、新入生の妹さんとか? 一緒についてきて迷っちゃったんでしょ! うん、良いよ。お姉さんと一緒に行こう!」
「……なーんか、デジャブを感じるわね。ああ、そうだった。あの子も同じような勘違いを……はあ、頭は悪くないはずなのに、なんでこんなにアホなのか……まあ、良いけど」
とはいえ、少女―マリベル―がそのように勘違いされるのは無理もない。
少なくとも大人には見えないし……何よりその恰好が子供のごっこ遊びにしか見えないのだ。
もっとも、これでも最強クラスの騎士であり、大諸侯なのだから人は見かけによらない。
「まあ、良いわ。付いてきなさい……入学式の会場はこっちよ」
「え、分かるの?」
「当たり前でしょ」
マリベルはサリエルの手を引っ張り、会場まで連れて行く。
傍から見ると、妹が姉を引っ張っているようにしか見えない。
「ここよ」
「わぁ! ありがとう! ところで、名前を聞いても良い?」
「……それは後で分かるわよ。じゃあね」
マリベルは手を振ってサリエルと別れた。
そして……一人呟く。
「理力はアニエルの三倍。そして抑えてあるから表面には出ていないけど……三倍か。ふふ、さすがは『救世の勇者』と言ったところね」
マリベルは不適に笑った。
「……あのね、勇者。あなた、本気でそれ変装してるつもりなの?」
「い、いや……これ以外考えが周らなくて……」
「せめて相談しなさいよ。あなた、それじゃあ不審者よ」
アレクシオスの恰好はまさに……
子供に『変装している人を書きなさい』と言えば十人中八人が描きそうな、姿をしていた。
付け髭にサングラス、そしてやたらと長いボサボサした鬘。
「悪いけど、不審者を雇うつもりはないのよ……これでも付けてなさい」
マリベルがアレクシオスに手渡したのは謎の鉄仮面であった。
アレクシオスは首を傾げる。
「それには変声の理術が込められてるわ。あなたは酷い火傷を負ってしまっているけど、授業には影響はない、そういう方針で行きましょう」
「……この方がよほど不審者じゃないですか?」
「……私の設定が気に入らない?」
「超気に入りました!!」
マリベルが右手に金属製の梨を作りだして見せると、アレクシオスは慌てて鉄仮面を付けて答えた。
そして……
「じゃあ、この鬘は勿体ないしニコラスにやろう」
「これはこれは勇者殿……そいつはどういう意味だ? 返答次第ではただじゃ置かないぞ?」
ニコラスはアレクシオスを睨みつける。
アレクシオスもニコラスを睨み返す。
が、喧嘩はしない。
マリベルがニコニコと微笑んでいるからである。
「まあ、取り敢えず準備は出来たし……早く入学式を始めるわよ」
一方、サリエルは……
「えっと、ここで良いのかな? 私の出席番号は……うん、ここだ」
サリエルは自分の出席番号が記された席に座る。
すると……となりの女性が話しかけてきた。
「ねぇ、あなた……聖女アニエルと勇者アレクシオスの娘の、サリエル?」
「うん、そうだけど……えっと、あなたは……」
「私はカリーヌ・ド・ディアノールです。これからよろしくね」
「ディアノール……ディアノール公爵の!! うん、よろしく!!」
サリエルはアニエルと握手した。
美しい金髪が肩口で切られている。
活発な少女、という印象だ。
「サリエルも巨人族の血を引いてるんだよね?」
「うん、まあ天翼族の血の方が色濃く出てるみたいだけどね」
サリエルは四分の一が巨人族で、カリーヌは半分が巨人族。
ということになる。
「力はどうなの?」
「うーん、私以外の巨人族の人と会ったことないけど……お父さんはお母さんと同じかそれ以上に怪力だって、言ってるよ」
「まあ……サリエルの場合は巨人族とか天翼族とか、それ以前の問題に聖女と勇者の子供っていうのが大きそうだね」
カリーヌは苦笑いを浮かべた。
聖女アニエルがとんでもなく強かったというのは非常に有名だ。
さて、互いに巨人族の血を引いているという共通点から会話が盛り上がったところで……
「あ、先生方が来たよ!!」
「本当だ……って、あれ? あの子、迷子の……」
マリベルを筆頭に、ニコラス、謎の鉄仮面、メルヴィンやマックスなどの先生たちが会場に入っていく。
まずマリベルがカツカツと音を立てて、壇上に上がり……
「ちょっと、拡声理術器に背が届かないから台を予め用意しておけと……」
「す、すみません……」
「ほら、鉄仮面! 早く取ってきなさい!!」
などと、生徒たちには聞こえないが……
若干トラブルが発生したようでマリベルがスピーチを始めるまでに少しだけ時間が掛かった。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は『火刑の魔女』マリベル、この学園の校長です」
マリベルが名乗ると、ざわざわと新入生たちが騒めく。
六百年生きていると言われている、この国の権力者が……どうみても自分たちよりも年下というのはやはり中々のインパクトがある。
無論、予め知っていた者たちは多いが……何しろ写真やテレビといった物は存在しないのだ。
聞いたことがあるのと、実際に見てみるのは大きく違う。
「ねえねえ、サリエル。知ってる? あの髑髏、本物の人の骨なんだって」
「本当に? 誰から聞いたの?」
「お父さんが昔聞いたら、教えてくれたらしいよ。……まあ、でも冗談をよく言う人だから、嘘かもしれないとも言ってたけどね」
「ごほん、静かに! 人が話している時は話さない!! 良いですか、この学園では校則は絶対です。ここが私の領地であることを忘れないでください。もし、校則を破るようなことがあれば……即刻退学して貰います」
マリベルがそう言うと……
すぐに生徒たちは口を噤んだ。
シーンと静まり返り、マリベルは満足そうに頷く。
「良い子で宜しい!! さて……皆さん今から両隣りを見てください。場所にも依りますが、あなたの隣に二人いますね? あなたを含めて三人。良いですか、あなたとあなたの両隣りの三人のうち一人は……」
マリベルはにっこりと笑っていった。
「留年します」
どういうことだ?
新入生たちの間に動揺が走る。
「簡単です。この学園では入学した新入生のうち、三分の一は必ず留年します。そして中には退学になるものもいる。あなたたちは故郷では一番の成績だったかもしれません。しかし……ここでは凡百の一人です」
マリベルはニヤリと笑みを浮かべた。
「良いですか、油断しないことです。苦労してここに入学したのだから、退学など味気ない結果にならないように。とはいえ、学業だけが大切というわけでもありません。友情を育み、裏切られ、恋をして、失恋して、寝取られて、逆に寝取ったり……という青春もとても大切です」
何か一部変なのが混ざっている気がするが……
新入生たちは突っ込まなかった。
なるほど、この学校はそういうところなのか。
と、適応を始めていた。
「私は碌な青春時代という者がありませんでしたからね。あなた方がとても羨ましい……あなたたちはとても幸運で、恵まれています。それを無駄にすることが無いように、頑張りなさい。以上、私からの祝辞は終わりです。……卒業できると良いね!」
という締めくくりでマリベルの祝辞は終わった。
次は先生たちによる祝辞と、感嘆な自己紹介である。
淡々と先生たちは機械的に、時には本当に嬉しそうに祝辞を述べ、自己紹介をして……
ついに謎の鉄仮面男の番になった。
「ごほん、あー……君たちはさぞやこの仮面が気になっているだろう」
そう言うと、新入生たちの間で笑いが広がった。
鉄仮面(中身アレクシオス)は内心でガッツポーズを取り……自己紹介を続ける。
「実は私は顔に酷い火傷を負っていてな。マリベル様より、生徒たちが怖がらないように仮面を被れと指示を受けている。……断じて、私の趣味ではないことを伝えたい。授業は主にマックス先生やメルヴィン先生の補佐や代行をすることになる。えー、私の名前は……うん、鉄仮面先生とでも呼んで欲しい」
こうして自己紹介も終わった。
「うーん……」
「どうしたの? サリエル」
「なーんか、あの人の口調どこかで聞いたことあるような気がするんだよねえ……」
サリエルは最後まで鉄仮面先生から視線を放さなかった。
一方アレクシオスは……
(や、やべぇ、めっちゃ見られてる!! き、気付かれてないよな?)
汗びっちょりだったりする。