第5話 勇者と娘、微妙にすれ違う
12時にあと一話投稿する予定です
「ということがありましてね……」
「それはまた災難だったわね」
アレクシオスは学園に到着して早々、マリベルに道中であった不幸を語った。
ちなみにここでいう不幸というのはテロ事件に巻き込まれたことではなく、サイン地獄になったことである。
「しかしサリエルにもサインを求めるのね」
「ええ、ビックリですよ。サリエルはまだ子供なのに……」
「いくら英雄の娘だからって、過剰反応し過ぎでしょう。……と思ってしまうのは、私たちがその英雄だからなのかしらね?」
マリベルは肩を竦めた。
「おい、アレクシオス」
「何だ? 禿……じゃなかった、ニコラス」
「ぶっ殺すぞ」
「ああ?」
「げほんげほん!!」
アレクシオスとニコラスが喧嘩を始めようとしたタイミングで……
わざとらしくマリベルは咳払いをした。
アレクシオスとニコラスは慌てて姿勢を正す。
「で、それで何だ?」
「サリエルはどうしている?」
「勉強中だよ。……気が散るからお父さんは外に居てだってさ」
「……」
「……」
悲しそうにアレクシオスが言うと、マリベルとニコラスは気の毒そうにアレクシオスを見た。
思春期の娘を持つ父親は辛い。
「で、実際受かりそうなの?」
「誰が勉強を教えたと思っていますか? マリベル様」
アレクシオスがニヤッと笑みを浮かべると……
マリベルは懐かしそうに微笑んだ。
「千点満点中、史上最高点である九百八十五点を取って主席合格し、その後主席の地位を守り続けたまま卒業した、我らが勇者様が教えたのであれば、問題は無いわね」
「まあ、答えが存在しない悪問や範囲外の出題ミスが無ければ満点を取れるでしょう。サリエルの実力はそれぐらいありますよ」
少なくともペーパーテストに於いては問題無い。
と語るアレクシオス。
となると問題は実技である。
「……一応聞くけど、サリエルは文官科じゃなくて武官科なのよね?」
「ええ、そうです。お父さんやお母さんみたいな立派な騎士になる!! って、意気込んでますよ」
オルデール学園は大きく二つの科が存在する。
武官科と文官科である。
前者では騎士など将来軍人などを目指すための教育が行われ、後者では官僚や研究者を目指すための教育が行われる。
前者では実技試験が存在し、後者では存在しない。
「まあ、実技と言っても……それを習うために来るわけだし、高度なことは求めないから余程の運動音痴や理力量が少ない子以外は落ちないけど……サリエルの場合は……」
「試験会場を壊されなければ良いですな。アニエルの時みたいに」
ニコラスとマリベルは溜息をついた。
「……一応聞くけど、あなたの入れ知恵じゃないわよね?」
「違いますよ。騎士になりたいというのか彼女の意思です。……夢を否定するわけにはいきませんし、逸材なのは間違いないでしょう?」
「まあねえ……力を使いこなせば……歴代最強の聖女になるでしょうね」
再びマリベルは溜息をついた。
アニエルが力を使いこなせるようになるまで、学園は散々破壊されたのだ。
いくら強化を施したとはいえ、心配なものは心配なのだろう。
「勇者!」
「何ですか?」
「サリエルちゃんには、力を抜いて、手加減しなさいと伝えなさい」
「は、はい……分かりました」
その日の夕方、アレクシオスは宿に帰って来た。
オルデール学園を中心に一つの都市、別名学園都市が形成されているため……
少なくとも衣食住は困らない。
アレクシオスたちは試験に遅れないように少し早めに到着したので……試験は四日後だ。
四日前に到着する、というのは気が早いように感じるかもしれないが……
魔獣が出現したり、橋が壊れたりと、何事も予定通りいかないのがこの世界の旅である。
一週間くらい余裕を持っておくのは常識だった。
「あ、お父さん! お帰りなさい」
「ああ、只今。言われた通り、弁当を買ってきたよ」
アレクシオスはサリエルに弁当を手渡す。
サリエルは両手でそれを受け取り……
「あの、お父さん。その……酷いこと言ってごめんね?」
「酷いこと?」
「ほら、気が散るからって……ちょっと、私変だったかも」
「気にするな。実際、俺がいたら気が散るのも事実だしな。早く弁当を食べて、風呂に入って寝よう。体調管理は大切だ」
アレクシオスはサリエルの頭を撫でた。
ちなみにアレクシオスがサリエルに追い出されたのは、やたらと「筆記用具は忘れてないよな? 受験票は忘れてないよな? 着替えはちゃんとあるな? 頭は痛くないか? 寒気はないか? お腹は痛くないか? ナマモノは食べるなよ。脂っこいのも控えろ。甘いモノを取るのは良いけど、食べ過ぎるなよ。野菜をできるだけ取るんだぞ。拾い食いはするな?風呂から出たらすぐに体を拭けよ。夜は腹出して寝るなよ」としつこく言い、いい加減ブチ切れたサリエルが「五月蠅い!! 気が散るから出ていって!!」と怒鳴ったのが真相である。
つまり九割くらいアレクシオスが悪い。
「ところでお父さん、どこに行ってたの?」
「マリベル様……学園長のところだ。いろいろ話すことがあってな」
「ふーん、そう言えば……学園長先生ってお父さんの昔の仲間なんだよね?」
「ああ、仲間であり……師匠だ」
魔王を倒した英雄たちは一般的に『聖女アニエルと七騎士』と呼ばれている。
『聖女』アニエル・ド・ヴァロワを筆頭とし、彼女からそれぞれ七元徳に由来する特殊な理力を下賜された者達を七騎士と呼び……
『勇者』アレクシオス・クロンドール(勇気)
『火刑の魔女』マリベル・カペー・ド・オルデール(希望)
『賢者』ニコラス・グラディア(知恵)
『猛毒の魔女』シオン・フェルディーナ(愛)
『神官』ミカエル・ペテローナ(信仰)
『戦士』フランソワ・ヴァロワ(節制)
『魔法剣士』ウィリアム・アンジュー(正義)
の七人がその七騎士である。
アレクシオスは魔王を初めとして多くの魔神族の敵将を打ち破り、そして七人の中で最強だったので七騎士のリーダーと世間では認識されている。
ちなみに勇者という二つ名はアニエルから下賜された『勇気』が由来だ。
「まあ、実際のところはマリベル様が一番年上で……次にシオンさん年が多かったから、実質二人がリーダーだったんだけどね。俺とアニエルと……ニコラスっていうハゲは最年少だったから、基本年上人たちの指示で動いていたな」
「そう言えば、お父さんにも若かった頃があったんだね」
「……人を何だと思ってるんだ」
あははは……
とサリエルは笑顔を見せた。
少し緊張がほぐれてきたみたいだと、アレクシオスは安心する。
どんなに実力があっても、本番で緊張して実力が出せない……という者は大勢いる。
「あのさ……確か、『神官』さんと『戦士』さんと『魔法剣士』さんは……亡くなっちゃったんだよね?」
「ああ、そうだ。名誉の戦死というやつさ。良い人達だったんだけどな。……まあ、それが戦争ってものだ。お前は騎士になるんだろう? 人はいつか死ぬ、ってことは覚えて置け」
聖女アニエルを含めれば、四人。
当時のアレクシオスの仲間のうち、半分は死んでしまったことになる。
アレクシオスは寂しそうで……しかし懐かしそうな表情を浮かべた。
サリエルはそんなアレクシオスにどんな言葉を掛けたらいいか、言葉を詰まらせた。
「あー、そうだ。サリエル……学園長が言ってたんだが……実技では力を抜いて欲しいそうだ」
「力を抜く?……うん、分かった!」(つまり肩の力を抜いて全力でやれってことだね!!)
絶妙に噛み合っていないが……
二人はそれに気が付くことはなかった。
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