表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

第33話 世界、今後の世界の導き手を失う

 「お花畑」

 「分からず屋」


 男性と女性は互いを罵り合った。

 こうなってくると、もはや論理性は失われて感情論になってしまう。


 「はぁはぁはぁ……アホ女め……」

 「はぁはぁはぁ……バカ男……」


 男性と女性は互いを睨み合った。

 そして……男性は笑みを浮かべた。


 「まあ……良い。どちらにせよ、あなたの身柄を押さえているのは私だからな。あなたが協力してくれないというのであれば……私も強硬手段に出るしかあるまい」

 「……強硬手段?」

 「あなたを殺す」


 男性はあっさりと言ってのけた。

 女性は強く男性を睨みつける。


 「おいおい、そんなに睨むなよ。……決戦は近いんだ。あなたを拘束するためにいつまでも私の魔力を……力を浪費させるわけにはいかない。私がいなくては勇者に勝てないからな」

 「そんなことをすれば……あなたの望む平和は遠のくのでは?」

 「仕方があるまい。あなたが協力してくれないのであれば、消すしかない」


 男性の言葉を……

 女性は否定できない。


 これが戦争なのだ。


 捕まっている女性は男性に生殺与奪の権利を握られている。


 「というか……あなたを殺すべきであるという家臣の声も大きくてな。彼らを抑えるのも、骨が折れる。さて……あなたに選択肢を三つ提示しよう」

 「……三つ、ですか?」

 「ああ。あなたはその三つのうち……一つだけしか選べない」


 男性は指を三本女性に突き出した。


 「一つ。私の家臣、または妻になって……私に協力する」

 「却下です」

 「だろうな」


 男性はやれやれと、悲しそうな表情を浮かべる。


 「二つ。私の家臣に首を斬られて死ぬ。あなたが死ねば女神族の士気は無論、戦力は大きく減る。我らの勝利は確定する」

 「……」


 女性は唇を噛みしめた。

 女性も分かっている。

 今、ここで自分が意地を張って死ぬのは正しい判断とは言えないと。


 故に……三つ目の選択肢を聞くまで結論を出さない。


 「では、三つ。私に抱かれろ」

 「……はぁ?」


 女性は眉を顰めた。

 抱かれろ……つまりセックスさせろ、ということだ。

 

 なるほど、戦場で女を捕まえた男がそれ以外無いというのは分からないでもない。

 だが、なぜそのような選択肢を提示するのか。


 「だったら、私を抱いて殺せばどうですか?」

 「まあまあ、そう怒るな。まだ続きがある」

 「抱かせろ、などと言われて不愉快に思わない女性がいるとでも?」

 「まさか、あなたが私を不愉快に思うのは織り込み済みだ」


 男性は冷徹な目で女性を見下ろした。


 「約束しよう。抱かせてくれれば……あなたをここから解放する」

 「……意味が分かりません。あなたに私を解放するメリットが?」

 「俺には無い。だが……世界にはあるかもしれない。まあ……別に良いんだぞ? 断っても。私も無理強いは好まない。このまま死にたいというのであれば、死なせてやろう。だが……あなたを失った女神族が劣勢に立たされ、あなたの大切な仲間が大勢死んでもいいというのであれば話は別だがね」


 女性は悔しそうに唇を噛みしめる。

 強く握りしめた掌には爪が食い込み、血が流れていた。


 「卑怯者め」

 「どうとでも言えばいい。手段を選ぶつもりはない。全ては……あなたも私も、その人生は駒でしかないのだから。さて、どうする?」

 「……本当に私を解放するつもりがあるんですか?」

 「無いなら言わない」

 「根拠は?」

 「信じろとしか言えないな」


 女性は男性を睨みつけながら……

 言った。


 「………………良いでしょう」

 「賢明なご判断だ」












 「まさか、本当に解放してくれるとは思いませんでしたよ」

 「約束は守ると言った。あなたの純潔を頂いたのだから、相応の対価だ」


 魔神界のとある場所。

 そこで女性と男性は向かい合っていた。


 あの後、女性を抱いた男性は家臣たちに見つからないようにここに連れてきたのだ。


 「家臣たちには内緒なのでな。くれぐれも内密に」

 「……言い触らすわけないでしょう」


 女性は男性を睨みつけた。

 女性の中で男性の印象は最低辺まで落ちている。


 男性は懐から鍵を取り出し……

 女性の首枷の鍵穴に差し込んだ。


 ガチャリと音を立てて、首枷が落ちる。

 続いて自分の腕に取りつけられていた枷も外した。


 二人の魔力と理力が元通りになる。


 そして……

 次の瞬間、女性が男性に飛びかかった。


 女性は何度も何度も、男性の顔を殴りつける。


 「痛い、痛い!! 何をする!!」

 「ええい、黙りなさい!! そうでもしないと気が済まない!! ここも潰してやる!!」

 「ぐはぁ……そ、そこは……いくら再生すると言っても、ダメ、ダメだから……じ、慈悲は無いのか!!!!」

 「お前が言うな!!!!」


 男性は女性にタコ殴りにされ、幾度も睾丸を潰されることになった。

 潰される度に男性は絶叫を上げる。

 もっとも……不死族だから全て再生するので、大事には至らないのだが。

 まあ、再生するからこそ、幾度も潰されるのだが。


 「わ、割に合わん……どう考えても私の方が被害が大きい……処女膜と睾丸、どちらの方が痛いと思っているんだ。まったく……ちゃんと解放したのに」

 「黙りなさい。あなたのは再生するから良いでしょう。それで少しはその腐った根性を治すんですね」


 ようやく解放された男性は股間を押さえながら立ち上がる。

 女性は散々暴れて気が済んだのか、すでに怒りは消えた様子だ。


 「……あなたのことは個人的に気に入らない」

 「私はあなたのことが気に入った。出来ればもう一度……いえ、すみません。何でもありません」


 女性に睨まれて、男性は反射的に謝った。

 また睾丸を潰されては堪らない。


 「ふん……ですが、魔王アレクサンダー。できれば……聖女として、魔王であるあなたと手を結び合える日が来ることを願っていますよ」

 「さてさて、来るかね? そんな未来は。では……再び戦場で」

 「ええ……あなたを必ず倒します。その時は……私に協力してください」

 「では、私があなたを倒した時は、あなたには私に協力してもらおう」




 斯くして、男性と女性は分かれた。

 

 女性の姿が男性の視界から消えた時……

 背後から男性―アレクサンダー―に声を掛ける者がいた。


 「魔王陛下」

 「カールか。尾行していたのか? 趣味が悪いぞ」

 「申し訳ありません。ですが、普通は魔王陛下が聖女を解放しようとしているならば……尾行程度はするのが当然かと」

 

 アレクサンダーに背後から声を掛けた男性。

 彼の名はカール・フォン・ベルマルク。


 七選侯の一人であり、『怠惰』の魔力を下賜された宮中伯である。


 アレクサンダーにとっては、魔王になる以前からの親友であり、家臣である。

 宰相のような仕事を兼任しているため、魔神界の事実上のナンバー2と言える。


 「何か、意図するものがあるのでしょう?」

 「まあ、な……あるにはあるさ。どう転んでも、私と聖女アニエルの娘は必要になるからな」


 アレクサンダーにとって、最も望ましいのは……

 自分と聖女アニエルが結婚し、その子供を自分の後継者とすることである。


 魔王と聖女を兼任する存在を、魔神界と女神界の統一国家の君主とする。

 そうすれば……魔神族も女神族も納得するのではないか。


 と、彼は考えている。


 だがそれは……アニエルがアレクサンダーの部下、または妻になることを良しとした場合、つまりアニエルが武力統一による平和を受け入れた時の話である。


 「どう転んでも、というのはどういうことでしょうか?」

 「そのままの意味だ。聖女アニエルが理想とする話し合いによる平和とやらを実現するためにも、聖女と魔王の娘は必要だろう」

 「……まさか、孕ませたのですか?」

 「当たり前だろ。そのために抱いたんだぞ。愛なんぞ、無くても子供はできる」


 アレクサンダーは不死族だが……

 同時に吸魂族、つまりインキュバスでもある。


 高位のインキュバスにとって、妊娠させるか、避妊させるか……

 そしてその子供の性別の操作などは、造作もないことだ。


 「お前たちが殺すべきというのも分かるがな、やはり聖女アニエルは今後のために必要な人材だ。彼女だけは絶対に、失うわけにはいかない。だから解放した。そして……次の決戦で叩き潰してやろう。彼女の理想を叩き折ってやる。あの女も馬鹿ではない。自分と仲間が敗北し、女神族による反撃が不可能と悟れば、話し合いによる解決が望めない状況になったと分かれば……私に協力するはずだ。その方が犠牲者も減るだろうからな」


 「……陛下が聖女アニエルを重視しているのは分かります。彼女を勧誘するために解放した、というのも分かります。……ですが今聖女アニエルを孕ませる理由が分かりません。陛下は……話し合いによる平和の実現にも必要だとおっしゃいましたが、陛下はそれも考慮に入れているのですか?」


 カール宮中伯の問いに……

 アレクサンダーは少し考えてから、答えた。

 

 「私は考慮に入れていない。だが、私が敗北すれば……聖女アニエルが勝てば必然的にそうなる。そうなった後のことを考えているのだよ。私だってな、自分の考えが……武力統一が絶対的に正しいとは思っていない。聖女アニエルの話し合いによる平和と同じくらい、穴があるだろうよ。どちらが正解かは分からない。だが……どちらに転んでも、魔王と聖女の娘は必要さ。強いて言えば、私からアニエルへのプレゼントだな。あの女なら上手く使うだろうよ。魔王と聖女の娘ほど、政治的に価値のある切り札は存在しない」


 アレクサンダーはそう言って……

 溜息をついた。


 「……『救世の勇者』の伝説は知っているか?」

 「古代の……伝説、予言ですか。女神族、魔神族の双方を救うという、人類の救世主のことですね?」


 『救世の勇者』

 それは古代の文献に記された、一種の予言である。

 とはいえ……このような予言は世界中のどこでもある。

 『救世の勇者』の伝説もまた、そのような与太話の一つとされている。


 「ああ、そうだ。そして予言が正しければ……その子はあと三年後に降臨するらしいな。……つまり私とアニエルの子供が生まれる時期だ」

 「……その子が『救世の勇者』であると?」

 「さぁ? 分からんさ。だがな……もしそうなら、私とアニエルなど……人類の歴史数万年の間に置かれた無数の布石、駒……『救世の勇者』誕生のために用意されただけの登場人物に過ぎないのだよ。私の幼少期からの魔神界統一の努力も、聖女の純潔も……全ては歴史という大河の中では、『救世の勇者』の前では小石に過ぎない」


 アレクサンダーはニヤリと笑みを浮かべた。


 「つまり……私の役割は終わった。そして……アニエルもまた、三年後のその生涯の役目を果たすだろう。我々は用済みになるということだ」

 「……陛下は死ぬおつもりですか?」

 「まさか!! 私は『救世の勇者』が、私の娘が世界を平和にし、救ってくれるのを夢見ているが……できればそれを現実の物としてみたい。だから生き残るさ。世界の青写真を描くのは私だ。アニエルではない。だから……次の戦争、必ず勝つぞ」


 アレクサンダーの言葉に……

 カールは笑った。


 「分かりました。陛下……最後までお供いたしましょう。私も陛下のバカげた夢を最後まで……見続けたい」

 「バカげたとは失礼な……ふふ、本当に実現してやるから、楽しみにしていろ」

 「期待しております」


 その後、数か月後の決戦に於いて……


 アレクサンダーとカールは死ぬ。

 そしてさらに……アニエルもまた、子供を産んで死ぬことになる。






 世界の青写真を描くことができる二人は死んでしまった。

 この後……世界がどうなるか、それを知る者は誰もいない。




次回で最終話となります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私がなろうで連載している他作品です
もしお時間があったらどうぞ
『異世界建国記』
『三大陸英雄記~現代知識による帝国再建記~』
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ