第31話 娘、勇者を助ける
「ここ……どこだろう?」
気が付くと、サリエルは暗闇の中にいた。
周囲を見回すが……
誰もいない。
「いや、いるよ。サリエル」
声が聞こえた。
声のする方を見ると……そこには金髪碧眼の男性がいた。
かなりの美男子だ。
「えっと、あなたは?」
「私か? 名乗るほどの者じゃないさ。君にとっては他人だ。まあ、私にとっては君は他人じゃないけどな」
男性は自嘲的な笑みを浮かべた。
サリエルは首を傾げる。
「しかしまあ……随分とお母さんに似たな。まあ、父親にも似ている部分があるけど。特に瞳の色は父親似だな。良かった、良かった」
「母を知っているんですか?」
「うーん、どうかね? 知っているというべきか……話したことはあるし、顔を合わせたことも何度もあるけど。多分彼女は私を嫌っているよ。まあ、私は嫌いじゃないけどな」
男性は愉快そうに笑った。
「あの、それでここはどこなんですか?」
「どこ、ね……君の心の中さ。ついでに言うと私も生きているわけではない。残留思念という奴さ。まあ、お前に会うつもりなんてこれっぽっちも無かったんだが、指輪の奴が変な気を利かせてな」
そう言って男性はサリエルの目線の高さにまで顔を合わせる。
サリエルと男性の距離が近寄った。
男性はゆっくりと手を伸ばし……
サリエルの胸を鷲掴みにした。
「おお、柔らかい!」
「変態!!!!!!!」
次の瞬間、サリエルの右ストレートが男性の顔に入った。
男性の首が曲がってはいけない方向に曲がる。
「あ……」
「いや、大丈夫だ」
男性はあっさりと首を戻した。
そして笑いながらサリエルに謝る。
「悪い、悪い……お前の母親は大きくなかったから。本物かどうか、ちょっと気になってな」
「さ、最低です……」
「知ってる、知ってる……さて真面目な質問をしようか。お前、アレクシオスを助けたいか?」
男性が尋ねる。
サリエルは首を傾げた。
「どういう意味ですか? というか、お父さんとも顔見知りなんですか?」
「まあな、私はあいつのことは嫌いでもないよ。あいつは私の事、大嫌いだろうけどな。でだ、今アレクシオスの奴は大ピンチだ。このままだとアレクシオスは死ぬ。そしてお前もすぐに死ぬ」
「ど、どういうことですか?」
「お前は気付いてないだろうけど、今お前心臓潰されてるんだよ」
「し、心臓!?」
サリエルは自分の胸を確認する。
しかし心臓は動いているような……
「ここはお前の精神空間だぞ。肉体の影響はさほど受けない。それに……ここでの数時間は現実での一秒にも満たない。焦る必要は無いぜ」
「そ、そうなの? ……そ、それでどうすれば良いの?」
サリエルが聞くと……
男性はニヤリと笑みを浮かべた。
サリエルの頭から胸、腰、下腹部、太腿をネットリとした目線で見る。
サリエルは何となく、嫌らしい目線を感じ取り……体を両手で隠した。
「体で支払ってもらう」
「か、体!?」
体……
さすがのサリエルは最近はそこそこ性事情が分かってきている。
こういう時の体で支払うは……
つまりそういう意味だということも。
「っく、お父さんを人質に取るなんて……最低です……」
「ははは、で、どうする?」
「……分かりました、良いでしょう。でも、心までは許しませんからね!!」
サリエルが唇を噛みしめて言うと……
男性はニヤリと笑みを浮かべた。
そして……
しゃがんで言った。
「ほれ」
「……何ですか?」
「肩車だ。体で支払ってもらうって言っただろ? 肩車させてくれたら、助ける方法を教えてやるよ」
「んっー~!!!」
サリエルは顔を真っ赤にして、男性をバコバコ殴る。
その度に男性の体が軋み、凹むが……すぐに再生する。
「一応言っておくけどな、不死族って言っても骨が折れれば痛いんだぞ? で、どうするよ」
「分かりましたよ……乗れば良いんでしょ?」
サリエルは男性の肩に乗った。
男性はあっさりとサリエルを持ち上げる。
「しかし胸もデカければ、ケツもデカいな!」
「う、五月蠅いですね!! 好きで大きいんじゃないんですよ!」
「まあまあ、怒るなって。ところで、どうだ? アレクシオスとどっちが乗り心地が良い?」
「お父さんに決まってるでしょ! あなたみたいな変態!!」
サリエルがそう言うと……
男性は愉快そうに大笑いした。
「そりゃあ、そうだな!! ははははは!! 私はお前にとっては他人だ。ひひひ……ウケる、ウケる……はははは」
「何がおかしいんですか?」
男性は笑い終えると、サリエルを下ろした。
そして……指に嵌めていた指輪を外す。
「じゃあ、助ける方法を教えてやる。この指輪を嵌めな。そうすれば、全てが終わり……そして始まる」
「じゃあ、早く下さいよ」
「まあまあ、落ち着けって。一応聞いておこうと思ってな。……このまま死んじまえば、お前は十五年楽しい人生を生きてきたって事実だけが残る。悲しいことも、辛いことも、身を焦がすほどの怒りも、憎悪も……経験すること無くな。だがこの指輪を嵌めれば……お前の人生はこれから大変なモノになるだろう。もしかしたら……魔女になってしまうかもしれない。それでも良いか?」
男性がそう尋ねると……
サリエルは大きく頷いた。
「それを嵌めないと、お父さんが死ぬんでしょ?」
「そうだな。アレクシオスが死ぬ。まあ、あいつが死んでも私はどうでも良いけど」
「私、お父さんに何一つ親孝行してないから……偶に酷いこと言ったりしちゃってるから……だから、助けたい。お父さんとまだ生きていたい!」
サリエルがそう答えると……
男性は満足気に頷いた。
「分かった。じゃあ、手を出しな」
男性はサリエルの細い左手の人差し指に黄金の指輪を嵌めた。
「……何も起こらないですけど」
「精神世界だからな」
男性はそう言ってから……
「ひゃ! 何をするんですか!!」
「スキンシップだよ」
サリエルの頬にチークキスをした。
サリエルは顔を赤らめながら、頬を拭う。
「……本当に変態ですね」
「別に良いだろう。チークキスくらい、アレクシオスとだってやってるだろ。安心しな、お前に対して欲情はしていない。それほど変態じゃあないさ」
「それはそれで腹が立ちますけど」
サリエルは眉を顰めた。
男性は肩を竦める。
「じゃあ、最後に……二つだけ伝言があるんだが伝えてくれないか?」
「何でしょう?」
「一つ、アレクシオスに対して。金髪碧眼の不死族と吸魂族のハーフの男が礼を言っていると伝えておいてくれ。まあ、あいつは怒ると思うが……感謝しているのは本当だ」
「はあ……もう一つは?」
「フリードリヒ大公に対して。うじうじ、過去の事で悩んで恨んで怒って、ガキに八つ当たりしてるんじゃねえよ。復讐したって、生き返らねえって、バーカ!! 復讐という非効率な行為は私が一番嫌っていることだってのは、分かってるだろ? 冷静になれ。合理的に考えろ、アホが。そんなことしてる暇あるなら、とっとと前向いて未来に向かって歩きな。クソ親父。以上だ」
「……まあ、一応伝えておきます」
フリードリヒ大公って会ったことないけどなぁ……
伝えられるだろうか?
サリエルは首を傾げる。
まあ、現在進行形でサリエルのハートをキャッチしているのがフリードリヒ大公なのだが。
「じゃあ、そろそろ時間だ。行ってきな! 真っ直ぐ進めば外の世界だ」
「ひゃ!! こ、この変態!!!」
男性はサリエルの肩を掴み、後ろを向かせて、ポンとお尻を叩いた。
サリエルは回し蹴りを男性の頭に食らわせる。
男性は吹っ飛んだ。
「では、さようなら、変態さん。また会えると良いですね!」
「はは、じゃあな……」
男性は曲がった首を直しながら手を振った。
サリエルの姿が消えるまで……
「ねぇ、良かったのかい? アレク?」
「何だ、指輪か」
いつの間にか、男性の横に金髪の少年がいた。
年は十歳ほどに見える。
「名乗らなくてさ」
「それはアレクシオスに悪いだろ。さすがの私もそれくらいの分別はあるさ。そもそも私は出てくるつもりなんて無かったんだが」
「その割には楽しそうに肩車させてたじゃないか」
「気分くらいは味わっても良いだろ」
そして男性は目を細めた。
「じゃあな、もう会うことは無いけど。世界をよろしく頼んだぞ。サリエル……
……我が娘よ」
そして……全ては一瞬のうちに起こった。
サリエルの血が飛び散り……
その僅かな、目にも見えないほどの小さなしぶきが、ルイス侯爵が手に持っていた『魔神の指輪』に付着したのである。
そして『魔神の指輪』が仄かに光……
次の瞬間、サリエルの左手の人差し指に移動した。
するとサリエルの魔力が急速に膨れ上がり、胸からかけていた首飾り―魔力を封じるための封印石―にヒビが入り、壊れ、弾け飛んだ。
急速に高まったその魔力は大爆発を引き起こし、フリードリヒ大公、カミラ公爵、ルイス侯爵を吹き飛ばした。
そしてサリエルの心臓……破壊されていない五つの心臓が急速に動き始め、破壊された六つ目の心臓を修復させた。
サリエルの傷は綺麗さっぱり無くなった。
―ああ、何と素晴らしいんだ!! この莫大な魔力! 先代は歴代最高の魔力を持っていたが……君はそれ以上だ!!―
少年の声が響き渡る。
その声は……サリエルの人差し指の『魔神の指輪』から放たれていた。
―やはり、紛い物……ただの繋ぎでしかない、偽りの魔王とは違う。仮の主人とは違う!! 間違いない、君こそが本物の魔王だ! そして本物の聖女であり、我らの救世主だ! 作られて二万年、僕は君に使われるために生まれてきたのだと確信している!!―
それは歓喜の声だ。
本物の主人を手に入れた、神具が歓喜の声を上げている。
―『女神の首飾り』『救世の神剣』に先んじて、『救世の勇者』である君の第一の神具となったことを僕は誇りに思う!! さて……一先ず、目の前の障害を排除してから話し合おう。取り敢えず……僕の言う通りに体と魔力を動かすんだ―
「サ、サリエル……い、生きてた……よかった、よかった!!」
「し、しかし……クソ、七選侯にこれが露見してしまうとは……」
アレクシオスは歓喜の声を上げ、ニコラスは厄介なことになったと顔を歪める。
サリエルはそんな二人には目もくれず……
フリードリヒ大公に向かい合った。
「あなたが……お父さんを虐めたんですか?」
「こ、小娘……な、何だ?どういうことだ!? 貴様は……聖女と勇者の娘では……女神族では……」
サリエルは左手をゆっくりと上げた。
『魔神の指輪』が怪しく光る。
「許せない……お父さんは……私が守る!!!」
濃密な魔力がサリエルの左手に集まる。
サリエルの左頬に魔紋が出現する。
フリードリヒ大公は……
ただただ、唖然とした表情でその左手を見つめる。
その魔力の質、量は……
彼の愛しの息子とそっくり、瓜二つであった。
フリードリヒ大公は愛する息子の姿を幻視した。
「あ、ああ……この魔力は……アレクサンダーの……アレク、アレクサンダー……愛しの息子よ……」
フリードリヒ大公の目に涙が浮かぶ。
すでに彼の目にはサリエルは移っていない。
彼の目に移っているのは……金髪碧眼の男性。
彼の主君である魔王であり……そして彼の最愛の妻が残してくれた、愛しの息子。
「会いたかった、ずっと、会いたかった……アレクサンダー……」
「バカ者!! 大公!! 何をしている!! 早く宝具を展開するんだ。このままでは貴公は!!!」
ルイス侯爵は叫んだが……
無駄だった。
サリエルが左手を振り下ろしたからだ。
サリエルの左手から解き放たれた莫大で濃密な魔力はフリードリヒ大公に直撃し……
彼の下半身と上半身の半分を消し飛ばした。
「アレク、サン、ダー……」
フリードリヒ大公は満足そうな表情を浮かべて、意識を失った。
次にサリエルは自分の育ての親を虐めた者達を倒すべく、動き始める。
しかしそれよりも早く……カミラ公爵が動いた。
「何が起こっているのか分かりませんが……一先ずは気絶して頂きますわ」
カミラ公爵はサリエルの首に手を伸ばす。
サリエルの血液を吸い、魔力を奪うことで無力化しようとしているのだ。
だが……
「魔力『色欲』に命じる。その者の動きを止めよ」
サリエルの口が無意識に動く。
カミラ公爵がアレクサンダーより下賜された『色欲』の魔力の現在の所有者は……サリエル。
そのため……『色欲』の魔力を宿す限り、カミラ公爵はサリエルに逆らうことはできない。
「な、何!? 何で、か、体が? こ、この魔力は魔王陛下から下賜されたもので、小娘には……ま、まさか……」
カミラ公爵が言うよりも早く、サリエルの手がカミラ公爵の喉を掴んだ。
サリエルの細い指先から血管が這い出て、カミラ公爵の喉に突き刺さる。
「こ、この私が……血を吸われる? そ、そんな、ことができるわけ……」
しかし『色欲』の魔力で体の抵抗を抑えられているカミラ公爵は一切の抵抗すらできず……
ただただ血を吸われる。
そしてカミラ公爵の顔が青くなり、死にそうになった段階でサリエルは手を放した。
大量失血と魔力の欠乏でカミラ公爵は崩れるように倒れ、気絶した。
「ああ、美味しい……」
サリエルは無意識に呟く。
そして舌なめずりをする。
その姿は十五歳の少女とは思えないほど妖艶で、蠱惑的であった。
「ふ、不死族の再生能力と……吸魂族の精力吸収、だと? そしてこの莫大で、濃密な魔力……魔王陛下の三倍以上はあるぞ……」
ルイス侯爵は顔を真っ青にして、後退った。
その視線の先には……堕天使がいた。
美しい銀色の髪の、碧眼の瞳、煌めく頭上の光輪。
両翼の翼のうち、右側は白銀に輝き……左側は黒く染まっている。
左手には黒い魔力が迸り、活性化した魔力により、左頬には魔神族の紋章……魔紋が。
それに対抗するように活性化した理力により、右頬には女神族の紋章……聖紋がそれぞれ浮かび上がっている。
堕天使は静かに……ルイス侯爵を見つめていた。
現在の時刻は午前九時、五十九分。
ほんの九分前まで、この場には三人の女神族と三人の魔神族、そして女神族と魔神族のハーフが一人生きていた。
しかしそれから五分後の九時五十五分の段階で……
生きて立っている女神族は一人、魔神族は三人。
倒れているが……生きている女神族が一人。
そして魔神族に抱えられているハーフが一人。
そしてこれから数分のうちに、さらに二人が倒れ……
今に至る。
ルイス侯爵は目の前で起こった、信じられない出来事に……
驚きを隠せない。
「ああ、まさか……そんなまさか!! こんなことが、こんなことがあり得るだなんて!!
何という事だ!! 何という喜劇! 何という悲劇!!
ああ、まさか……
まさか!!!」
「聖女アニエルが魔王陛下の子を身籠っていたなんて!!!」
そして女神族と魔神族のハーフがさらに、もう一人。
と、まあ割とあからさまでしたね
これをやりたかった
もう作者的にはかなり満足です
ちなみに伏線ですが……
まずあらすじですね。あらすじには「アレクシオスの妻である、聖女アニエルが残した可愛らしい女の子だ」、つまりアレクシオスの娘とは一言も書いておりません。
あと目の色とか?
まあ他にも第十二話で答え言っちゃってたり、第十六話でシオンさんが心臓をチェックする時に触れた体の位置が六つだったり、シオン・ニコラス・マリベルの三人だけがサリエルを「父親に似ている」と言い、それ以外の人間は「勇者には似ていない」と言ったりと……
まあ、いろいろありますね
そこら中にヒントがあるので、留意して読めばかなりあからさまだったと思います




