第3話 勇者、周囲の視線に怯える
6時 9時、12時にあと三話投稿する予定です
「筆記用具はあるか?」
「あるよ」
「受験票は持ったか?」
「持ったよ」
「お腹痛くない?」
「痛くない」
「頭は!」
「大丈夫だよ」
「熱はないよな?」
「大丈夫って言ってるじゃん!!」
などというやり取りの後、二人は『勇者アレクシオス村』を発った。
五日ほど、馬車に揺られ……ようやくオルデール大公領に到着した。
「ねえ、お父さん。ここからどれくらい時間で到着するんだっけ?」
「あと三日だな」
「……オルデール大公領って、広いね」
「まあ、この国の二割に匹敵するからな」
カペー・オルデール大公。
その力はあらゆる貴族を軽く凌駕する。
そもそも国王直轄領ですらも、国土の三割……
ということを考えれば彼女の経済力が如何に強大か、分かるだろう。
もし仮に彼女が貴族たちを率いて反旗を翻せば、王家はそれを抑えられない。
もっとも、彼女にはそんな気はなく……逆に王権の庇護者ですらあるのだが。
オルデール大公である彼女が今の王家を支持している限り、この国は安泰と言える。
「あーあ……落ちたら嫌だなあ……」
「お前なら、実力の七割でも出せれば受かるだろ。大丈夫だよ」
合格者平均には余裕で届いている。
名前でも書き忘れない限りは合格するだろう。
試験そのものについては、アレクシオスは何の心配もしていなかった。
何しろ、サリエルに勉強を教えたのはアレクシオスだ。
娘の学力に関しては、アレクシオスが一番よく知っている。
「まあ、そうだけど……試験って、何が起こるか分からないじゃん」
「水物だからな、試験は」
普段は点数が取れてる人間でも、落ちる時は落ちる。
取れてない人間でも、受かる時は受かる。
そういうものだ。
もっとも、一定レベルの成績になればそんなものは関係なくなる。
というのがアレクシオスの持論だが。
「それにしてもさ……みんな大袈裟じゃない? あんな盛大にお見送り会なんて開いちゃって……私、恥ずかしくて顔から火が出るかと……」
「俺の時もそうだったよ。いや、俺の時の方が酷かった」
勇者アレクシオス村―無論、アレクシオスが子供のころはそんな名前ではなかったが―出身者で初めてオルデール公立学園を受験したのはアレクシオスであり、二人目はサリエルだった。
もはや受験するだけで英雄扱いだ。
「受かった後はもっと凄いぞ」
「あははは……想像できる」
田舎は話題が少ない。
そんな中であのオルデール公立学園に合格した! という話題はさぞや刺激的だろう。
オルデール公立学園には貴族、平民含めて毎年一万人が受験し……合格者は毎年千人を切るのだから。
世界一秀才が集まる学園。
と、言われるだけのことはある。
そんな話をしていると、宿場町に到着した。
サリエルと同様に試験を受けに来たのだろう。
かなりの人で込み合っていた。
「お父さん、予約は取ってあるよね?」
「それは問題ない。お前の要望通り、ちゃんと清潔なベッドがある宿を予約した。……俺は馬車を置きに行くから、お前は先にチェックインしておいてくれ。こいつが地図だ」
「はーい!」
サリエルはアレクシオスよりも一足先に宿に向かう。
地図の通りに向かうと……そこにはなかなかおしゃれな宿があった。
「さすがお父さん!!」
サリエルは上機嫌で宿に向かう。
「いらっしゃいませ、お客様。ご予約は?」
「はい、してあります! サリエルとアレクシオスです!!」
サリエルがそう名乗ると、宿屋の店主はサリエルに鍵を手渡した。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
サリエルは鍵を受け取る。
それと同時に、ドアが開いた。
お父さんかな?
と思い、ドアの方へサリエルは振り向いたが……違った。
エルフの少女であった。
髪は水色で、身長は低い。
とても可愛らしい少女だ。
「こんにちは! えっと……オルデール学園の受験生ですか?」
サリエルがそう尋ねると……
エルフの少女は無表情で答える。
「……はい、そうです」
人見知りするタイプなのか、少女は短くそう答えると……
そのままチェックインをすませ、部屋に向かってしまう。
そんな少女に向かって、サリエルは大きな声で言った。
「受験会場で会いましょう! 一緒に入学できると良いですね!」
「……そうだね。頑張ろう」
その後、合流したアレクシオスと共にサリエルは荷物を全て部屋に移動させた。
長旅なので、そこそこの荷物なのだ。
一仕事終えてから、アレクシオスはサリエルに提案する。
「なあ、サリエル。少し散歩でもしないか?」
「散歩? うーん、私勉強したんだけどな……」
「まあ、無理にとは言わないが……あまり根を詰め過ぎない方が良いだろう。俺の受験経験上……試験直前は気晴らしでもして緊張を解した方が良い。結構、無自覚で疲れてたりするのさ」
そういうアレクシオスの言葉も一理あると思ったサリエルは、散歩に行くことを承諾する。
二人は仲良く並んで歩く。
「お店がたくさんあるね!! あ、見て見て! あのお店、受験生は一割引きだって!!」
サリエルが指さしたのは……
ケーキや紅茶などを楽しめるお店であり……そしてあまり男が入り辛そうな店であった。
アレクシオスはサリエルを見る。
サリエルはキラキラと目を輝かせて、アレクシオスを見つめ返した。
アレクシオスは溜息をついた。
「分かった。行こうか」
「わーい!」
「スペシャルウルトライチゴケーキです」
「わぁ!!!」
(なんとも安直な名前だな……)
サリエルの前にかなり巨大なイチゴのホールケーキが置かれた。
アレクシオスは顔を顰める。
見ただけで胃もたれしそうなケーキだ。
元々甘いモノが好きではないアレクシオスだが、年を取ってからはますますそういうモノを受け付けなくなって来た。
胃や腸が老化し始めているので、食べたくても内蔵が拒否するのだ。
「珈琲です」
「ああ、ありがとう」
そしてサリエルとアレクシオスの前に珈琲が置かれる。
アレクシオスはそのまま珈琲を飲み、サリエルはこれでもかと砂糖とミルクを投入して飲む。
(わざわざ甘くするなら、最初からジュース頼めばいいじゃないか……若い子は理解できない)
(よくあんな苦いのそのまま飲めるなぁ……おじさんは理解できないや)
二人は互いの珈琲の飲み方の違いに、一言言いたくなったが……
珈琲と共に言葉を飲み込んだ。
余計なことは言わないのが、健全な家族関係を維持するのに大切なことだ。
サリエルは甘い珈琲を飲みながら、とんでもなく甘そうなケーキを見る見るうちに胃に収めていく。
(母親に似てよく食うな……食うくせに太らないし。……まあ、アニエルはどこに栄養行ってるのか分からなかったけど、サリエルに関しては……)
アレクシオスはサリエルの胸部に視線を移した。
年の割にはなかなか育っている。
こちらの方に都合よく栄養が回っているのは明らかだ。
「お父さん」
「な、何でしょうか!」
アレクシオスは突然声を掛けられ、体をビクリと震わせた。
まさか胸を見ていたのに気付かれたか?
アレクシオスの額に冷や汗が浮かぶ。
「ケーキ、食べる? あーん、してあげようか?」
「……いや、見ているだけで口の中が甘くなって来たし、いいよ」
アレクシオスは丁重に断った。
この店は間違いなくカップル御用達の店であり、もしアレクシオスとサリエルがそのような行為をすれば……そのような関係だと勘違いされる。
そしてアレクシオスは四十代のおじさんであり、サリエルは十代の美少女だ。
お父さん、と言われているのも相まってパパ活しておるようにしか見えない。
アレクシオスは社会的に死ぬことだけは避けたかった。
そんな時である。
「失礼する!!」
そう言って、三人ほどの男たちが入店した。
制服を見る限り……それは警吏であった。
(やっべぇ……って、俺は何で焦ってるんだ!! 俺たちは健全な親子じゃないか!!)
アレクシオスは逃げ出そうと自然に浮き上がった腰をどうにかして押さえつけた。
「えー、二人とも。ちょっと良いかね」
「いえ、私たちは親子で決して不適切な関係では……」
「はぁ?」
警吏が首を傾げる。
どうやら、そっち関係ではないようだ。
アレクシオスは胸を撫で下ろした。
「えっと、どうされたんですか?」
(もう食い終わったのか……)
いつの間にかケーキを完食したサリエルが警吏に尋ねた。
警吏は一枚の似顔絵を二人に見せた。
「この男を見たことないかね?」
「いや、ありませんね」
「無いな……この男は一体?」
アレクシオスは問う。
まあ、おそらく犯罪者だが……
「この男は……」
警吏が説明しようとした、その時だった。
「キャー!!!」
女性の悲鳴が響き渡った。
続いて、何らかの破壊音と無数の人々の悲鳴。
警吏たちはあっという間に駆けだしてしまう。
アレクシオスはサリエルと顔を見合わせた。
「俺たちも行くぞ!」
「うん!」
二人は急いで駆け出した。
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