第27話 侯爵、驚愕する
現在時刻、九時五分。
シャルロッテは一歩一歩前に進み出て、カリーヌのところにまで歩み寄っていく。
冷徹な目でシャルロットはカリーヌを見下ろした。
「……裏切ったの?」
「……私は最初から魔神族です」
「そういうことじゃない!!」
カリーヌは涙を流しながら……
シャルロッテを糾弾した。
「わ、私たちの友情は? ぜ、全部……嘘偽りだったって言うの?」
「……」
シャルロッテは一瞬だけ、苦しそうな表情を浮かべたが……
静かに宝具を構えた。
「ごめんなさい」
そして稲光が走り……
カリーヌは倒れた。
「殺したのかい?」
「いえ……気絶させました」
シャルロッテの返答にルイス侯爵は満足気に頷く。
「それで良い。我らは騎士なのですから。何の脅威にもならない、非戦闘員の女子供を殺す必要性はないでしょう」
そして……
ルイス侯爵は後ろを振り返り、フリードリヒ大公とカミラ公爵に言う。
「私はシャルロッテと共に例のブツの回収に向かいます。あなた方は勇者アレクシオス、、賢者ニコラスの二人を足止めしておいてください。結界が破壊されたこと、そして我々が侵入したことは……勘の鋭い二人ならば気付いているでしょうしね」
「了解した。ふふ……勇者アレクシオス、ようやく貴様と再戦できる。我が息子の仇、取らせてもらうぞ」
大公は残忍な笑みを浮かべ……
カミラ公爵は肩を竦めた。
「ワタクシは適当にやらせてもらいますよ。今回は二人を討ち取りに来たわけでもなければ、復讐に来たわけでもないのでね」
「公爵! 適当とはどういうことだ!! 魔王陛下の仇を……」
「魔王陛下は果たして仇や復讐など、望んでおられるのですかね? あのお方ならば、笑って許しそうな気がいたしますが? まあ敵であるからには倒すにこしたことはないでしょうけれど」
「何を言う!! 貴様、それでも七選侯か!!」
フリードリヒ大公とカミラ侯爵は揉め始める。
あまり仲は良くないようであった。
ルイス侯爵は頭を抱える。
「……ともかく、足止めをお願い致しますよ。第一目標を忘れずに。それと……無用な人死は出さぬように。我らは野蛮な女神族とは違う。魔法陛下の御意志に背くことが無いようにして頂きたい」
「ふん……貴様に言われなくとも、分かっておるわ」
「まあ、ちょっとつまみ食いはしますけどね」
一応爵位の上では下だが……
ルイス侯爵がまとめ役のようであった。
「では、シャルロッテ君。案内を宜しく頼むよ」
「……その前に皆さまにお渡ししたいモノがあります」
そう言ってシャルロッテは三枚の紙を取り出した。
それは……学園全体の地図であった。
「校内で販売されているモノに、記載されていないところを私が書き加えたモノです。どうぞ、お使いください」
「ほう、気が利くな」
「あら、ありがとう」
「これはこれは、感謝するよ。シャルロッテ君」
三人はシャルロッテから地図を受け取った。
そして……
「では、皆様。一時間後の十時に合流しましょう。その時点で転移術を使い、この場から離脱します。くれぐれも時刻を違わぬように」
斯くして七選侯たちは動き出した。
時刻は九時十分。
アレクシオスたちは……
「ニコラス! こ、これはまさか……」
「……結界が何者かに破壊された。そして……この禍々しい魔力、間違いない。七選侯だ!!」
アレクシオスとニコラスは悔しそうに顔を歪める。
マリベルとシオンがいないタイミングで……いや、だからこそこのタイミングなのだろう。
もしかしたら……そもそもアルザース=ロレヌへの侵攻も陽動かもしれない。
騒音と……
漂い始めた濃密な魔力により生徒たちは浮足立っている。
「先生方は生徒たちを外に避難させてください」
「我々は……一先ず結界の制御室に向かいます」
アレクシオスとニコラスの言葉に先生たちは頷き、生徒たちを避難させるべく動き始める。
また学園を守るために配置されている騎士たちも生徒たちの護衛として、緊急招集する。
攻めてきたのが七選侯であるとするならば……
並の騎士では足手纏いにしかならない。
ならば生徒たちの護衛として、一緒に避難させた方が良い。
「待たれよ、アレクシオス先生、ニコラス先生」
「……マックス先生?」
「ワシも連れて行ってくだされ。まだまだ若い者には負けませんぞ。ワシもかつては魔神族に恐れられた騎士。多少の役には立つじゃろう」
「で、ですが……」
アレクシオスはマックスの申し出を断ろうとする。
マックスの実力ならば老いた現在でも、足手纏いになることはないだろうし……少なくとも一人で逃げるだけの実力はある。
だが……果たして彼の体が持つだろうか。
「ワシは騎士じゃ。老いてもな。若者が戦おうとしているのに、逃げるわけにはいかぬ」
「……分かりました、よろしくお願いします」
「危なくなったら逃げてくださいよ」
「分かっておるわ」
アレクシオスとニコラスはマックスの申し出を受ける。
今は猫の手ならぬ、爺の手も借りたい。
「では、行きましょう!」
「「おう!!」」
斯くして三人は七選侯を迎え撃ちに行く。
時刻は九時三十分。
ジャンはその頃……
「みんな、落ち着いて……走らず、列を乱さず外へ!!」
ジャンが生徒会長として生徒たちの避難を指導していると……
「せ、生徒会長!!」
「どうした!!」
一人の生徒がジャンに鬼気迫る勢いで訴えた。
「シャルロットちゃんと、カリーヌちゃんと……サリエルちゃんがいません!」
「な、何だって!?」
ジャンは唇を噛みしめる。
そして……
「この場は頼んだ! 僕は三人を探しに行く!」
「せ、生徒会長!!」
ジャンは副生徒会長に言い残し……
走り出した。
「今度は……今度こそは僕が守る!!」
時刻は九時二十分。
「っぐ、死ね!!!」
騎士の一人がフリードリヒ大公に向かって槍を振るった。
槍は真っ直ぐ、フリードリヒ大公の心臓を貫いた。
「やった!!」
騎士は喜びの声を上げる。
しかしフリードリヒ大公はニヤリと笑みを浮かべ……あっさりと槍を引き抜いた。
フリードリヒ大公の魔力が高まり、残り五つの心臓が破壊された心臓を修復すべく魔力を送りこむ。
あっという間に心臓は修復され、そして傷も綺麗さっぱり無くなった。
「何がやった、なのかな?」
「ば、化け物!!」
騎士は尻尾を撒いて逃げ出した。
自分が勝てる相手ではない。
「あらあら、お待ちなさい」
騎士の前にカミラ公爵が立ちはだかった。
騎士はカミラ公爵に首を掴まれ、床に叩き伏せられる。
「ひ、ひぃ……助けてくれ!!」
「うふふふふ、ご安心を。命は取りませんよ。ただ……味見させて頂くわね?」
カミラ公爵の指先から血管が飛び出し、騎士の首に突き刺さった。
ドクドクと音を立てて……血を吸い上げていく。
徐々に騎士の顔が青くなっていく。
「おっと危ない危ない。死んじゃうところでしたね」
カミラ公爵はギリギリのところで手を放した。
騎士は大量失血で気絶している。
カミラ公爵は妖艶な笑みを浮かべ、舌なめずりする。
「ああ、女神族の理力はなかなか美味ですわね」
吸魂族。
別名、吸血鬼、サキュバス、インキュバスとも呼ぶ。
彼らは体液を摂取することで、その生命エネルギーを喰らうのだ。
「学園の見学手続きはお済ですか? お二方」
「随分と勝手に暴れてくれているな」
「小童め、大胆なことをするのぉ」
アレクシオスとニコラス、マックスが丁度そこに現れた。
フリードリヒ大公とカミラ公爵はニヤリと笑みを浮かべた。
「あら、勇者様ではありませんか。老けましたが……ふふ、色男なのは変わりませんわね。そちらは……もしかして賢者様? 随分と髪が薄くなりましたわね。時とは残酷なモノですわ」
「そして……貴殿はマックス卿かね。お久しぶり、というべきですかな?」
そしてフリードリヒ大公は倒れていた騎士をアレクシオスたちに投げつけた。
「返しておこう。放って置いたら死ぬが、お前たちならば治療できるであろう?」
「ふん……小癪な」
決戦の前に理力を無駄遣いさせようという魂胆だ。
しかし助けないわけにはいかない。
ニコラスは理術薬を騎士に飲ませた後、治療理術で回復させた。
「も、申し訳……」
「礼は良い。早く逃げたまえ。足手まといだ」
ニコラスに言われて、騎士は一目散に逃げていく。
それを見送ってから……
アレクシオスとニコラスはそれぞれの武器を抜く。
そしてニコラスはマックスに言った。
「マックス先生。念のため……学園長室に向かってもらえませんか? もしまだ敵に仲間がいれば、そこにいるはず。そこには……大切なモノが隠されています。それを守って頂きたい」
「……承った」
マックスは背を向けて走り去っていく。
フリードリヒ大公とカミラ公爵はそれを追わない。
アレクシオスとニコラスの二人がそれを許さないことは分かっているし……
仲間のルイス侯爵ならば、マックス程度障害にならないと考えているからだ。
「しかし久しぶりだな、勇者よ。……息子の仇、取らせてもらうぞ」
「悪いが……孫の顔を見るまで死ぬ気はない」
「賢者様、あなたの理力……私に食べさせて頂けないかしら?」
「良いだろう。但し……攻撃理術としてならな」
互いの実力は……
十八年前の決戦で分かっている。
故に双方、油断は無い。
最初から全力で行く。
「神具『救世の神剣』」
「宝具『理の導き手クラセリア』」
「宝具『暗黒鎧グロスフィード』」
「宝具『悪魔の魔導書マステリア』」
四人はそれぞれの宝具を展開させる。
斯くして……
死闘が始まる。
それからしばらくの時間が経過した。
現在の時刻は午前九時、五十九分。
ほんの九分前まで、この場には三人の女神族と三人の魔神族、そして女神族と魔神族のハーフが一人生きていた。
しかしそれから五分後の九時五十五分の段階で……
生きて立っている女神族は一人、魔神族は三人。
倒れているが……生きている女神族が一人。
そして魔神族に抱えられているハーフが一人。
そしてこれから数分のうちに、さらに二人が倒れ……
今に至る。
ルイス侯爵は目の前で起こった、信じられない出来事に……
驚きを隠せない。
「ああ、まさか……そんなまさか!! こんなことが、こんなことがあり得るだなんて!!
何という事だ!! 何という喜劇! 何という悲劇!!
ああ、まさか……
まさか!!!」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――なんて!!!」
なーんか、一人死んでますね
以降、展開予想は控えてください
したら消しちゃうぞ♥




