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第23話 聖女と魔王、レスバトルをする

 気付くと、サリエルは長い長い階段を降りていた。

 いや、違う。

 降りているのはサリエルではない。


 降りているのは……男性だ。

 自分はその男性の中にいるのだ。


 男性は階段を降り、暗い廊下を歩く。

 そこは牢獄だった。


 地下牢……サリエルの脳裏にそんな語彙が浮かぶ。


 ふと、男性は足を止める。

 

 「御気分は宜しいかね? 聖女アニエル・ド・ヴァロワ殿」


 男性がある牢屋の中を見る。

 男性と視野を共有するサリエルもまた鉄格子越しに牢屋の中を見ることになった。

 そこには美しい銀髪、銀色の瞳の天翼族の女性がいた。 

 胸からは白銀に輝く十字架の首飾りを下げている。

 女性は気丈にもこちらを睨みつけている。


 女性と目が合ったその時……

 サリエルの視点が変わった。



 気付くとサリエルは牢獄にいた。

 手足には鉄の枷が付けられていて、足には大きな鉄球が取り付けられている。


 いや、拘束されているのはサリエルではなく……別の女性だ。

 サリエルは拘束された女性の中に宿って、周囲の風景を見ているに過ぎない。


 そしてその女性は……

 鉄格子の向こう側にいる、金髪碧眼の男性を睨みつけていた。

 男性の指には金色に輝く指輪が嵌め込まれている。


 「こんな風に拘束されて、気分が良いと思いますか? アレクサンダー・フォン・リウドルフィング殿」

 「はははは!! 確かに、仰る通りだ」


 男性は笑いながら、牢屋を開けて中に入った。

 その手には鍵の束が握られている。

 扉を開いた鍵とは別の鍵で男性は女性の拘束を外した。


 「良いんですか? こんなことをして……」

 「一番、肝心な部分は嵌めたままですからな」


 男性の言葉に……女性は自分の首に嵌め込まれた首輪に振れる。

 首輪には封印石―理力や魔力を封じ込める石―が嵌め込まれていた。


 「これはどういうカラクリですか? 普通の封印石では、私の理力は封じることはできないはずですけど」

 「答えは簡単だ」


 男性は袖を捲った。

 そこには……女性の首輪と全く同じモノが取り付けてあった。


 「魔力と理力は……反発し合う性質がある。そしてまた『女神の首飾り』と『魔神の指輪』もまた反発する。まあ仕組みは私もよく分からないのだが、要するに私とあなたの魔力と理力を反発させて双方の力を弱めることで、封印石でも封じることができるようにしているのだ。利点はあなたのような強力な力を持った女神族を封じることができることで、欠点は同格の力を持つ魔神族の力を同時に封印しなくてはならないことだな」


 つまり……

 アニエルが実力の百分の一も出せていないのと同様に、アレクサンダーも出すことができていないということだ。


 「まあ、技術が進めば封印石だけでも封じることができるようになるかもしれないがね。さて……そんな話をしに来たわけでは無かったな」


 そう言って男性は……

 グラスを二つ並べ、そこに麦酒を注ぎ込んだ。


 「女神族は葡萄酒の方が好きだったか?」

 「いえ、私は麦酒も飲めますが……」


 なら良かった。

 と男性は笑って、麦酒を飲み干した。


 「あなたも飲むと良い。毒など、入っていない」

 「……では、お言葉に甘えて」


 女性は麦酒を一気に飲み干した。

 男性は感心の声を上げる。


 「良い飲みっぷりだ」


 そう言って、男性はさらに麦酒を女性のグラスに注いだ。

 そして……


 「なあ、聖女アニエル。私の家臣にならないか? 家臣が嫌なら、妻でも良いぞ?」

 「家臣も嫌ですし、妻は尚更嫌です。急に何を言い出すんですか?」

 「私とあなたの目指しているところは同じだと聞いたのでな。……女神族と魔神族のこのバカげた争い、聖女と魔王の争い、我らの代で終わらせないか?」


 男性の言葉に……

 女性は目を見開いた。


 「あなたはもしかして……」 

 「聖女アニエル。あなたが魔神族と女神族の融和、友好を望んでいるのは……捕虜の交換条約で返還された騎士たちの話から聞いている。あなたの人格がとても優れているのも。どうだろう? あなたが私の家臣、または妻になれば……この戦争は終結するぞ?」

 「お断りします」


 女性はきっぱりと男性を拒絶する。

 男性は目を細めた。


 「どうして?」

 「それは私のセリフです。あなたはどうして、女神界に攻め込むのですか?」

 「先に攻めてきたのはそちらだろう」

 「すでに土地は奪い返したはずです。加えて……長年の係争地であるアルザース・ロレヌ、あなたたちの言葉で言うエルザース・ロトリゲンもあなた方の土地になった。これ以上の戦争は無意味のはずです」


 なるほどと、男性は相槌を打った。

 男性は自分と女性の間にある見解の相違が何であるのかが分かったのだ。


 「私はね、魔神界と女神界を統一するつもりなのだよ」

 「統……一……?」

 「ああ、そうだ。武力で統一してしまえば……戦争は無くなるだろう? そして統一後の女神界の統治のために、私はあなたを欲している」


 男性の言葉に女性もまた、男性と自分との考えの相違に気が付いた。


 「武力による、平和ですか」

 「逆にあなたは何による平和を求めているのだね?」

 「話し合いと交易です。双方に利益が上がり……戦争によってその利益が失われることになれば、戦争は無くなるはずです。そのためにはまず停戦が必要です」


 女性の言葉に……

 男性はやれやれと首を振った。

 女性はムッとした表情を浮かべる。


 「何か、違いますか?」

 「話し合いでの解決は過去何度も試されてきただろう。そして必ずどちらかが裏切った。もうね、そんな段階は過ぎ去っているのだ。こうなったら武力で統一するしかない」

 「女神族を魔神族が奴隷にする。それは果たして平和と言えるんですか? まあ、あなたがそう言うのであれば、あなたの中ではそうなのでしょうけどね。私はそれを平和とは思いませんよ」

 

 すると男性は首を大きく横に振った。

 

 「何か、勘違いしているようだが……私は女神族を奴隷にするつもりは欠片も無い。平等に扱おうと考えているのだよ。それでも不満かね?」

 「なるほど、それならば文句はありませんね」


 女性がそう言うと……男性は機嫌よさそうに麦酒を飲んだ。


 「では、早速結婚式の日取りを……」

 「実現できれば、の話ですけどね」


 男性は眉を顰めた。

 女性は一気に麦酒を喉に流し込み……強い口調で言った。


 「あなたが平等に扱おうとしても、あなたの家臣が平等に扱うとは限りません。戦争はどのような結果であれ、勝者と敗者が生まれる。そして勝者は己の行為を正当化し、敗者にそれを押し付けます。その時点ですでに対等では無いのです」

 「そればかりは仕方があるまい。完璧など、不可能であることは私も分かっている。だがね、完璧が不可能であるからといって、今までと同じようにいつまでも人死が出るような戦争は続けるわけにはいかないだろう。私はね、私の母のような……戦争の被害者を未来永劫、この世から無くしてしまいたいのだよ。少なくとも……私は魔神界を統一したという実績がある。魔神界では戦争が無くなった。未だに人種差別はあるが……出来る限り私は家臣たちに平等に扱うように厳命している。だから今、魔神界では人種差別の色は昔と比べて随分と薄くなった。それでも不可能だと?」


 女性は頷いた。

 

 「あなたのお母上は……戦争で亡くなられたのですね。そしてあなたはその恨みを飲み干した。さすがだとは思います」

 「当然だ。復讐ほど感情的(・・・)不合理(・・・)かつ不効率(・・・)なものは無い。別に憎い者を殺したところで、生き返ることは無いからな。私は君主だ。だからそのような一時の感情に惑わされるような愚行はしない。はっきり言おう。復讐などしようとするものは愚者であると。誰一人、幸福になっていないことに気が付かない愚か者であると」

 「そうですね、その通りです。ですが……全ての人があなたのように割り切れるわけではない。必ず恨みは残ります。少なくとも……アレクシオスは、勇者はあなたを憎んでいる」

 「ふん……小さい男だな。勇者が聞いて呆れる」


 男性は麦酒を喉に流し込む。

 そしてドン! と音を立てて、床に叩きつけるように置く。


 「つまりあなたは……恨みを持つ者が生まれるから、統一など不可能だと言うのかね? なるほど、言いたいことは分かる。だがね、勇者アレクシオスとて百年生きるわけではない。最長の寿命を持つ天翼族や不死族であっても、精々300年だ。1000年、2000年もすれば世代交代する。その時には恨みなど、綺麗さっぱり無くなっている」

 「あなた自身も、国も同様であることは、分かっていますか?」


 女性の言葉に男性は眉を顰めた。

 

 「何が言いたい?」

 「あなたも死ぬということです。あなたが生きている間は良いかもしれませんね。あなたは魔神界では名君と名高い。ならば女神界でも名君と振舞えるでしょう。では、その後は? さらにその後は? あなたは女神族と魔神族の双方の憎しみ、差別意識がこの世から消え失せるまでに……不死族、吸魂族、妖精族、獣人族、鬼人族、天翼族、巨人族、エルフ族、ドワーフ族、人族の全てを統治する大帝国を維持することができると、本気で御思いですか? ……私には思えません。むしろ……無理矢理統一したことで、その憎しみや差別意識が増幅する可能性がある。あなたがどう振舞おうと、徹底しようとも……支配者魔神族、被支配者女神族の構造では真の平和など来ないのです」

 

 男性は数瞬迷ってから……

 反論した。


 「なるほど、分かった。だがそれでも一定期間の平和は確保できる」

 「ええ、出来ますね。ですがその後は地獄が待っていますよ。今まではそれぞれ、女神界と魔神界で線引きをしていましたから。それが無くなり、中途半端に溶け合った結果……どうなると思いますか? 簡単ですよ。今までの主戦場は主にアルザース=ロレヌ等、両世界の境だけで発生していた。ですが、その境が無くなったのです。戦場は……世界全土になりますよ。何しろ、外国との戦争ではなく……内戦ですからね」


 そう言って女性は麦酒を飲んだ。

 双方アルコールが回って来たこともあり、少し言葉に抑えが効かなくなってきているようだ。


 「否定することは簡単だ。では、あなたはどうやって平和な世界を作ると? もしそれが現実的な策であるならば、私はエルザース=ロトリゲンまで軍を引こうじゃないか」

 「何度も言っているでしょう。まずは停戦です。そして交易を活発化させます。そうすれば……」

 「そんなことは何千年も繰り返されてきたことだ! 同じ結果を産むだけではないか!!」

 「そんなことは分からないでしょう!! 九十九回失敗しても、百回目で成功するかもしれない!! まずは話し合い、分かり合うべきです! 少なくとも女神界では、国同士そうすることで友好を結ぶことができた事例が……」

 「あなたと私が分かり合えないのに、かね?」


 これには女性も言葉を詰まらせる。

 男性は溜息をついた。

 

 「私は自分の考えを曲げるつもりはない。女神界と魔神界を統一することで、平和を実現させる。そのために協力して頂きたい」

 「私も自分の考えを曲げるつもりはありません。女神界と魔神界、双方棲み分けたまま……話し合いと交易で平和を実現させます。そのためにあなたに協力して頂きたい」

 「お花畑」

 「分からず屋」


 二人は睨み合った。






 「……何の夢だっけ?」


 サリエルは目を覚まし……

 夢の内容を思い出そうとする。

 しかし思い出すことはできない。

 ただ、一つだけ言えることがある。


 「何だろう……どうしてこんなに……恋しいんだろう?」


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