第2話 勇者、採用される
「久しぶり、勇者。随分とおっさんになったわね。あの悪戯小僧がもういい年したおっさんだなんて、私も年を取った物ね」
「マリベル様はお変わりないですね」
「まあ、私は永遠の十四歳だからね」
オルデール公立学園の学園長室。
そこで勇者アレクシオスは己の恩師であり、元仲間である魔女、マリベル学園長と再会した。
魔女マリベル。
本名はマリベル・カペー・ド・オルデール。
聖女、勇者に次ぐ実力者として名高く、ヴァロワ王国の最高戦力の一角として数えられている。
六百年前、ヴァロワ王国建国を助け、以来大公の地位を持つ彼女は……
この国では国王を凌ぐ影響力を持っている。
多くの者は彼女の名を聞いた時、毒林檎でも持ってそうな老婆をイメージする。
が、しかしそのイメージと違い彼女は……
十四歳のとても可愛らしい少女にしか見えない容姿をしていた。
魔女が着ていそうな紫色のトンガリ帽子と、ロープを身に纏い、首から黄金の髑髏(の飾り?)をネックレスにして身に着け……肩に黒猫を乗せているその姿は、少女が魔女のコスプレをしたようにしか見えない。
帽子から垂れる黒い三つ編みの髪も、より彼女を幼く見せていた。
(しかし胸は身長や幼い顔に見合わず、割とあるが……)
そう、彼女は十四歳の時から老化していないのである。
魔女が被ってそうな典型的トンガリ帽子の下には長いエルフ耳はあるが……
それにしても、六百年前から年を取っていないのは異常だ。
エルフの平均寿命は150年。
普通のエルフの四倍は生きているのだ。
まあ、それは『魔女』という特異な体質にあるのだが。
『魔女』については、後ほど機会があったら説明しよう。
ちなみに、オルデール『公』立学園の『公』は『おおやけ』という意味ではなく、『大公』という意味である。
つまり、オルデール公立学園は『私立』だ。
(まあ、大公を私人ではなく公人と定義すると公立なので……半私立半公立というのが実態としては正しいのかもしれないが)
「あなた、教員免許は持ってた?」
「一応、全教科持っています」
「そう、なら問題ないわね。実は歴史学の教師が年で体力的に辛くなってきたのよ。加えて、武術講師も腰をやっちゃってね。一応授業は出来るけど、無理はさせられなくて……二人の補佐や代わりができる人を探していたの。渡りに船だわ」
マリベルはあっさりと許可を出した。
これにはアレクシオスも拍子抜けてしまう。
「宜しいんですか?」
「あなたの人柄なら分かってるわ。それにあなた教え方上手いし。問題無いでしょ」
なるほどと、アレクシオスは納得した。
下手な講師を招くよりは、信頼のおけるアレクシオスを雇った方が良い……という判断というなら、理解できる。
「ところで、歴史学と武術の講師って……」
「メルヴィンとマックスよ」
「懐かしい……」
アレクシオスは思い返す。
アニエルはしょっちゅう歴史学の授業で爆睡してメルヴィンに叩き起こされていたし、武術の授業では教師であるマックスをぶん投げて、病院送りにしていた。
よく退学にならなかったな……
「まあ、でも取り敢えずペーパーテストと武術の実技試験を受けてもらうわね。どうせ、あなたなら何の問題無く通るでしょうけど。あとは、他の教員の説得ね……」
「やはり反対する方がいらっしゃるのですか?」
「うーん、まあ勇者の肩書があれば反対する人は普通いないんだけどね。……一人だけ、猛反対しそうな奴が……」
と、マリベルが言いかけたところで……
ドアをノックする音が学長室に響く。
マリベルが指をクイっと曲げると、自然とドアが開いた。
そこには……
「勇者殿。随分と老けましたなあ」
「っげ、ニコラス!」
賢者ニコラス。
聖女、勇者、魔女に次ぐ実力者と知られていて、少なくとも理術に於いて彼に適う者はいない。
ヴァロワ王国の最高戦力の一角である。
そして……
アレクシオスと同級生であり……アレクシオスと共にアニエルの尻拭いをした仲間で、背中を預けた戦友であり、ライバルであり……そしてアニエルを巡って争った恋敵でもあった。
昔はかなりの美青年だったのだが……
ああ、時の流れは残酷なり。
「……お前、禿げたな?」
「違う、吾輩が前進しているのだ」
まあ、禿げても美青年だったころの面影は残ってはいるのだが。
ニコラスはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「どうした、アレクシオス? もしかして金に困ってるのか? 君に育てられたサリエルが可哀想だ。何なら、吾輩が引き取ってあげてもいいぞ?」
「ふん、結構だ。サリエルが嫁入りした時のための結納金までしっかりと養育費は確保している」
アレクシオスがそう答えると、ニコラスは大袈裟に「驚いた!」とでもいうような反応をした。
「君の事だから、魔王討伐で貰った報酬金は全部使い切ってしまったと思ったが、ちゃんと取って置いてあったのか」
「いや、それは貰って三日で使い果たした。酒とギャンブルで」
これにはニコラスも嫌味抜きで驚いたのか、呆れ顔を浮かべた。
「まあ、安心しろ。その後いろいろあって、取り返したし。それにサリエルが生まれてからはちゃんと年金も溜めている」
「……本当か? 嫌味抜きで心配になって来たぞ? ……まあ、それは良いとして」
ニコラスはヅカヅカと靴音を鳴らしてマリベルのところまで歩み寄る。
「学園長!! こんな酒と女とギャンブルしか脳味噌のない男を教員として採用するつもりですか!! 生徒に悪影響を及ぼします」
「常に薬品の臭いを垂れ流している童貞理術オタのハゲよりはマシだろ」
「五月蠅い!! 吾輩は学園長と話しているのだ!!」
「俺の採用は決まった。グチグチ口を挟むな、ハゲ」
「黙れ、この脳筋が!!」
「ああ!!」
「やんのか、おら!!!」
互いに胸倉を掴み合い、今にも殴り合いを始めようとする二人。
そんな二人を見て、マリベルは呟く。
「ふふ、あなたたちは年をとってもそういうところは変わらないのね。懐かしいわ……」
と楽しそうに微笑んでから……
パチンと指を鳴らした。
「苦悩の梨」
マリベルがそう呟くと……
「むぐぅ!!」
「ゲフゥ!!」
いつの間にか、二人の口を金属の塊が塞いでいた。
しかし口を塞がれても、睨み合いを止めない二人。
そんな二人にマリベルは優しく諭すように言った。
「喧嘩はやめなさい。やめないと、その梨を開くわよ。それともケツの中に捻じ込まれたい?」
そう言われて二人はしぶしぶといった表情で、互いの手を放し、睨み合いをやめた。
二人が喧嘩をやめたのを見計らい、マリベルは指を鳴らすと……
二人の口に挟まっていた金属の塊は消滅した。
「ニコラス。アレクシオスを教員として採用するのは……この学園の防衛力強化としての側面もあるわ」
「……防衛力、ですか?」
「忘れたの? この学園には『アレ』が封印されてるのよ。加えて……来年からサリエルが、聖女の娘が入学するの。魔神族の連中が攻めてくる可能性も上がるわ。でも……魔女である私、賢者のあなた、そして勇者がいれば……この学園の守りは盤石になる」
このオルデール公立学園は世界でもっとも堅牢な要塞と言われている。
というのも、世界でも指折りの実力者である魔女と賢者がその知識と実力で学園を守っているからである。
それに勇者が加われば、確かにこの学園を攻め落とすのは非常に難しくなるだろう。
すべては『アレ』を守るためだ。
もっとも……『アレ』が学園のどこにあるかを知っているのは責任者のマリベルと、封印の理術の命令式を組んだニコラスだけなのだが。
アレクシオスや……他の仲間、王族ですらも『アレ』が学園のどこにあるかを知らない。
それだけ重大な秘密なのだ。
「それに……」
「それに?」
「あの聖女の娘よ? 聖女を押さえるには、私とあなたと勇者三人掛かりでも難しかったのよ? やっぱり、勇者がいないと心配でしょ」
そう言われて、ニコラスは確かにと納得の表情を浮かべる。
『あの』聖女の娘である。
何をしでかすか、分からない。
となれば、父親としてサリエルを育ててきて、そして聖女を抑え込んできた実績のある勇者アレクシオスがいた方が……いろいろと安心だ。
「ところで、勇者。サリエルちゃんはどんな感じ?」
「まあ、うちは田舎ですからね。それによくも悪くも刺激がない。だから暴走もあまりしませんし、しても大したことにはなりませんよ。……学園に入学したら、どうなるか分かりませんけどね」
聖女アニエルも学園に居ない時は案外大人しかったのだ。
サリエルも学園に来た途端に暴走する可能性は十分にあった。
「ちなみに能力はどう? 聖女より劣ってたり……」
「アニエルの血……天翼族の高い理力と、巨人族の馬鹿力はしっかりと受け継いでますよ。理力、腕力共に……アニエル以下、ということはないですね。同等、それ以上です」
「あはははは……それは不味いわね。……つまり先天性理力超過剰体質、ということね?」
「そうなりますね」
先天性理力超過剰体質。
生まれながら桁違いの理力を内包して生まれてしまう病気……というより体質だ。
常人の数百倍、数千倍以上の理力を有しているため使いこなせば強力な騎士になる可能性を秘めているが……コントロールできないうちは時折暴発を起こす。
サリエルの母であるアニエルもこの体質だった。
というより……聖女になるにはこの『先天性理力超過剰体質』または『先天性理力過剰体質』を持っている必要があるのだが。
珍しく、マリベルも焦り顔を浮かべる。
学園をアニエルに壊されまくったトラウマが脳裏に浮かんだのだろう。
「でも大丈夫よ。サリエルが入学することは、十五年前から分かっていたもの。この十五年間、補強に補強を重ね……少なくとも入学時の聖女の、二倍の理力と腕力ならビクともしないわ!!」
「「おおおお!!」」
マリベルは胸の膨らみを強調するかのように胸を張る。
アレクシオスとニコラスは拍手をした。
「いい、二人とも。何としてもサリエルを押さえるの。あの時の悲劇はもう起こさせない。この学園は私たちで守るのよ!」
「はい、分かりました!!」
「必ずや、サリエルを抑え込みます!!」
三人は決意を新たにした。
魔神族よりもサリエルの方が危険人物扱いとは、サリエルが聞いたら怒り狂いそうではあるが。
「あの、ところでマリベル様」
「何? 勇者」
「あの、変装して授業しちゃダメですか?」
「何で?」
マリベルは首を傾げた。
変装する意味が分からない。
「ほら、俺って英雄じゃないですか。目立ちなくないので……」
「……まあ、あなたのファンは今でもいるしね。学園がサイン会場になられたらウザいし、良いわ。でも、変装するならバレないようにね」
「はい!」
……本当はサリエルに「サリエルのことが心配で、教師にまでなって学園についてきた」ことがバレると、嫌われてしまう可能性があるからなのだが。
言わぬが花である。
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