第19話 勇者、娘の結婚相手について考える
三日間の道のりを経て、ようやく森に到着した。
ジャンは心底、安心したように声を上げる。
「これで折り返しだ……」
あと四日で課外授業は終わる。
ジャンはこの三日間を振り返る。
(ああ……女子生徒三人、いやサリエルを引率するのがこれほど大変とは……大人しく男子生徒にしておけば良かったかな?)
男子生徒であるジャンが女子生徒三人の引率を任されたのには理由がある。
といっても、大した理由ではない。
単純にみんな嫌がったからである。
具体的に言うと、サリエルの世話を。
爆発娘の二つ名はすでに学園中に広まっている。
いつでも先生が駆けつけてくれる学校内ならばまだしも、何が起こるか分からない課外授業。
そんな環境で爆発娘の世話をするなど、嫌だという上級性が大半であった。
実はこの課外授業、上級生にとって非常に大切なテストを兼ねている。
戦闘能力の無い民間人を護衛して、森に行き、指定のモンスターを倒して帰還することができるか、出来ないかという……実戦試験。
多くの上級生たちにとっては、できるだけ大人しい生徒を引率して無難に終わらせたいというのが本音である。
そんなわけで……多くの上級生が嫌がる中、見かねたジャンが立候補したのであった。
まあ、そのおかげでマリベルから『斬鉄剣クリファノオール』を与えられたので後から羨ましがられたのだが。
しかし……想像以上にサリエルの引率は大変だった。
どうにも落ち着きがない性格をしているのか、それとも課外授業で浮かれているのか……何かあるたびにあっちへフラフラこっちへフラフラする。
加えて女子三人が相手なので、気を使う。
これが男子相手ならば先輩権限でいくらでも命令することができるのだが、やはり女子の後輩相手ではそういうことも出来ず……
ジャンの精神は疲弊していた。
(いや、しかし……お父さんに認められるためにはサリエルをしっかりと送り届けなくては!!)
「あの、先輩!」
「どうした、シャルロット」
「……サリエルがいません」
「またか!!」
ジャンはキョロキョロと辺りを見回す。
けしてサリエルは悪い子ではなく……一度言って聞かせればそれを破ることはない。
一人で遠くに行くなと言い聞かせている以上、近くにいるはずだ。
「先輩、あそこです!」
「サリエル!! 何でそんなところに!!」
何と、サリエルは木の上にいた。
そして手一杯に何かを抱えている。
ふと、ジャンの目に白い物が飛び込んできた。
(あ、あれは……ショーツか! へ、へえ……やっぱり白なのか。清楚で可愛い……)
などとアホなことを考えているとサリエルが……
「え? ああ……今から落とすのでキャッチしてください」
とジャンに向かって言った。
落とす?
何だそりゃ?
とジャンが思っていると……
空から何かが落ちてきた。
ジャンは慌ててそれを受け止める。
「これは……ポッカか」
ポッカの実。
食用果物としても、理術薬の原料としてもよく利用される木の実である。
甘酸っぱい味が特徴だ。
そして……今回の課外授業で持ち帰らなければならない素材の一つだった。
上から次々とポッカの実が落ちてくる。
ジャンはシャルロットやカリーヌと共に、手分けしてポッカの実を回収した。
しばらくすると、サリエルが背中の翼をパタパタと羽搏かせながらゆっくりと降りて来た。
天翼族の翼は決して飾りではなく、飛ぶことができるのだ。
あまり高くは飛べないが。
「……サリエル、実を見つけて回収してくれたのは良いが、一言言ってからにしてくれ」
「あ、す、すみません。今度からそうします!」
サリエルはペコリと頭を下げた。
銀色の髪が揺れる。
やっぱり可愛いなあ……
と、ジャンはサリエルの可愛さを再び確認した。
「(見とれてるね……)」
「(罪な女……)」
カリーヌとシャルロットは呆れた顔で二人のやり取りを見た。
その後、三人と一人はキャンプ地を探した後……
残りの素材を集めに森の奥へと入っていった。
「それにしても勇者、良かったの?」
「何がですか?」
アレクシオスとマリベルは森のとある場所で待機しながら、雑談していた。
二人のすぐ側には騎乗用の飛竜が二体。
生徒たちが胸に付けているワッペンには理術の命令式が編み込まれていて……
生徒たちはそのワッペンを使って、二人に救援を要請することができる。
あとはワッペンから辿れる理力を頼りに飛竜で駆けつければ良い。
もっとも、この森には危険な生き物は殆どいないか、または今は休眠中なので二人が活躍する可能性は殆どないのだが。
「サリエルちゃんをジャン君に任せて」
「どういうことですか? それはつまり、俺が『サリエルは俺が守る!! お前なんかに渡さないぞ!!』とか言い出すと思った、ということですか」
「まあ、そんな感じね」
「……言うわけ無いでしょ」
アレクシオスは溜息をついた。
そして遠い目で呟く。
「俺もいつまで生きられるか、分かりませんからね。サリエルには独り立ちして欲しいし……あいつを愛してくれるような男性を見つけて欲しい。いや、嫁には行かせたくないんですけどね。ただまあ……俺はいつか死ぬんですよ。そればかりは仕方がない。でもサリエルの人生は続く。俺はアニエルにサリエルを幸せにすると誓った。だから……サリエルが一人で幸せになれるように、そしてサリエルを幸せにできるような人にサリエルを任せなくてはならない」
「あの腕白小僧がそんなことを言うようになるなんてね……私も年を取るものだわ。ふふ……そうね、あなたも死ぬのよね」
そういうマリベルは少し寂しそうだった。
六百年、何人もの子供たちを育て……歴代の聖女や勇者と戦い、そして彼らの死を看取って来た。
マリベルにとっては、アレクシオスやアニエルやサリエルもまた……
そういう子供たちの一人。
自分よりも遥かに年下の子供が見る見るうちに年を取り、自分を実力で追い越し、そして死んでいくのは……
マリベルにしか分からない気持ちだろう。
「俺の死んだ後も、サリエルをよろしくお願いします」
「任せなさい。サリエルちゃんの孫やひ孫も面倒見てあげるわ。もっとも、生きてたらだけどね。私もどこかの戦場で死ねば、約束は果たせないわ」
マリベルは魔女とはいえ、人間だ。
二度目の転生はあり得ない。
次に死んだら……それが最後だ。
「で、あなたの目から見てジャン君はどうなの?」
「さあ? どうでしょうね。まあ、性格も良さそうだし金遣いも荒くないし……女癖やギャンブル癖、酒癖も悪くない」
「あなたは女好き酒好きギャンブル好きだものね。確かにあなたよりジャン君の方がまともね」
「……人の趣味にケチ付けないでください。限度は守ってますよ」
但し……
とアレクシオスは続ける。
「まあ、そんなことはどうでも良いんですよ。俺がサリエルの相手に求めるのはたった一つです」
「何かしら?」
「アニエルに対する、俺やニコラスのような人間です。何があっても、どんなことがあっても、サリエルを一番に愛することができる人間です。それさえ満たせれば……俺としてはどんなクズでもいい。大切なのはサリエルを守ってくれることですからね。大事なのは愛、愛ですよ」
「愛ね……一つ聞くけど、あなたにとっての愛って何?」
マリベルの問いにアレクシオスは一言。
「見返りを求めず相手を思い続け、そして守り続けることです」
アレクシオスの言葉にマリベルは肩を竦ませる。
そんな風に相手を思える人間など、それこそアレクシオスやニコラスしかいない。
「サリエルちゃん、結婚できるのかね?」
「俺はして欲しいですけどね」
「本当にそう思ってる?」
「……半分くらい?」
やはり嫁に出すのは心配で仕方がないアレクシオスであった。
そんな話をしていると……
アレクシオスとマリベルは慌てた様子で立ち上がった。
「救援反応があったわね……これは……十二班のものよ」
「……サリエルの奴、悪霊にでも憑りつかれているのか? 俺が行きます」
「ええ……今、十四班からも信号があったのは気付いたわね? 私はそっちに行く」
二人は慌ただしく動き始めた。