第15話 勇者、雑談をしてみる
「今回は特別授業だ。君たちには種族特性について、学んで貰う」
アレクシオスは運動場にサリエルたちを集めて言った。
今日は一週間ごとに繰り返される通常授業とは異なる、特別授業の日だった。
「さて……種族特性が何か、というのは説明しなくても良いだろう。その種族が持つ、他の他種族とは異なる形質だ。まずは……サリエル、天翼族の形質について説明してくれ」
アレクシオスはサリエルを指名した。
「はい。まず外見的には背中に二枚の翼を持っています。そして理力を活性化させた時には頭の上に光輪が現れます。特徴はまず普通の女神族平均を遥かに超えた理力と寿命です。また治癒理術への親和性が非常に高いです。飛行能力を持つので、空を飛ぶこともできます。そして……太陽の光を浴びることでその理力を回復させることができます」
「よろしい、完璧な答えだ。ではカリーヌ君、君には巨人族の特性を説明して貰おうか?」
サリエルの解答に満足気に頷いたアレクシオスは、今度はカリーヌを指名した。
カリーヌは緊張した面持ちで答える。
「は、はい。えっと……まず体が大きいのが最大の特徴です。ま、まあ……私はハーフなので小さいですけど。理力は少ないですが、その分怪力を持ちます。また寿命も天翼族には劣りますが、長いです。そして……大地に触れることで理力を回復させることができます。もっとも……その時は靴を脱ぐ必要がありますけど」
「その通りだ。素晴らしい……では……先程から寝ているシャルロット君、君にはエルフの特性を説明してもらうぞ」
アレクシオスは眠りこけているシャルロットを指名した。
するとシャルロットは……
「う、うーん……侯爵様、もうジャガイモとソーセージと麦酒は飽きました……も、もっと別の料理を……」
「ジャガイモもソーセージも麦酒も食わんで良いから、起きなさい」
アレクシオスに怒鳴られ、両脇からサリエルとカリーヌに揺すられてようやくシャルロットは目を覚ました。
シャルロットは大きく欠伸してから答える。
「エルフは長い耳が特徴です。そして……天翼族には劣るものの、高い理力を持ちます。そして……五大種族のうち、もっとも繊細に理力を扱えると言われています」
「よろしい。ついでにドワーフについても答えてくれ」
「ドワーフは背が低いです。また男性は体毛の量が多い人が多いです。理力はエルフに劣りますが……身体能力ではエルフに優ります」
シャルロットの説明を聞き、アレクシオスは大きく頷いた。
そして最後に……
「あとは人間族だな。これは人間族である俺が説明しよう。と、いっても人間族は特に特徴が無いのが特徴だけどな。短所もないが、長所もない。ただまあ……それはそれだけ可能性を秘めているわけで、俺みたいに近接戦闘特化という道もあるし、ハゲ……じゃなかった、ニコラス先生のように理術特化という道もある」
一般的に女神族には天翼族≧巨人族>エルフ族=ドワーフ族>人間族というヒエラルキーが存在する。
これは理力量や身体能力、そして寿命に依存する。
だが……圧倒的多数派は人間族である。
数が多いためその分平均値は下がるが……しかし天才が生まれる可能性は他種族よりも高い。
アレクシオスやニコラスはその典型的例だ。
歴代の七騎士たちの中には必ず、数人は人間族が名を連ねている。
「余談だが、魔神族にも当然特性がある。有名なのは不死族だな。六つの心臓を全て破壊されない限り肉体が再生を続ける。吸魂族は血液などを通して相手の精力を吸い、己の魔力を吸収できる。妖精族は体が小さいが魔力量が高く、その扱いも美味い。何より身軽ですばしっこい。獣人族や鬼人族は高い身体能力が有名だな」
ちなみに魔神族のヒエラルキーは不死族≧吸魂族>妖精族>獣人族=鬼人族という具合だ。
尚……サリエルの母親である聖女アニエルは天翼族と巨人族のハーフであり、莫大な理力と恐ろしいほどの怪力を誇った。
そしてそのライバルとも言える魔王アレクサンダーは不死族と吸魂族のハーフであり、こちらも底なしの体力と魔力を誇った。
二人とも女神族と魔神族のサラブレッドとも言える存在だ。
まあアレクシオスはそんな血筋エリートの二人に食い付き、ついには瞬間的とはいえ超えることに成功したのだが。
「さて……この授業も目的は自分の長所と短所をよく知ることだ。これから我々教師陣が選んだ組み合わせで組み手をして貰う。それぞれ自分たちの長所と短所を念頭に置いた上で、それを伸ばし、または補えるようにしなさい」
アレクシオスはそう言って組合せ表を配る。
できるだけ実力が同じ程度で、そしてそれぞれ長所と短所が噛み合うような組み合わせになっている。
例えば巨人族のハーフで近接戦闘を得意として逆に理術が苦手なカリーヌの相手は、近接戦闘を苦手として逆に理術が得意なシャルロット、という感じだ。
しかし一人だけ……
「あの……おと、先生。私の相手は?」
「お前の相手は俺だ。……お前の場合は冗談抜きで死人が出るからな」
サリエルだけ特別にアレクシオスが相手だ。
娘だから……ではなく、サリエルだからの処置である。
実際生徒たちも命が惜しいので、サリエルとだけはやりたくないというのが本音であり……
不満の声は上がらなかった。
さて、生徒たちが組み手を始めるのと同時にアレクシオスとサリエルも向かい合う。
「サリエル君、まず君の課題は一にコントロール、二にコントロール、三にコントロールだ。分かっていると思うけど」
「う、うん……分かっている、いや分かっています。で、でも……具体的にどうすれば?」
サリエルの問いにアレクシオスは頬を掻きながら答えた。
「……分からん」
「……え?」
「分からんものは分からんとしか言えない。アニエルなら教えられたと思うが、あいつは天国だからな」
先天性理力過剰体質。
この体質は遺伝する。
天翼族のある特定の血筋の者が持つ希少体質で……それが連綿とアニエル、サリエルに受け継がれてきたのだ。
親から子に受け継がれることも多いが、隔世遺伝することも多い。
基本的に初代聖女の血を引く女性の子供であるならば、この体質が発現する可能性がある。
問題は一世代に一人、二人程度しかいないという事だ。
「君とアニエルは先天性理力過剰体質の中でも特に理力量が多い。そうだな……今までの聖女が先天性理力過剰、または先天性超理力過剰とするならばアニエルは超々、サリエル君は超々々と言ったところだろうか?」
世代を重ねるごとに聖女、魔王の能力は高まっている。
アニエルは歴代最高の聖女と言われたが、おそらくその称号はサリエルが聖女となった段階でサリエルのモノになるだろう。
「ハッキリ言って、君に教えることができる者はこの世にいないだろう。だが……アニエルのようになりたいのであれば、コントロールできなければならない。そしてアニエルができたのであれば、君もきっとできるはずだ」
とアレクシオスは言い切った。
とはいえ……
(まあ……サリエルの場合はアニエルよりも課題が多いし、断言はできないんだけどな)
本当のところは分からなかった。
アレクシオスはアニエルでもなければサリエルでもない。
莫大な理力を持て余してしまうという経験をしたことがない
だが……できて貰わないと困る。
だからできないかもしれない、などとは口が裂けても言えなかった。
「一応アニエルがやっていた訓練方法は知っているから、それをやろう。まあそれがどれくらい効果があるのか、アニエルしか知らないから分からないけど……」
アレクシオスはそう言ってから、サリエルの後ろに回った。
そしてサリエルの手を取って……
「ホーリーアローの理術を組むんだ。但し、ゆっくりとね。後ろから俺がサポートする」
「は、はい」
サリエルはアレクシオスの言う通りに理術を組む。
しかし莫大な理力が繊細な操作を邪魔して……どうにも上手く命令式を組めない。
暴発しそうになってしまう。
だがそれをアレクシオスが後ろから支える。
サリエルの理術を最低限、補修するのだ。
それはまるで……
初めて自転車に乗る我が子を支える親のようであった。
まあ、実際この訓練は自転車と同様に……理力を扱う感覚をサリエルに身に着けさせるためのモノだ。
理力の操作は感覚的なところが多く、自転車に似ている。
自転車に乗ってバランスを取りながらペダルを漕ぐだけ、と言えば簡単だが実際にはそんなに簡単ではない。
それが理力の操作だ。
問題はサリエルの使わなければならない自転車は普通の人の自転車よりもスピードが出過ぎてしまうことだ。
だが同じ自転車である以上、できない道理はない。
「よし……このままだ。このまま撃つぞ……」
「は、はい……」
最後にサリエルが理力を注ぎ……
ホーリーアローが完成する。
ホーリーアローは真っ直ぐ飛んでいき……
的に突き刺さった後、爆発することなく消滅した。
「や、やった!! できた!!」
サリエルは手を叩いて喜ぶ。
アレクシオスはそんなサリエルを見ながら苦笑いを浮かべる。
(……成功した時よりも失敗した時の爆発の方が威力が大きいとは何とも言えないな。まさにバカ力ならぬバカ理力だ)
とはいえ、それは当然と言えば当然だ。
サリエルが入学試験で披露したホーリーアローに使われていた理力量は、今回使用したホーリーアローの理力量の百倍以上なのだ。
前者はごり押しで、後者は模範通りのホーリーアローだ。
百倍の理力を注ぎ込んでも爆発せずに正常に働くホーリーアローを撃てるようになった時、サリエルは最強の騎士侯になるだろう。
さてそんなこんなしているうちに……
予め予定していた授業内容を終えてしまう。
授業終了まではあと十分ほど、時間が余った。
「さて……どうするか……」
アレクシオスは悩む。
教師としてはまだ未熟だったせいか、時間配分を間違えてしまったのだ。
アレクシオスが困っていると……
「先生。こういう時は雑談とか、みんなしてますよ」
「雑談か……」
カリーヌの助け舟に、アレクシオスは成るほどと頷いた。
雑談。
つまり授業と関係ない話だ。
雑談が面白い先生は授業が下手でも許される傾向がある。
とはいえ、この学園はエリート中のエリートが集う学園であり……何だかんだで全員真面目だ。
そのため雑談が長すぎると逆に不評を買う。
「何を話せば良いんだろうか……」
「勇者しか知り得ない軍事機密とかはどうですか?」
「うん、それ話したら俺処刑されるから」
シャルロットの提案にアレクシオスは苦笑いで答えた。
さすがにそれを話すわけにもいかない。
いかないが……
「そうだな……秘密ではないし、我々騎士の業界ではそこそこ有名だけど、あまり一般に知られていないマリベル様の秘密があるんだが、聞きたいか?」
「「「おお!!」」」
生徒たちがアレクシオスの話に耳を傾ける。
何しろあのどう見ても十四歳程度にしか見えない、だがヴァロワ王国最強クラスの騎士とも言われるマリベルの秘密である。
興味がないはずがない。
「まあ、秘密というほど秘密じゃないんだが……あの人、いつも暑苦しいローブを着ているだろう?」
生徒たちは一斉に頷く。
コスプレにしか見えないトンガリ帽子と暑苦しいローブ、首には黄金の髑髏、肩には黒猫。
それがマリベルの基本的な恰好だ。
それ以外の姿をしているマリベルなど、生徒たちは見たことが無い。
「あのローブの下、実は……マイクロビキニなんだ」
「……」
え、マジで?
生徒たちは驚愕で固まった。
「……言っておくが、冗談じゃないからな? 本当だ。あの人はあのローブの下に……春夏秋冬常にマイクロビキニを着ている。マジだ、こんなくだらない嘘はつかない」
アレクシオスはそう言って……
「本気を出すとき、あの人はローブを脱ぐんだよ。で、マイクロビキニで戦う。……本当だからな? マイクロビキニになった時のマリベル様は(無理をしていない)俺よりも強い」
生徒たちはマリベルのマイクロビキニ姿を想像した。
男子たちは鼻を伸ばし、女子たちはそんな男子たちを睨む。
「……あと、同じマイクロビキニを着ているのを見たことが無い。あの人、ローブと帽子だけは一着しか持ってないんじゃないか?というレベルでいつも同じなのに、マイクロビキニだけ無駄に種類揃えているんだよね……あ、このことは内緒な? 絶対にマリベル様には言うなよ?」
アレクシオスが言い終わるのと同時に……
授業時間が終わった。