第13話 勇者、俺tueeeしてみる
「さすが、ディアノール公爵の娘さんだ。確か君の御父上は有名な理術師だが……お母上も王国有数の騎士だったね」
「ええ、そうです!!」
カリーヌは巨人族としての特性から生み出される膂力と母親から習った剣術でアレクシオスに挑む。
しかしアレクシオスは涼しい顔をして、全てを左手で受け流す。
「素晴らしい剣の腕だ。本当に美しい……しかし……実戦で使うにはお行儀が良過ぎるかな?」
アレクシオスは右足でカリーヌの足を蹴り飛ばした。
一瞬でバランスを崩すカリーヌ。
アレクシオスその隙をついて、カリーヌの木剣を切断した。
尻餅をつくカリーヌ。
しかし……覚悟していた痛みは来なかった。
「さあ、走りなさい!」
「は、はい……」
結局、カリーヌも走ることになった。
「凄いよね、アレクシオス先生。私、あの人の動き全然見えないよ」
「……本当に凄いのは誰もかすり傷一つしていないこと」
走りながらカリーヌとシャルロットは会話をする。
「傷一つ……そう言えば……」
カリーヌは尻餅をついたとき、全く痛くなかったのを思い出した。
よく見ると走っている人は全員砂埃で汚れているが……怪我はしていない。
「風を感じた」
「……風?」
「あの人、私を投げる時……理術で空気をクッションみたいにして衝撃から私を守った。……全員、そう」
「え? でも全然気が付かなかったよ?」
「……私たちが理術師としても未熟だから。多分、よほど経験を積んだ理術師にしか見えないほど……微量の理力だけで命令式を汲んでる。千以上の命令式は組み込んであると思う」
「せ、千!? プロの理術師で五百なのに? 剣や体術だけじゃないなんて……」
「そこ!! 話さない!! 集中して走りなさい!!」
「「はい!!」」
ちなみに……
余談だが、アレクシオスが組める命令式の数は三千だ。
基本、聖女と七騎士は全員命令式を千以上組んだ理術や魔術を扱える。
まあ、ニコラスがその中でも頭一つ飛び抜けているのは言うまでもないが。
「よし……最後はやっぱりお前か」
「手加減しないでね」
「当たり前だ」
アレクシオスはサリエルに向かい合う。
ポーカーフェイスを浮かべたままのアレクシオスだが……心中穏やかではない。
(こいつ、力をコントロールできていないだけで今でも十分に強いからな……)
サリエルの理力量は半端ではない。
それは入試会場破壊事件でも十分分かるだろう。
ニコラスはサリエルの暴発した、非常に効率の悪いホーリーアローを止めるために……
一万以上の命令式を組んだ結界を必要とした。
つまりこれが意味することは、それだけサリエルの理力量が尋常ではないということである。
アレクシオスの理力量は騎士としては並だ。
一方、ニコラスはそんなアレクシオスの……百倍の理力量を持つ。
そしてアニエルはそんなニコラスのさらに百倍であった。
サリエルはそんなアニエルの三倍の理力量を持つのだ。
どうしてここまで力の差が存在するのか……
アレクシオスには分からない。
この世界はあまりにも不平等である。
もっとも……理力量が多ければ多いほど、暴発しやすいのはサリエルの例を見れば分かる。
無論、アニエルもサリエルもかなり才能はある方だが……ニコラスには命令式の数では絶対に勝てないだろう。
大事なのは理力量だけではなく、経験や技術だ。
それらが不足しているサリエルは……将来的にはとんでもない実力になるであろう逸材と言えども、現状では大したことは無い。
試験会場を破壊するほどのホーリーアローを放てるのは事実だが、あのような大雑把な理術ではすぐに理力切れを起こすのは自明だし……そもそもあの時は動かない的だった。
プロの騎士ならばあのホーリーアローを交わすこともできるし、受け流すこともできる。
ニコラスも……周囲に守らなければならない生徒がいる、という状況下でなければ簡単にサリエルを無力化しただろう。
「とりゃああああああ!!!」
「っつ!!」
サリエルの一撃をアレクシオスは左手で受け止める。
アレクシオスの左手に痺れが走った。
(気の操作はまだ習ってないはずだが……やっぱりあれだけ理力があると、身体能力にも影響が出るな)
アレクシオスが強いのは気と呼ばれる力を操っているからである。
気は理力を変質させたものだが……理術とは効率性が段違いなのであまり理力量の差と気の力の差は出ない。
が、しかしサリエルほどになると話は別だ。
(とはいえ、これで掴んだ!!)
アレクシオスは木剣に力を込める。
あまり美しくない方法だが……サリエルが相手だと負ける可能性があった。
バキリ!!
木剣にヒビが入る。
しかしここで……
「ホーリーアロー!!」
「な、何!!」
アレクシオスの腹にサリエルのホーリーアローが直撃した。
アレクシオスは腹に気を集中させ、それを何とか耐える。
(っく……命令式の数は150。べ、勉強したことで上手くなったな……お、お父さん嬉しいよ。理力を込める時間があまり無くて威力が小さかったのは幸いだったけど)
理術を使ってはいけないとは定めなかった。
アレクシオスとしては文句はない。
まあ、一撃はあくまで木剣で入れたらなので……
ボキ!!
アレクシオスは折れた木剣を放り投げた。
サリエルとしてはアレクシオスの手から木剣を救出させたかったのだろうが、残念だがその程度で動じることはない。
くぐって来た修羅場の数が違う。
「じゃあ、サリエル君。走って来なさい」
「……はい。次は絶対に勝ちます!! アレクシオス先生!!」
アレクシオスはそう言って走りに行くサリエルを見守る。
アレクシオスは小声で呟いた。
「この分だと、三年くらいで抜かされるかな。俺も年だし」
アレクシオスは嬉しそうに、しかし少し寂しさや悔しさを感じながら……
溜息をついた。
「次の授業は歴史か……」
「絶対に寝る」
「ええ? そう? 私メルヴィン先生の授業好きだけどなぁ」
カリーヌ、シャルロット、サリエルは武術の訓練が終わり……
着替えながら雑談をしていた。
一コマの授業が終わってからは三十分の休憩があるので、余裕はある。
「話し方が眠くない?」
「私五分持たない」
「確かに話し方は眠いし下手だけど……聞いてると面白いよ?」
授業内容は良いが、話し方が絶望的につまらない。
というのが生徒たちからのメルヴィンの評価であった。
「でも、メルヴィン先生怪我してるじゃん……その、サリエルが……」
「歴史の授業で大爆発事件」
「う、五月蠅いなあ。ちょっと失敗しちゃっただけじゃん!」
一般的に大爆発をちょっと失敗しただけとは言わないが……
カリーヌやシャルロットは優しいので、曖昧に頷くだけにした。
「でも、となるとやっぱりお父さんが授業するのかな?」
「できるの?」
「お父さん、首席合格者らしいよ。しかも在学中ずっと一位で、卒業も首席だって」
「……あの親にしてこの子か」
シャルロットは血縁とは恐ろしいと戦慄した。
さて、想像通り歴史の授業はアレクシオスであった。
ちなみにメルヴィンは後ろの席で座って見学中だ。
「さて、歴史と一口に言っても様々な分野があるが……このコマでは女神族と魔神族の種族対立の歴史を学ぶ。さて……サリエル君、取り敢えず一般常識から行こう。女神族と魔神族の違いは?」
「はい、先生。女神族が使う力が理力であり、理力を使った技術が理術です。一方魔神族の使う力は魔力であり、魔力を使った技術が魔術です。これが両者の決定的な違いです」
まあ、ここまでは誰でも知っている基礎常識である。
アレクシオスは満足そうに頷き、次にカリーヌを指名する。
「では……それぞれの種族の種類について説明しなさい」
「はい。女神族は天翼族、巨人族、エルフ族、ドワーフ族、人族の五大種族。魔神族は不死族、吸魂族、獣人族、妖精族、鬼人族の五大種族に分かれます」
最後にシャルロットをアレクシオスは指名する。
「では……それぞれの種族が保有する神具について説明してくれ」
「はい。女神族に伝わるのが神具『女神の首飾り』でこれは天翼族の特定の血筋の人間かつ『先天性理力過剰体質』または『先天性理力超過剰体質』の体質の者のみ使用できます。この神具の使用者を俗に『聖女』と呼び……直近の使い手はアニエル・ド・ヴァロワです。現在は使い手はいません。そして……魔神族に伝わるのが神具『魔神の指輪』でこれは不死族の特定の血筋の人間かつ『先天性魔力過剰体質』または『先天性魔力超過剰体質』の体質の者のみ使用できます。この神具の使用者を俗に『魔王』と呼び、直近の使い手はアレクサンダー・フォン・リウドルフィングです。現在の使用者は女神の首飾りと同様に存在しません」
シャルロットは説明を終える。
アレクシオスは軽く手を振るって見せる。
するとアレクシオスの手に錆びた剣が現れた。
「そして最後の第三の神具『救世の神剣』。こいつは女神族でも魔神族でも使えるな。ただし剣に選ばれる必要がある。現在は二百年前から、我々女神族が所有している。現在の所有者は私、アレクシオス・クロンドールだ」
再びアレクシオスが手を振ると、神具は消滅した。
どこからでも取り出せるのだ。
「さて……本日は魔王と七選侯、聖女と七騎士の歴史について話そう」