第1話 勇者、手紙を出す
「……半年後か、サリエル」
「え? 何が? お父さん」
「いや、お前がオルデール公立学園に入学する日だよ。……今日であと、半年だったよな?」
アレクシオスは食事中に、サリエルに話題を振った。
サリエルの母親であるアニエルはサリエルを産んだ直後に死んでしまったので……
サリエルはアレクシオスが男手一つで十五年、育ててきた。
しかしサリエルも思春期である。
そろそろ、「私の下着とお父さんの下着を一緒に洗わないで」と言い出す年頃だ。(いや、幸いまだ言われたことはないが)
親子の絆が失われたわけではない。
失われたわけではないが……
少し、気まずくなってくる時期である。
そんなわけで、アレクシオスはどうにか話題を振ってみたのだ。
「まだ受験に受かったわけでもないのに、入学前提の話しないでよ。……落ちたら恥ずかしいじゃん」
「いやいや、お前の学力なら大丈夫だと思うぞ? 俺も十五歳の頃受けたけど、受かったし」
それにもし落ちても……
圧力やコネを総動員すれば、サリエルを無理やりにでも捻じ込むことは可能だ。
そう……
これでもアレクシオスは勇者、英雄なのである。
それを証明するように、今アレクシオスが生活している村―アレクシオスの生まれ故郷―の名前は『勇者アレクシオス村』である。
無論、アレクシオスが命名したわけではない。
村の村長と領主が勝手に命名したのである。
当然、アレクシオスは抗議した。
が、「何も産業もない我が村(領地)の唯一の取り柄なんだ、お願いだ!!」と村長と領主の二人に土下座して頼まれてしまったので、そのままになっている。
『勇者アレクシオス村』のおかげで観光業が盛り上がり、それで食べている人間も少なくないので、アレクシオスにはどうしようもできない。
話が逸れた。
「……お父さんがそういうから、みんな余裕だと思って合格前提の話するんだよ。お願いだから、そういうこと言わないで」
「す、すまん……」
アレクシオスは思わず謝ってしまった。
魔王も国王も教皇も恐れない勇者アレクシオスだが、彼にも恐れるモノが三つある。
一つはサリエルの母である聖女アニエル。
もう一つは彼の恩師であり、元勇者パーティーの一員であった魔女マリベル。
そして娘のサリエルである。
サリエルに「お父さんなんて大っ嫌い!!」と言われた日には、心臓ショックで死ぬ自信があった。
「ねえ、お父さん」
「な、何でしょう?」
思わずアレクシオスは敬語で反応してしまう。
すると、サリエルはそれが面白かったのか……クスリと笑った。
(母親に似て、美人だな……)
生まれた時は猿みたいな顔だったのに、こんなに美人になって……
アレクシオスは目頭を押さえた。
最近、妙に涙もろい。
年を取ったせいだろうか?
……まだ四十六歳なんだけどな。
アレクシオスは時の流れを嬉しく思うのと同時に、恨めしく思った。
「オルデール公立学園って、どんなところ?」
「どんなところ、か……まあ、そうだな。面白いところだよ。行ってみないと分からないと思うけどね」
アレクシオスはサリエルに学園時代の思い出を語る。
聖女アニエルと初めて出会ったこと。
アニエルが入学試験での実技会場で、試験場を派手にぶっ壊したこと。
アニエルが決闘騒ぎを引き起こし、先輩三十人を保健室送りにしたこと。
アニエルが課外授業で山をふっ飛ばし、山崩れが起こったこと。
アニエルが何かをやらかすたびに、その尻拭いに奔走したこと。
それから……
「……俺の青春時代って殆どあいつの尻拭いだったな」
思い返すと常にアニエルはトラブルの中心にいた。
アニエルの友人として常に一緒にいたアレクシオスも、当然それに巻き込まれ続けた。
「なあ、サリエル」
「なに? お父さん」
アレクシオスはアニエルの顔を真っ直ぐ見つめる。
天翼族の特徴である、白銀の翼。
髪はミスリルのように美しい銀色。
瞳は本物の翡翠が嵌め込まれているのでは? と勘違いしてしまいそうになるほど美しい。
睫毛は長く、二重で目元はくっきりとしている。
肌は白く、滑らかで染み一つない。
鼻筋も通っていて、形の良い眉毛も左右対称に配置されていて……顔全体のバランスもとても良い。
母親でありアニエルそっくりの美人顔。
胸元には赤色の宝石が嵌め込まれた首飾り。
そして……
正確な数値を測ったわけではないので分からないが、理力や腕力もアニエル譲りだろう。
唯一アニエルと違うのは、胸部と臀部が年の割に発達していることだ。
けしからん。
ちなみにアレクシオスは黒髪黒目の人族である。
顔にはそこそこ自信があり、若い頃はモテた。そして今でもモテている。
唯一欠点を上げるとするならば、酒癖ギャンブル癖女癖であるが……
それらはサリエルが生まれてから、かなり完治していた。
「……絶対に入学試験で学園を破壊するなよ?」
「そんなこと、するわけないじゃん!! バカ!! 私がそんなことするように見える?」
「……見えるから心配なんだよな、はあ」
あの後怒ってしまったサリエルとは口を聞くこと無く、就寝の時間となった。
今頃はスヤスヤと寝ていることだろう。
母親に似て、寝付きは良い。
そして明日には怒りも忘れているだろう。
すぐに怒ったり喜んだりするが、寝れば感情がリセットされる。
その単純なところも母親譲りだった。
何もかもがそっくり。
だからこそ、心配だった。
「アニエルもよく、言ったな……『そんなことするわけないじゃん!! アレクシオスったら、もう!! 私がそんなことするように見える?』って。で、実際に『そんなこと』をしなかったことなんて一度も無かったけど」
ベッドの中でアレクシオスは呟く。
聖女アニエルは馬鹿では無かった。
むしろ頭の良い女性だったが……アホだった。
そしてサリエルも同様である。
あの子はアホだ。
アホの子だ。
ド天然だ。
間違いなくやらかす。
アレクシオスは確信していた。
十五年、母親も含めれば二十八年の付き合いだ。
あの母親の娘ならば、間違いなくやらかす。
心配で心配で仕方がなかった。
そう……
あの時、二十八年前はアレクシオスがいたから良かったのだ。
尻拭いしてくれる友人がいたからこそ、聖女アニエルは無事に卒業出来て、そして魔王も討伐できたのである。
だがアニエルにとってのアレクシオスのような人間と、果たしてサリエルは出会えるだろうか?
分からない。
もし誰も尻拭いしてくれなかったら?
もし、虐めにあったら?
孤立したら?
考えれば考えるほど、アレクシオスは心配になった。
「俺が一緒に行ってあげられたら……」
だが四十六歳の新入生はさすがに不味いだろう。
社会的にも無理だし、そもそも入学できるのか怪しい。
それに間違いなくサリエルに「お父さん、気持ち悪い!!」と言われる。
いや、心の優しいサリエルは言わないかもしれないが……思われることは確実だった。
「うーん、どうするか……」
っと、そこでふとアレクシオスは思い出す。
そう言えば、教員免許持ってたな、と。
学園ではいろんな資格を得ることができる。
こう見えても勉強は出来るので……何かの役に立つのではないかと、取って置いたのだ。
こう見えてもアレクシオスは優秀な生徒だったので、一応全教科の教員免許を持っている。
これがあれば、学園に教員として行けるのではないか?
アレクシオスは熟考する。
実はアレクシオスは小遣い稼ぎに貴族の子弟の面倒を見たり、街の私塾で教鞭を取ったことも何度もあるので……
教える分は全く困らない。
アレクシオスは跳び起きた。
善は急げ、である。
「確か、あの婆さんはまだ学園長をやってたはずだ」
アレクシオスは机に向かい、紙を取り出し、ペンを走らせた。
親愛なる我が恩師、そして仲間である魔女マリベル様へ……
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