1-4 幽霊のアカウント
美凪が表示して見せた画面は、SNSサイト「なうたいむ」だった。コミュタグの検索窓に「#アプライズ」と入力してある。
「ほら、これ。現在進行形なのよ」
美凪はそう言って、ディスプレイを僕の方に向ける。
僕はディスプレイを覗き込んだ。ユーザーID「naquaniss」と他のユーザーがやり取りをしているくだりが映っている。
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かじゃ [@Kaja56] 2017/06/25 10:12:23
@naquaniss ってなんかの工作員?
シン・ろっどまん [@rodmanQ] 2017/06/25 10:34:51
例の幽霊アカウント、リプライ送るとたまに答える、ってのがよくわからんな。botってわけでもバグってわけでもないのな
たみー@カクヨム [@tamagawa0829] 2017/06/25 10:58:13
@rodmanQ アプライズのタグの中でだけ書き込みが見える、ってのを、本人が気にしてる様子がないのがよくわからないですね…
[@naquaniss] 2017/06/25 11:00:45
@Kaja56 工作員ではありません
べんさんは肉が食べたい [@sssssvenson] 2017/06/25 11:01:25
本人降臨ktkr。リアルタイムで見るの初めてだわ。
@naquaniss それはアプライズ社と関係があること?
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「ほらほら、どうよ? アツいっしょ」
なぜか誇らしげな美凪に生返事を返しながら、僕はログを過去へと辿ってみていった。横から那穂も覗き込んでいる。
どうやら、この「naquaniss」というユーザーは、約1時間に1度ほどの頻度で書き込みを行っているらしい。ただ書き込むだけでなく、他のユーザーからのリプライやメンション――「@」の後に、相手のユーザー名をつけて書き込むことで、その相手に対して話しかける行為――にも返事を返しているようだ。
* * *
みさきそのはら [@sonoharaxxx] 2017/06/24 19:32:14
@naquaniss ってか、その書き込みをここにするのはなぜですか?煽りではなくて、単純に目的がわからないのですが
シン・ろっどまん [@rodmanQ] 2017/06/24 19:46:12
@naquaniss @sonoharaxxx アプライズのコミュタグにだけ現れるってことは…目的はなに?まさか内部告発クルー?
ゴエ@JK [@goegoe555] 2017/06/24 20:00:58
これ書いてるのが誰でもいいんだけど、平日の午前中からご苦労なことだよね
ニートか、アプライズ社クビになった人かなにか?
喪々川もっく [@__mocman] 2017/06/24 20:22:34
@goegoe555 ああん?naquanissたんは幽霊だよ!決まってんだろ!
[@naquaniss] 2017/06/24 21:00:45
@rodmanQ 私は誰かに気づかれなくてはならない
ゴエ@JK [@goegoe555] 2017/06/24 21:05:58
@__mocman いやいや、そういうのいいからw 真面目な話、幽霊だとしたら逆に不自然な気がするんだよね。霊界にプロバイダってあるのかとか、文字コードはなんなんだとかw バグか、手の混んだ釣りだと考えるのが自然、とマジレス。
コー・ヤンセン [@kohsann91] 2017/06/24 21:18:12
またこのパターンかー なんなんだろう、構ってちゃん、ってことなのかな RT @naquaniss @rodmanQ 私は誰かに気づかれなくてはならない
じょう[@Gibken_zz] 2017/06/25 21:38:46
お前ら、ここは#アプライズ のタグコミュニティだぞ。ちゃんとそれに沿った話をしなくちゃだめじゃないか。というわけで、 @naquaniss 新しいMagicTabⅢってどうよ
[@naquaniss] 2013/06/25 22:54:23
@Gibken_zz 気がついてほしい
白鳥沢愛 [@sawadon2222] 2013/06/25 22:12:33
なんじゃそりゃ
シン・ろっどまん [@rodmanQ] 2013/06/25 22:31:57
外国のファンの方でしょうか RT @naquaniss @Gibken_zz 気がついてほしい
みさきそのはら [@sonoharaxxx] 2013/06/25 22:42:24
なんか日本語不自由だな
夕張マンゴー [@golppen] 2013/06/25 22:46:10
@sonoharaxxx なんか人間味感じないですよね。botかな?
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僕はその「naquaniss」の書きこみからユーザー名をクリックし、そのユーザーのプロフィール情報ページを表示した。
――なるほど、一応は表示されるものの、確かに全て空白のままだ。普通は、新規登録時にある程度の情報入力が必須になるはずだが。書き込み履歴もやはり、0件だった。今見ていた書き込みさえ、無いことになっている。
次に僕は、ユーザー検索ページから「naquaniss」を検索してみた。結果は、「このユーザーは存在しません」――記事にあった通りだ。
「全ユーザーに対してブロック設定かけてるとかじゃないんですかね?」
振り向くと、真田も一緒になって画面を覗き込んでいた。
「そんなめんどくさいことするかなぁ?」
「でなければ、サーバーをハックしてDBを経由せずにPHPに直接書き込んでるとか」
「……いたずらでそこまでするか?」
「別に不可能なことではない、という話です」
「いやいや真田くん、野暮なことをいいなさんな。幽霊だった方が面白いでしょ!?」
「いえ、別に」
「……はいはい、私が悪かったよ」
「それか、ネットの中に住んでる人なのかもねー」
「ああ、個人的にはそっちの方が面白いですね。ネットワークに人間の意識をジャックインさせる技術が実用化されたのなら、すぐにでも被験体にして欲しいんですが」
結局、「なうたいむ」のユーザーたちも美凪たちも、面白ければなんでもいいのだろう。だが、僕はなんとなく、ただ面白がる気にもなれなかった。
真田のいうとおり、その気になればトリックを仕込むことは可能かもしれないし、なんらかのバグだという可能性、または「なうたいむ」の運営会社とアプライズが仕込んだなんらかのマーケティングという可能性もある。
僕は美凪たちの会話を聞きながら、#アプライズのコミュタグを過去へとどんどん遡っていった。アプライズ社の新製品情報などは、最早だれも話題にしていない。
先の記事によれば、幽霊アカウントが話題になり始めたのはここ1カ月ほどのことだという。ならば、それくらい遡れば、最初の書き込みが見つかるはずだ。
書き込みを遡るにつれて、「naquaniss」の書き込み頻度は減っているように思えた。書き込み内容はそれぞれ違っているが、内容はどれも、誰かからの質問に対して「気づいてくれ」というようなことを返しているものが多い。この世に未練を残して亡くなった地縛霊、ってのが話すと、こんな感じなのだろうか――と、そう思えなくもない。
ちょうど1カ月前まで遡ると、他のユーザーとの会話ではない、「naquaniss」が普通に書き込んだものがあった。
「……え?」
それを見た瞬間、僕は思わず上ずった声を出した。何度か読み返し、後ろを振り返る。美凪たちは脱線したまま話を続けていた。
「おい……おい、これ」
「どうしたの?」
呼びかけた僕の声に気がついた美凪が返事を返してくる。だが、僕はそれを半ば無視した。
「那穂! ちょっとこれ……」
「え? どうしたんですか?」
僕は、ディスプレイの前から身体を少しどけ、那穂にその書き込みを見せた。
* * *
[@naquaniss] 2017/06/18 2:00:45
君の意志を見せて。そうすれば、世界を見せてやる。