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1-2 人工知能と『ターミナル』の話

“ハロー、マスター。なにかご用ですか?”



 液晶ディスプレイに古典的なコマンドプロンプト画面、その黒い画面の上に白いフォントで『ターミナル』のメッセージが表示されている。僕はその画面に向かい、コーラを飲みながら午後の仕事を始めようとしていた。


 ここ、僕の勤務する「MKラボラトリ・オフィス」の現在の主な研究内容は、この「量子ビット式ターミナルタブレットデバイス」――通称『ターミナル』を使用した、対話型擬似人工知能OSの開発だ。


 手っ取り早く言えば、人間が「操作」をすることなく、会話形式で作業を命令できるコンピューターのこと。SF漫画やアクションドラマなんかによく出てくる、あれだと思ってもらえればいい。



『ハロー。さっきはうまくいかなかったね』



 僕はそう入力した。これがSF漫画だったら声をかければ済むところだが、その機能はついていない。普通のタブレットPCやスマートフォンのように、表示された文字パッドでメッセージをフリック入力して会話をする。



”大変申し訳ありません。アプリケーションに依存する操作は限界があることを許容していただけると幸いです。”



 午前中までやっていたのは、ラボの活動報告資料の作成だった。開発進捗や経費、予算に関するいくつかの数値を表計算ソフトでまとめて表にする――これを、例えば「月ごとにグラフ化してくれ」とか打ち込めば、『ターミナル』がその言葉を解釈し、適切なアプリケーションを操作して勝手に処理してくれる、というわけだ。まさに、夢の機械。コンピューターのあるべき姿。


 とはいえ、まだまだそこまでうまくは動いてくれない。というか、はっきり言えば命令を打ち込まずに自分の手でやった方が早い。しかし、こういうことを敢えて『ターミナル』にやらせ、「教育」をしながらデータを取るのが僕の仕事なのである。



『専用のプログラムを、真田が開発してくれるよ』



 僕はさらにそう打ち込む。実際に真田が作るかどうかは知らない。しかし、ここで真田の名前を出すことが、この研究では結構重要なことなのだ。


 このシステムは、言葉の意味やデータの内容を「曖昧なまま」処理することができる。


 僕が「真田」と呼ぶラボの同僚、あの不愛想な真田穣という男は、この『ターミナル』の中にデータとして存在しないし、インターネットを検索すれば出てくるほど一般的なことでもない。それでもこの『ターミナル』は、形而上の抽象的な「真田」という存在を想定して話ができる。もちろん、会話を積み重ねていけば、『ターミナル』が想定する「真田」のイメージはより具体的になっていくだろう。



”恐縮です。その際にはどうぞよろしくお願いします。”



 どうも、今回のバージョンは謝りすぎな感じがする。これまでに入力したデータに、少し強めの感情がこもり過ぎていたのかもしれない。


 コンピューターに抽象的な思考を可能にさせたのは、この特殊なタッチタブレットを入力システムに採用したことが大きかった。タブレットを叩いたりフリックしたりする速度や強さ、動きの大きさ、そして指先の温度や生体電位などから「雰囲気」――使用する人の感情や表情を読み取り、それを「揺らぎ」として入力データに保持する。同じ言葉が、文脈や背景によってさまざまな意味の可能性を持つ――それをこの『ターミナル』は理解しているわけだ。


 だが、そのために人間の感情に敏感に反応し過ぎることがあり、今回のように受け応えに妙なクセがつくということが良くあった。こうなるとまた、データを初期化しなくてはならない。初期化と再設定の手間を思うと気が重くなる。


 コーラの缶が空になっていたことに気が付き、僕は席を立った。戸棚の上に置いてあるポットでインスタントのコーヒーを淹れる。


 席に戻り、カップに口をつけながら何気なく『ターミナル』を眺めた。

抽象的な情報の処理が可能だとはいえ、この『ターミナル』自体には感情があるわけではない。



(謝りすぎ、か……)



 どんなに丁寧な謝罪の言葉を『ターミナル』が返したとしても、それはこちらの入力に対し、プログラムが返す機械的なリアクションに過ぎない。インターネットでどこかのサイトを見ていて、「大変申し訳ありません。現在サーバーが混み合っております」とか表示されるのと、本質的には同じものだ。


 文脈上正しくその言葉が表示されれば、それはやはり「謝罪」ではあるのだが、不気味と言えば不気味な話だとも思う。当たり前のように見えていても、なにか現実が歪んだような感覚。



「幽霊と会話するとしたら、こんな気分かなぁ」



 うすら寒いものを感じ、僕は熱いコーヒーに口をつけた。


 そこで先ほど、那穂がしていた夢の話を思い出した。

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