第4話 俺と敗北と考察
「ゲホッ! ゲホッ!」
やべぇ、もろに入った……。
ウサギは俺にタックルを食らわせて、すぐに距離をとる。
いつの間にか、隠れ実ももう一つ取られている。
俺は、ウサギと睨み合う。
ダメだ。ウサギに隙が無い。俺の腰には石斧、ポケットには投擲用の石があるが、俺が少しでも動く素振りを見せようものなら、こいつは、すぐにでもまた俺に飛び掛かってくるだろう。そのくらいの距離を維持している。こいつ……戦い慣れてやがる。
さて、どうする……? このまま戦うか? それとも逃げるか? 隠れ実を取られたまま?
俺はウサギと睨み合いながらも、頭の中では必死に考える。
ん? 待てよ……隠れ実か……俺はチラリと左手に残った隠れ実を見る。
「……よし。これでいくか」
俺は小声で呟く。作戦は決まった。
だが、ウサギも俺から何かを感じ取ったのか、さらに警戒心を強めるのが分かる……。
――――!!!
俺は咄嗟に左手にある隠れ実を右手に持ち替える。
その瞬間、ウサギも地面を蹴った。
そして、俺は右手に持ち替えた隠れ実を、すぐにウサギへと投げる。
本来、投擲は中距離に設定された攻撃手段であるはずなので、近距離で狙いが付け難いが、俺は腕を回さず、ほとんど肘から先だけを使って投げた。
ウサギはまさか、この距離で、しかも隠れ実を投げるとは思ってなかったのだろう。真っ直ぐ突っ込んで来たウサギは驚いて、慌てて方向転換をしようとするが、間に合わず、隠れ実が胴体に当たった。ウサギは、直撃した衝撃で動きが止まる。
そんな様子を横目で見ながら、俺はすでにこの場から逃走していた。
今の俺では、このウサギに勝てないと思ったからだ。ファンタジーなこの世界、ウサギに負けて死亡なんてこともあるかもしれない。逃げるのも手段の一つだ。隠れ実三つと尖った石が犠牲になったが、仕方がない。生きている限りは、またあいつに挑戦出来るのだ。今回は、負けだが次は負けない。そう心に誓いながら、俺は拠点へと逃げ帰るのだった。
拠点について一息つき、俺は、体に異常がないかを確かめる。
「うわっ! なんだこれ!?」
俺は、すぐに異変に気付いて声を上げた。
ウサギにタックルされた俺の体の部位……お腹の鳩尾辺りが、光の粒子となっていたからだ。いや、比喩とかではない。物理的にだ。光の粒が俺の体から空気中へと溶け出している。体の後ろのほうも見てみると、こちらも少しだが粒子となっている。
俺は、ハッとして視界の端にあるHPバーを見てみる。予想通り、HPバーは減っていて、バーの色も今まで緑だったものが、オレンジ色になっている。
そして、徐々にだが、現在進行形で、バーの長さも短くなっている。
「マジか……」
どうやら、俺の体もいつの間にか、ゲーム的仕様になっているらしい。いや、でも確かに考えてみれば、不思議なことが多々ある。
まぁ、視界に映っているHPバーもその最たる例だが。まず俺はこの世界に来てあまり疲れていないのだ。昨日あれだけ歩いたというのに、今日の朝はパッと起きれた。いつもの俺なら前日に運動をしたら、疲れて起きれないこともあった。筋肉痛で全身痛くて動けないこともある。ってそうか、筋肉痛もない。
昨日から【投擲】スキルを使いまくっているが、肩や腕などに一切痛みがない。それに、今だって全力で走って逃げてきたのに、少し休んだだけで、もう息切れなどはしていないし、疲労感も少ししかない。あと、考えてみれば水だ。俺はこの世界に来て、まだちゃんとした水を飲んでいない。隠れ実の水分だけで生きている。これもよくよく考えると変ではないか?
「考えてみれば、おかしい事だらけだ」
だが、今はそれを考えるより、この粒子がどうやって治るかだ。こう考えている間にも、どんどん粒子は空気中に消えていく。もしかして、ずっとこのままとか……。いや、それは考えたくない。
こういう時は、冷静に分析だ。もうこの世界に来て何回もやっている。そのおかげで、今の今まで生きられている。ここだけは、自分で褒めてもいいところだ。
「よし」
一つずつ整理していこう。
最初に、この粒子はウサギにタックルされてできた。それより以前は無かったはずだから、これは事実だ。普通に考えて攻撃を受けたら、打撲や血などが出るはずだが、タックルを受けてできたのは、打撲などの内出血とかではなく、この粒子だった。という事は、この粒子イコール俺が元いた世界での傷ということだ。何ともゲームっぽい仕様だ。
粒子=傷。
となると、傷を治すためにすることを実行しれば、この粒子が治るという事か?
傷を治すためにすることといえば……絆創膏を貼る? いや、まず持ってないし、この世界にはありそうにない。それに俺が受けたのはタックル。絆創膏では治らないだろう。
他には、医者に診てもらう? その前に人がいない。
アロエなどの傷に効きそうな植物を探す? この世界にあるのか? それにこの世界の植物は地球と似ているようで、どこか違う。
他には……。
「ん? 待てよ……」
この世界がゲーム仕様とするなら、ゲーム的な回復方法もあるんじゃないか?
例えばほら、薬草で治すとか。あ、でも、どの草が薬草か分からないか……。
ゲームっぽく、回復魔法とかか? いや、魔法もまだあるか決まってない。魔法的な生物はいたが。
あとは、アクションゲーム的な考えで、何かを食べると回復とか?
「ん?」
それは、アリかもな……。やってみる価値はある。
何より食べるだけだから簡単に試すことが出来る。ウサギに補充分の隠れ実は全部取られてしまったが、まだ一応、四個は隠れ実が残っている。
思い立ったら、すぐに行動だ。俺はさっそく隠れ実を食べることにした。
結果。とりあえず、成功で良いのかなと。
とりあえず、というのは、一応粒子が空気中に流れるのは、止まったからだ。それにより、視界のHPバーの減少も止まった。HPバーの値は、5分の3を残したところで止まっている。
だが、俺のお腹は、粒子で覆われていて少し削れたままだ。詳細は分からない。背中のほうも同じだ。
もしかすると、粒子が空気中に流れているのは、出血と同じような事かも知れない。傷は残るが出血は止まったよ的な。果実を食べただけで、出血が止まるというのも、どうかと思うが……今更か。
食べたのが、キノコだったら回復した上に身長も伸びたのかもしれないのにな。
「よし……」
冗談も思いつくくらいには、余裕も出てきたので、俺はさっきの戦闘を思い出す。反省して次に活かすためだ。
始めに攻撃を受けたのは、俺が実を取って帰ろうと安心したところ。改めて考えると、完璧な奇襲だ。相手が安心しているところに一撃。あのウサギは本当に戦い慣れていたところが、これだけで分かる。
次に、俺が石を投げ、それを避けてからのまた一撃。あの動きは、俺が石を投げるのを知っていたかの動きだった。もちろん、そんなはずはないので、俺と向かい合って一瞬で、俺の手に石があることを見て、その石をどう使うのかを予想していたのだろう。
もしかしたら、石が小さいことまで見て、俺が石を投げることまで見越していたのかもしれない。
もし、あのウサギが人間でいう達人の部類だとしたら、そこまでは普通に読んでくる可能性はある……。
さらに、俺と睨み合っていた時の間合いも完璧だったように思う。俺が石をポケットから出す、或いは腰の石斧を取ろうとすれば、すぐにでもまた突撃出来る位置に、あのウサギはいた。プラス、万が一、俺が武器を取り出せたとしても、あの間合いでは、俺の【投擲】スキルが完全に活かされない。
今思えば、やはりあのウサギは凄い。強いだけでなく賢い。
ウサギの評価はこれくらいにして……次は俺の反省点だな。
第一に、やはり戦いに慣れていないという事か。これは、今後、実際に戦っていく事でしか感覚は掴めないものだろう。だが、実戦をしなくても準備は出来る。今の俺に足りないところを探していこう。
そのためには、今の俺の能力を確認だ。
「ステータス閲覧!」
〇 アカシ シュウト
・取得スキル一覧
【投擲】1.73
:技《上方散乱両手投げ》
:技《一球入魂》
・以下取得未満スキル一覧
【歩き】0.77
【恐怖耐性】0.95
【物拾い】0.50
【観察】0.83
【採取】0.14
【潜伏】0.11
【武器作成】0.46
【逃走術】0.20
投擲は、前回から結構上がっているが、それでも2.00まではいかない。1.50を超えた辺りから上がり方が少し落ちた気がするんだよなぁ。
取得未満スキルで、前回から増えたのは、採取、潜伏、武器作成、逃走術の四つだ。
採取は、蔓とかを取っていたからだろうか? 隠れ実を取っても採取の気がするが、よく分からないな。
潜伏は、どこかに潜む事だよな? スキルが発現しているという事は、俺が潜伏という行動をしたという事だが、潜伏した覚えはないしな。これもよく分からない。
武器作成は、石斧を作った時に発現したのだろう。これで、生産系のスキルもあるという事が分かったな。
逃走術は、ウサギから逃げた時だろう。一度しかこの行動をしていないはずなのに、他のと比べて数値の上りが大きい。やはり、まだ俺が思いつかない数値の上がり方が存在するのだろう。
さて、この中で戦闘に役に立ちそうなのは……投擲、潜伏、逃走術、辺りか。戦闘を支える? 間接的に役に立ちそうなのは、武器作成、観察、かな。
一つ一つ考察していこう。
投擲は、俺の初のスキルであり、今のところ戦闘の要だ。投げる動作をしたときに補正が掛かる。今のところ、技は二つ。これを踏まえた上で、他に出来ることと言えば、数値上げつまりレベル上げ、それから、技を増やす事かな。手っ取り早く戦闘に貢献出来そうなのは、技を増やす事かな。未だに技を覚える条件は、確定してはいないが、本気で検証してもいない。この機会に検証してみても良いかもしれない。
さて次は、取得未満スキルだ。まず、これらの前提として取得未満であるので、数値を上げるレベル上げをしないといけない。だが、これから生きていくのに早くに取得しといて損はないだろう。
潜伏は、忍者のように物陰から敵を倒すのにとても役に立ちそうだが、先程も考えた通り、レベル上げの方法が分からないから、保留だ。
逃走術は、おそらく、何かから逃げると数値が上がる仕様だろうが、これは相手がいる前提なので、一人で安全にレベル上げが出来ない。なので、これも保留だ。
次に、間接的に戦闘に役に立ちそうなスキル。
武器作成の数値上げは良いかもしれない。ただ、レベル上げに時間が掛かりそうなのがネックだ。これは、時間があるときにコツコツやるしかないだろう。
観察は、今のところ役に立っているのか、役に立っていないのか分からないスキルだ。いや、どちらかというと、絶対に役にたってはいるのだが、あまり恩恵が分からないスキルである。取得未満だから、恩恵が無いと言えば無いんだが。また、これが戦闘に役立つというのも微妙なところだ。一瞬で相手の特徴が分かるとかなら戦闘では相当役に立つんだろうけど。うーん、これも保留かな。
あと、一応、恐怖耐性もあるが、これはおそらく恐い出来事に遭う事で数値が上がるだろう。これも、自分ではどうしようもないから保留だ。
現状のスキルの考察はこれぐらいだな。
「まとめると……」
優先 投擲スキルの技の獲得の検証。
次点 武器作成のレベル上げ
他 おいおいレベル上げ
「こんな感じかな」
うん。だんだんと俺のやるべきことが分かってきたな。
この際だから、徹底的に他の出来る事も考えてみよう。遥か昔から、人は考えて生きてきたんだ。現代にいた俺には、その昔から歴史を紡いできた人たちの知恵が沢山あるはずだ。考えろ。昔の人は、どうやって生きてきた? 考えたら答えはでるはずだ……。
あれから考えた末に、俺は大事なことを忘れていることに気が付いた。
それは、何もスキルに頼るだけじゃあ、戦闘じゃない、という事だ。
石斧だって投げるだけじゃない。鈍器にも成り得るのだ。むしろ、こちらのほうが正しい使い道だ。
知らず知らずのうちに、俺はいつの間にか、スキルに頼りすぎていたのだ。一つの事に固執して、別の道、別の方法を考えもしなかったのだ。
このことを、今、まだ早いうちに気付けて良かった。このまま気付かずに、この異世界生活をしていたら、どこかで取り返しのつかない事が起きていたことは明白だ。俺は心のどこかで、この世界が異世界だと、ゲームの世界だと、浮かれていたのかもしれない。本当にこの世界に来て、色んなことを思い知らされる。むしろ、この世界は現代よりも厳しい世界なのだ。
という訳で、最終的な戦闘についてに考えは、こんな感じだ。
1、スキル、技の検証
2、石斧を使った近接の戦い方
3、罠の作成
4、武器の作成
変わった点は、見て分かる通り、2と3の項目だ。スキルが無くても出来る事を探した結果こうなった。投擲スキルを持つ俺にとって困ることは、近寄られた時だ。基本、投擲は中距離向けの攻撃手段。その間合いより、近くに来られたら対処は格段に難しくなる。という訳で、近接でも少しは、戦えるようにと思ったのだ。そして、罠は昔から人が動物と戦うために作られた知恵だ。罠に掛かるのを待つのではなく、あらかじめ設置して、そこに誘導するのもアリだろう。
生き残るためには、すべての力を出そうと俺は決めたのだ。