第3話 俺と石斧とウサギ
この世界に来て二日目。
初めての朝、俺は日が昇る前に起きていた。起きたら全部夢だった……などという事は無かった。
起きたら、普通に茂みの中にいたよ……。日の出前に起きるというのは、少しジジくさい気もするが、早く寝たので早く起きるのはしょうがない。ただ少し問題なのは、思ったより疲れていて夜中は爆睡していたことだ。寝ているときに何かが起きても気が付かないのは非常にまずい。今日は、何も無かっただけ良しとするが。今日以降は寝るとき、何か対策を考えないとダメだろう。
そして、俺はまだ寝床から動けないという状況が続いていた。その理由は主に二つ。
一つ目は、まだ夜明け前という事なので、辺りが暗くてよく見えないのだ。日が出てないのもあるが、ここは森の中。俺の上を覆う木々たちで光が遮られてもいるのだ。
二つ目は、昨日は聞こえなかった野犬か何かの遠吠えが俺が起きてから、時たま聞こえてくるのだ。
という理由から、俺は今動けないでいた。とりあえず、日が出るまでか、遠吠えが聞こえなくなるまでは、このままじっとしていたいと思う。
それで、ただじっとしておくのも何なので、とりあえず、今日の予定とこれからの目標を立てたいと思う。
まず、今日の予定から。
まぁ、これといった予定というのは無いが、起きたらとりあえず、隠れ実を食べて、そのあとどうするかだな。
「拠点をグレードアップするか?」
それなら、拠点の材料集めのために森の探索だな。
「いや、場所を変えるというのもアリか……」
場所を変えるなら、森を探索するしかないな。
どっちにしろ周辺の探索は必須かもな。じゃ、とりあえず、結論は日本人らしく保留だな。
ごはん食べた後は、周辺探索をするか。拠点を移すか留まるかは、それから決めるとしよう。
「他にやることは……」
食糧を探すとかか?
まぁ贅沢をいうつもりはないが、そろそろ隠れ実にも飽きてくるだろうしな。他の食べられる植物を探すか、動物を狩るかか。
植物はやっぱり森の探索をしないと見つからないな。動物は、現実的に考えて罠が一番いいのかな。
スキルで戦うというのも選択肢としてはあるが、肉食生物だと危険だしな。草食動物なら何とかいけるかもしれない。
「となると、スキルが肝心になってくるか」
スキルのレベル上げも良いかもな。あと、スキル以外でいうと、武器の作成とかもアリか。旧石器時代の石斧ぐらいは作れそうだ。
という訳で、だいたい今日の予定は決まった。まとめるとこんな感じか。
朝起きて、隠れ実を食べる。
野犬などの危険そうな動物に出会わないように、周辺を探索。
それから午前中は、拠点のグレードアップを少しして、石斧の作成。
午後はとりあえず、隠れ実を取りに行って食料の補充。
それから、日が落ちるまでは、もう一度拠点周辺の探索。
「こんなもんかな」
まぁ、これ通りにならなくても、一応の指標があったほうが、時間を無駄にすることはないだろう。
次にこれからの目標。
一番は、やっぱり、元の世界に帰る事だけど。厳しいんだろうなぁ。なんたって、ここは地球ではないんだし……。時点では、人里を見つけることか。他の人がいるだけで、俺一人が出来ないことも出来るようになるし、安心してこの世界で過ごすことが出来るからな。
もし人里が遠い、見つかるまでの目標は、安全に暮らす事かな。
そして、生き物が暮らすには水が必要不可欠だから、川などの水辺を探す事が絶対だな。川などに沿って人里が形成されていることもあるからな。
やっぱり、一番の目標は、水場を探す事だ。
と考えている間に、もう既に、太陽がおはようと顔を出していた。上空を木々で覆われているこの場所にもキラキラと木漏れ日が差し込んできている。
「よし、今日も一日頑張りますか!」
そう自分に言い聞かせながら、俺は茂みから起きだした。いつの間にか、野犬の遠吠えも聞こえなくなっていた。
「お! ここら辺は蔓のある植物が多いな!」
そう言って俺は、四つの石たちの中で一番尖っている子をナイフ代わりにしながら、蔓を採取していく。この蔓たちは、のちのち色んな所で活躍していくことになるのだ。
そうして、採取しながら森を探索していると、突然森が開けた。
「ん?」
俺は森が開けた場所に出て、周囲を見渡してみる。
振り返ったところで、遠くのほうに隠れ実の木が見える。
「あ、なるほど!」
どうやら、森のほうが曲がっているらしい。簡単に説明すると、左側が草原で、右側が森で真っ直ぐに境界線があった場合、左側の草原の部分に右側の森が丸くはみ出しているのだ。
俺はその下のほうから、森に入って、そのまま突っ切ったため、上の方にある草原に出たらしい。
そうと分かったら、一回戻るか。そう決めて、俺が戻ろうとした時。
「なんだあれ?」
視界に何かが横切った。
「走る火……?」
一言でそれを表すとこの言葉が一番しっくりくる。
こぶし大の火が地面を走っているのだ。ただその火は走ってはいるが、周りの草とかには引火していない。
「どうなっているんだ?」
俺は好奇心からその火を追いかける。火が止まり、俺も止まる。
そいつは、ネズミだった。ただ見て分かる通り、ただのネズミではない。そのネズミは火を纏っていたのだ。これが本当の”火鼠”である。
「この世界には存在するらしいな……」
月に帰っちゃうお姫様は、この世界出身なのだろうか。おそらく、あのネズミの皮は、火に入れても燃えないに違いない。今も実際に燃えてるけど……。
俺がそんなことを考えている間に、火ネズミは走り去っていった。流石、異世界。やはりこんな不思議な生物もいるんだな。きっと、龍の首の玉とかもあるに違いない。あ、実際にドラゴンもいたんだった。
と、冗談はさておき、そろそろ拠点へと引き返すことにする。結局水場は見つからなかったなぁ。
次は、森のほうにでも行くとしよう。
そして、拠点へと戻ってきた俺は、予定通り拠点を少しグレードアップすることにした。
といっても、拠点の周りで歩きにくい場所を少々整えるだけだ。邪魔な枝や草などを取ったりするだけである。重労働って言っちゃあ重労働だが、緊急時に素早く逃げられるようにする大事な作業である。
作業は30分程でひとまず終了して一旦休憩に入る。仕事する時は仕事する。休む時は休む。大事なことだ。
「さて、旧石器時代の石斧てきなのを作ろうと思うのだが……」
ちゃんと作れるかな……不安ではあるが、そう思いながら、歴史の教科書で見たはずの石斧を思い出す。
うん。かなりうろ覚えである。
まぁ、自分なりに試行錯誤しながら作っていけばいいだろう。自分で使うものだから正解とかはないしな。
「よし!」
と一度、気合を入れる。
まずは、材料の確認だ。
50cmほどの長さの少し太い木の枝。拾った石。植物の蔓。以上だ。
おそらく、こんなもんでいいだろう。石と木の枝を繋ぐ蔓の部分に一番苦労すると思うので、あらかじめ蔓は沢山用意した。まぁ、足りなくなったら、取りに行けばいいんだけど。
作業開始からおよそ一時間。すごい不細工なフォルムの石斧が完成した。
うん……我ながらこの出来はない……。
俺の頭の中での石斧のイメージは、なんとなくT型のフォルムだったんだが、そうしようとすると、これがどう石と枝を繋げていいか分かんねぇの。結局、完成したのは、なんか枝に石が磔にされた感じのやつ。蔓で石をグルグル巻きにして枝にくっつけただけのやつだ。これを考えると、旧石器時代の人たちがいかに凄かったのかが分かる。
どうやら、俺は旧石器時代の人以下の存在らしい……。自分で言ってて悲しくなるが。
「よし。一応は、完成したし……投げてみるか」
別に投げることに他意はないが、何となく思いついた耐久テストやろうと思ったのだ。使用して始めて分かることも多いからな。
「という訳で」
あの木に狙いを定めて……。
――――技《一球入魂》
俺は技を発動させた。
石斧でも発動出来るのかと、試しにやってみたがちゃんと発動するようだ。
体が勝手に動く気持ち悪さは多少あるが、だんだんと慣れてきてもいる。
技のモーションに入る。まずは、三秒以上、投げる物に”想い”を入魂である。
1、2、3。チャージ完了だ。だが、俺はそれ以上にチャージする。これも初の試みだ。
……8、9、10。と数えたところで、俺は石斧を振りかぶり―――――投げる。
その瞬間、HPバーが今までの2倍は減った。が体に異常は起きてないので大丈夫だろう。
石斧はクルクルと回りながら、狙った木へと飛んでいく。
――――!!!
木と石がぶつかり合う鈍い音が、森の中に木霊した。
10メートル程離れたところにあるその木には、見て分かる程の傷が付いていた。やはりチャージするほどに、威力も上がるらしい。狙い通りの木にもいったので、命中も良くなっているんだろう。
だが、肝心の石斧はというと、完全に壊れていた……。
「また、作り直すか……」
そう言いながら、俺は投げた石斧の残骸を取りに行くのだった。
太陽も頂点に達する頃、俺は一旦、武器作りを終えた。意外と熱中して作っていたので時間が過ぎるのが早かった。
あれから改良に改良を重ねた石斧は11号になっていた。作っては投げて壊し、作っては投げて壊し、を繰り返した結果出来たものだ。だんだんと作業をしていくうちに、ドコが壊れやすいかなども分かるようになったり、蔓の巻き方、縛り方も最初の石斧よりだいぶグレードアップしている。まぁ、形はT型ではなくさっきと同じ磔型だけど。でも、これにより、10回は思いっきり投げても壊れにくくなった。技を使ったら、チャージ秒数に限らず、一発アウトだが。
そして、これは、副産物というか何というか、分かったことが一つあった。
スキルについてである。石斧を投げていることで、もちろん数値は上がっているのだが、石を投げていた時と、若干だが、数値の上がりが良いのだ。
これを考えるに、三つほどの考察が浮かんだ。
一つは、単純に石だけの時より重いモノを投げているから、という考えだ。ただそう考えると、より重いモノを投げればいいのかという事になるので、そうではないと思う。
二つ目は、色んな種類のモノを投げたら数値が上がるのではないかというものだ。これに関しては、色んなモノを投げることで検証が出来るということで、比較的楽な検証で分かるだろう。時間がある時に検証することにする。
三つ目は、投げるモノに対して投げ易い、投げ難いなどの難易度が設定されているという可能性だ。例えば、石より石斧は重心が分かりにくいから、投げ難いので数値が上がりやすいよ、みたいな。これも検証は出来るので後から試してみる価値はあるだろう。
とりあえず、今日の午前中の成果はこんなもんだな。
予定通り、昼食を取ってから隠れ実を取りに行こう。
昼食を食べ終えた俺は、隠れ実を取りに行くため、装備を確認する。
腰には蔓で作ったベルトにかけた石斧11号。
右手には、俺の兵士石たちの中で一番尖った子。
ポケットには、新メンバー二人を加えた四つの石たち。もちろん左右二つずつの相部屋だ。
「準備完了!」
これより、食料調達の任務に出発する。
これを一人でやってるいるんだから寂しい……。
特に何事もなく、隠れ実の木の生息地域についた。まぁ、拠点から一番近い木まで、徒歩20分程なのでそれほど遠くはない。
――――技《上方散乱両手投げ》
新しく加わった新メンバーも一緒に石たちはそれぞれ突撃していく。
隠れ実を探すためだけにあるような技だが、他に使い道はあるのだろうか。思いつくのは、飛んでいる鳥とかを当てる為に使えそうだが、俺にあのカラフル鳥様を落すことは出来ない。あの鳥は俺の命の恩人……恩鳥なのだ。
なんてことを考えながら、俺はあぶりだした隠れ実に石を投げていく。
「よっと!」
ナイスキャッチ! そして、三つ目を取った俺は、石たちを回収し、帰還の準備をする。
ちなみに、今回は上半身裸などという事はしない。なぜなら、今回は、この救世主、蔓様がいるからだー! 隠れ実の房の部分を、蔓で巻いて縛ると、背負って歩けるからだー! ふふふ。流石、蔓様。万能である。
と、来た時の装備プラス隠れ実を持って俺は帰路につく。
だが、帰り道。事件は起きた。
もう少しで、森の入り口というところで、俺の視界にメッセージが現れると同時に、あの音声が鳴った。
――――技《強盗タックル》
直後、俺の背中に衝撃が走った。
「痛っ!!」
俺はたたらを踏むが、何とか転ぶのは回避した。
慌てて振り返ると、そこには隠れ実を持っている、ウサギがいた。だが、明らかに普通のウサギではない。目が獰猛で凶悪だ。可愛くない。
「って、あれ俺の隠れ実!」
俺は、自分の隠れ実が一つない事に気づき声を上げる。
――フッ。
それを聞いたこの泥棒ウサギは鼻で笑った。いや、ただ俺の勝手な思い込みかもしれない。だが、確かにこいつは鼻で笑いやがった。
「こいつ絶対ぇ許さねぇ!」
俺は、常時持っていた右手の石を、ウサギに投げる。
「俺の隠れ実返しやがれ!」
だが、ウサギは、後ろにジャンプするとそれを躱す。
――――技《奪取タックル》
そして、すぐさま反撃に来る。
目にも止まらぬ速さで、突っ込んで来たそいつに、俺は対処が出来ない。
「がっ!!!」
俺はもろに鳩尾にタックルを食らったのだった。