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黄昏の選択


「で、俺を連れ出した理由がそれか?」


 頬杖をついて見据える先には、二つのパフェが並んでいる。


 二つとも同じもので、一人につき一つしか注文できない限定品らしい。


 フルーツやらクッキーやらチョコレートやらマシュマロやら白玉やらコーンやらキャラメルやら、数えたら切りがないほど色々なものがこれでもかと盛りつけられている。


 なぜ、一人一つまでなのか。


 その理由に察しが付きながらも、それを二つも平らげようとしている紫隠透華に驚きを禁じ得ないでいた。


 俺なら胸焼けして腹を下してる。


「まーね、これを二つ食べたかったって言うのも理由の一つかな」

「まぁ、そうだろうな」


 限定品を二つ食べたいがために、殆ど面識がない異性に声を掛けたりはしないだろう。


 彼女の口振りからして、本題が別にあるのは明白だ。


「なら、そいつを早いところ教えてくれよ。ここは女ばかりで居心地が悪い」


 左右、どちらを見ても女しか目につかない。強いて言えば女っぽい男がちらほらいるくらいだ。店の内装も心なしか白と桃色が目立つ。


 なんとなく、どことなく、店の雰囲気が男を寄せ付けない作りになっているような気がする。


 だから、本音を言えば、さっさとこのこぢんまりしたショートケーキを平らげて帰路に付きたいところだ。


「じゃあ単刀直入に言うけど。私、あなたの監視役になったから」

「……なるほど。世の中ってのは案外狭いもんだな」


 紫隠透華は間違いなく巫覡の一員。


 巫覡の上層部から下された決定が監視であることは、もはや明白で疑う余地はない。なら、俺の生活圏や行く先々に監視役の人間がいて然るべきだ。そして、今回その役目になったのが紫隠透華だった。


 俺が監視されるようになったのが一週間前。クラス分けがあったのがそれ以前だから、たまたま俺と同じクラスだったから、と言うのが監視役任命の理由って所か。


「でも、良いのか? そのことを俺にバラして」

「いいの、いいの。凛の見立てでは敵やスパイの可能性は限りなく低いって話だし、私は凛を信用している。それにあなたが何かしらに襲われたり、何かしらに襲われている人を見掛けたりした時、近くに同業者がいたほうがいいでしょ?」

「それはそうだが」


 しかし、それでは監視と言うより保護の意味合いが強くなる。


 紫隠透華が正体を明かした理由。それは上層部からの指示か、それとも凛の指示か。もし後者なら、その意図はきっと保護目的。理由は失った右腕への罪悪感か。これ以上、俺が何も失わないようにしてくれている。


 これが思い過ごしなら、いいんだがな。


「どうかした?」


 凛の思惑について色々と思いを巡らせていると、表情に出たのかそう言われる。


「いいや、なんでも」


 すぐに誤魔化しの返事をして、ショートケーキを口に運んだ。



「あ、そうだ。一つ頼み事があるんだけど」


 会計を済ませて店を出たすぐのこと。


 透華はそう言うと有無を言わせる暇もなく、俺の左腕を絡め取る。


 そして悠々と歩き始めた。


「なにしてんだ?」

「だから、頼み事だってば」


 気のせいか。ほんの少しだけ声が小さくなった気がする。


 そのあまりに不自然な一連の出来事に首を傾げていると、透華は鞄からコンパクトミラーを取り出した。その鏡に映すのは、自分達の背後にいる何者か。


 彼は明らかに俺達の動向を窺っていたし、その目付きも鋭い。


 もう一人監視役がいたのか? とも思ったが、すぐに違うと気が付く。


 もしそうなら普通に知らせれば良い。だが、そうしなかった。


 鏡を使い、秘密裏に伝えたということは、彼が俺達の仲間ではないということ。


 だとすれば――


「ストーカーか?」

「ご名答」


 急に腕に絡み付いたのも、恋人に見せ掛けるためか。


「ちょっと前に告白されて振ったのが、アレ。ほんっとに、しつこいんだから」

「それで俺を使って諦めさせようって魂胆か」

「そう。協力してくれたら、今度なにか奢ってあげる」

「してくれたらって、腕絡めといてよく言うぜ」


 断ったところで、あのストーカーに与えた情報はなくならない。


 あいつはすでに、俺を透華の恋人だと思っている。


 思考が極端に傾いているであろうストーカーなら、尚更そう決めつけるに違いない。面倒事につっこんだ足を、今更引き抜こうとしても後の祭りだ。


 どうせ、巫覡関連でしばらく透華とは親しくするんだ。親睦を深める良い機会だと思って付き合うか。


「わかったよ。で? どうすればいい」

「んー。とりあえず、恋人っぽいこと」

「生憎、色恋の経験がないもんでな」

「そうなんだ。じゃあ、ショッピングってことで」


 行き先が決まり、爪先は方向を変えて歩み始める。


 スイーツ店から最寄りのショッピングモールまで。腕を絡めたまま移動する間、やはりストーカーは後をつけてきた。それは店内に入ってからも同様で、何処に行こうと付かず離れずの位置にいた。


「アレ、いつもそうなのか?」

「いつもって?」


 そう返事をした透華は、しかし視線をこちらに向かわせることはない。


 今それどころではない、と言った風に姿見の前で忙しなく洋服を取っ替えている。姿見の前に陣取り、両手に持った洋服を交互に自分と重ね合わせる彼女の眼差しは真剣そのもの。ストーカーに後をつけられていると言うのに大したものだ。


 いや、だが、それもそうか。仮面をつけて戦うバケモノは、ストーカーなど比較にならないほど怖いのだから。


「アレ、さっきからずっといるだろ? これが少なくとも数日続いてるなら、自宅も割られてるんじゃあないかと思ってよ」

「あぁー、それは大丈夫。私だって巫覡の一員だよ? 素人の追跡くらい簡単に振り切れるって。よゆー、よゆー」


 それが出来るなら、自分でストーカーを撃退できるだろ。


 とも思ったが、それとこれとはまた別の話か。穏便に事が済めば、それに越したことはないだろうしな。


「そーれーよーりー、こっちとこっち、どっちが私に似合うと思う?」


 姿見からこちらを向いた透華の両手には衣服がある。


 片方は白い布地の上衣と、赤い布地のチェックスカート。もう片方は淡い桃色のワンピース。正直な話、ファッションやオシャレと言ったモノに酷く疎いこともあって、どちらでもいいと言うのが本音だ。


 だが、それを素直に言うことが、ダメなことくらいは知っている。


「じゃあ、そっち」


 直感を頼りに片方を指差す。


 白い布地の上衣と、赤い布地のチェックスカート。


「ふーん、どうして?」

「どうしてって……」


 理由を聞かれると非常に困るんだが。


「そっちのほうが似合う気がしたから?」

「なんで疑問系? でも、まぁそう言うことならいっか。ちょうど私もこっちにしようと思ってたし」


 初めから答えが決まっていたのなら、なぜ俺の意見を聞いたのか。


 淡い桃色のワンピースを元の位置に戻し、会計へと向かう透華の背にそう思い。小首を傾げながらも後を追いかける。


 その後も買い物に付き合わされつつも、色んな場所を巡り歩く。すこし離れた位置に、ストーカーをくっつけながら。


「なんというか、聞いていた話と違うな」 


 クレープを片手に練り歩く最中、ふと思ったことが口から漏れる。


「んん? 何が違うの?」

「いや、男嫌いだって聞いていたからさ」

「あぁー、それね。私をよく知らない人はみんなそう言うんだよ。紫隠さんって見た目とか雰囲気とか怖いし、男とか嫌いそー。ってね」


 やけに芝居がかった話し方をして、透華は苦笑いする。


 その表情からは、過去に似たようなことが幾度かあったことが窺えた。


「私ってそんなに怖そうに見える?」

「さぁな。でも、こうして話してる分には普通だよ」

「ふーん……そっか」


 話題はすぐに別のものへと代わり、会話は続く。


 そうしてショッピングモールを巡り歩き、気が付けば時刻が六時を過ぎる。もういい時間だと外に出て、触れる空気は冷たく、見上げた茜色の雲は逆に暖かそうだった。


「まだ付いてきているのか?」

「うん、そうみたい。今日は特にしつこいよ」


 相変わらずストーカーは俺達を見張るように付いてきていた。


 実害がほぼないとは言え、これほど長く追跡してくるとなると、いよいよ本格的な対策が必要になってくる。こうして恋人を演じ、見せ付けてはみたものの、効果はあまり見られないようだしな。

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