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夜中の交戦


 この人好町の一角に、古ぼけた神社がある。


 鳥居を潜り、参道を渡り、拝殿を通り、本殿に入ると、待ち受けていたかのように一人の人物に迎えられた。


「よう。凛、それと隻腕野郎」


 そう言ったのは、これまた同世代くらいの男だった。


 以前にみた白い狩衣のような装束を身に纏う彼は、すこし苛立っているように見えた。いや、苛立つというよりかは、むしろ敵意と言ったほうが適切かも知れない。鋭く睨む視線と、荒々しい声音。それは明らかに俺だけに向けられたものだ。


「おいおい、そう苛立つなよ」

「苛立つな? これが苛つかれずにいられるかよ。なんだってそいつのために、わざわざ俺が方々を駆け回らなくちゃあならねーんだ」

「仕様がないだろ? あの場にいたのが運の尽きだと思って諦めろ」

「けッ」


 言葉の流れから察するに、苛立ちの原因は俺にあるらしい。


 まぁ、俺自身が異例の塊みたいなものだと看做されているらしいし、それに伴う面倒事も多いのだろう。彼が俺のことを知っていて、俺が彼を知らないのは、きっと気を失った後に合っていたからか。


「日雲空だ」


 そう自己紹介すると、彼は俺のほうを一瞥して数秒ほど間を置いた。


「……合多謙二あいたけんじ


 どうやら悪い奴ではなさそうだった。


「それで? どうなったんだ?」

「あぁ、そいつ処遇についてだが、当面は俺達のほうで世話をすることになった。面倒なことにな」

「……上は決めあぐねているのか?」

「そら、そうだろうよ。そいつが何者で、どう言う経緯で門外不出の仮面を手に入れたのか。まるっきり分かりもしない上に、そいつ自身には敵意すらないと来たもんだ。そりゃ、臭いもんに蓋もしたくなる」


 二人の話を聞くに、よほど面倒なことになっているらしい。


 俺が目覚めてからの情報は、何処かのタイミングで折部凛が組織の上層部に報告していると見ていい。俺に敵意がないという情報を、知り得ないはずの合多謙二が知っているのがいい証拠だ。


 その上で、組織の上層部は俺という存在の処遇を決めあぐね、問題を先送りにした。


 それだけ事が複雑化していて、なお臭い物に蓋をする。


 これはそれだけ危険性が低いと看做されたからか? 俺自身に組織を害する意志がないとわかっているから、しばらくの間、泳がせておくことにされた?


 そうだと過程すると、世話という言葉が引っ掛かる。


 そう言う表現を合多謙二はしたが、言い換えればそれは監視に他ならない。


 今後の俺の行動次第で、容易に決定が覆るかも知れない。不審に思われたが最期、ということも有り得る話だ。


 敵ではないが味方かも怪しい。


 それが上層部の見解か。


「とにかく、そう言うこった」


 読み取れる情報から予想を組み立てていると、そう報告は締めくくられる。


 それを受けて、折部凛はすこし悩んだような仕草をみた。


「とりあえず、だ。私達に丸投げされたってんなら、好きにやらせてもらうさ。まずは諸々の準備と、空に自衛の術を学んでもらうことから、だな」


 自衛の術を学ぶ。それは再びバケモノ――怖死と相まみえるかも知れないということ。


 見てしまったのだから。怖死という存在を、知ってしまったのだから。きっと再び出遭うことは避けられない。そう遠くない未来、今日にでも、その時はやってくる。だから、覚悟を決めなくてはならない。


 少女と初めて言葉を交わした時のように。


「あぁ、そうだ。上から指令がきた以上、こいつを預かっておく理由もないな」


 渡されたのは、件の仮面だ。


 赤と黒と白の模様が入った、以前とは似ても似つかない面。この不可思議な仮面によって、俺の運命はねじ曲げられてしまった。もしくは、これも俺が辿るべき運命だったのだろうか。


 どちらにせよ、なるようにしかならない。


 気を引き締めて、生きるとしよう。



 白刃による一閃が、夜の住人を斬り裂いた。


 飛び散る鮮血と、倒れ伏す異形の存在。


 目の前にいるモノが絶命したのを確認しつつ、大きく息を吐いて顔から仮面を引き剥がす。同時に、薄く白く伸びた刀身は、もとの姿であるペンへと回帰した。


「初めてにしては上出来じゃあないか」


 背後から掛かる声は、凛のものだ。


「普通はもっとビビっちまうもんなんだがな。何かを殺すってのは。それに空、あんたはやっぱり成長が早すぎる」

「そうなのか?」

「あぁ、たったの一週間で、ただの素人が実戦に参加できるようになったんだ。異例だぜ? こんなのは」


 一週間。そう、一週間だ。


 俺が新しい右腕として義手を、新たな力として仮面を受け取ってから、一週間の月日が経った。この間に行ったことと言えば、勉強と訓練、それしかない。


 怖死や妖怪と言ったバケモノの知識や、その対処法の暗記。凛や謙二との戦闘訓練。思い返せば、それ以外に何をしていたのかさっぱり思い出せない程度には、濃厚な一週間を送っていた。


「そりゃ、あれだけみっちり勉強と訓練を繰り返してりゃ」

「それだけじゃあ説明がつかないから驚いてるんだろ? まぁ、それも恐らくは、払った代価によるものだろうがな」


 払う代価が重ければ重いほど。捧げた量が多ければ多いほど。仮面は力を発揮する。


 凛をして異常と言わしめる成長の早さは、きっとそれが原因だ。


「まぁ、それはそれとして、どうだ? 右腕の調子は」

「問題ない。思い通りに動くし、反応の遅れもなくなった」


 数日でラグがなくなる。


 理緒の言葉通り、今では左腕との差も体感できなくなった。


「そいつは重畳。なら、そいつも倒せるな?」


 鳴り響く足音と、近付く気配。


 街灯の明かりに照らされて、そいつは姿を現した。


「こいつはまたデカいのが来たな」


 足先から頭の天辺まで、見上げるのに数秒を要する巨躯。かつての怖死ほどではないが、それに迫るほどそいつは大きい。こんなバケモノが――妖怪が、夜の町を彷徨っているというのだからぞっとする。


 何も知らなかった頃に出遭っていたらと思うと、尚更だ。


「忘れるな。心域しんいきまといを駆使して戦え。百鬼ひゃっきは――」

「使うな、だろ」

「よし、行ってこい」


 背中を押されるようにして、巨大な妖怪へと立ち向かう。


「――薄明はくめい切り裂き地平を焦せ」


 一歩、地面を踏み締めて、再び仮面で顔を覆う。


天鳴てんめい


 ひとたび命じれば、名を呼べば、仮面は力を発揮する。


 それは人から、人でないモノへ成るということ。


 だからこそ、巫覡は人成らざるモノに対抗できる。


 仮面を被り、その直後、全身が何かに置き換わっていく奇妙な感覚を味わいながら、だがそれを意にも介さず、二歩目を踏み込んで駆け抜ける。


 人智を遥かに超越した速度で一息に妖怪との間合いを詰める中、頭の片隅で三つのことを思い浮かべ、反芻する。


 それは今日までに体得した――いや、知らず知らずのうちに体得していた技。


 一つは心域。


 それはかつて死の間際に訪れたあの真っ白な空間のこと。内と外で余りにも時間の経過が狂っていた、あの現象を差す言葉。


 その詳細は、自己と他者の体感時間に著しい差異をもたらす、ということに尽きる。


 自身のうちにある心域に触れることで、自分以外の時間をほぼ停止したに等しい状態におくこと。一瞬の刹那に何十という予測と選択肢を脳に羅列し、吟味することが可能になる妙技。


 つまりは、反射に頼ることなく正確に繰り出せる、最速の最善手。


 心域を伴う視認駆動は相手の初動に後から追いつき、容易にそれを追い越せる。


「■■■■■■■■■■ッ!」


 咆哮と共に虚空を裂くようにして振るわれた鋭爪を躱し、懐にまで踏み居る。


 刹那。握り締めたペンを依り代に、自らの武器を顕現する。


 薄く引き延ばされた刃は、白く色付いて映え、宵闇を裂くかの如く煌めいた。


 擦れ違い様に馳せた白閃は、妖怪の脇腹に深い傷を刻み込む。だが、まだその命にまでは遠く届かない。


「うげ、再生しやがるのか」


 懐を駆け、背後に抜けた後に見たのは、傷口が泡立つようにして元通りになっていく様だった。目にして気持ちの良いものではないが、しかしそんな不快感を気にしている余裕はない。


 傷がすぐに再生するのなら、ただ斬るだけでは意味がない。


「仕様がない。疲れるんだがな、こいつは」


 一つは、纏。


 それは仮面がもつ固有の能力を、身体や武器に纏わせる技。


 凛の仮面である封火の固有能力は水。そして俺の仮面である天鳴の固有能力は雷。例えば自分の左腕に白雷を纏わせれば、認識すら困難なほど素早く攻撃を行える。そう、かつて怖死の腹部を抉り取った時のように。


 こたびは両の足と刀に白雷を纏わせる。


 それは瞬間移動にも似た、閃く光の如く駆ける迅雷。


 相対した妖怪が、その動きを認識し反応や反撃の予備動作に移るまでの間に、この身体は再びその巨躯の懐へと運ばれていた。


 白刀一閃。白き軌道に赤が混じる。


 刻みつけたのは、雷を伴う一撃。切り裂き、焼き焦す、致命の一刀。


 傷口が再生するというのなら、傷口ごと共に焼いてしまえば良い。刃で裂いて、雷で焦す。炭化した組織はもはや機能することなく死滅し、再生は起こらない。


 妖怪は痛みに耐えかね許しを請うように膝をつき、頭を垂れる。


 そこへ、狂いなく白刀を落とす。


 ごろりと、それは転がった。

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