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小昼の決定


「さて、次はこいつの話をしようか」


 懐から取り出したるは、仮面。


 赤と黒と白の面。


「人蝕の仮面。こいつは私達、巫覡の戦闘手段だ。こいつを被ることで、私達は怖死やその他のバケモノと戦う力を一時的に得ることが出来る。だが、力を得るためには代償が必要だ。あんたの、その無くなっちまった右腕みたいにね」


 なくなった右腕は、力の代償として仮面に捧げた。


 人蝕の仮面。そう呼ばれる所以は、恐らくそこにある。


「なら、お前もどこかを捧げたのか? ……その、俺みたいに」

「――あっはははははー!」


 俺の問いを、糸括理緒が笑う。


 しかし、それは侮蔑や嘲笑の類いではなく。ただ純粋に面白可笑しい話を聞いた、そんな子供じみた笑い声。


 それを聞いた折部凛が、一度深くため息をついた頃、笑い終わった糸括理緒が言葉を紡ぐ。


「もしそうだとしたら今頃、私は大金持ち。一生、好きなことだけして遊んで暮らせるねー」

「何時もそうしてるだろ? 理緒」

「そうかなー? 理緒ちゃんこれでも色々と我慢してるし苦労してるんだよー?」

「あぁわかったから、義手のほうに専念してな」

「はいはーい、っと」


 糸括理緒の突発的な横入りを適当な言葉であしらい、折部凛は再びこちらに向き直る。


「で、だ。話を戻すが、捧げたかと言えば捧げたが、あんたみたいにかと言えば違う」


 言葉の意図をうまく読み取れず、すこし思案する。


 仮面の力を得るには、自分自身を食わせる他にない。だが、俺のように片腕を、四肢の何れかを、それに類する部位を、捧げたわけではない。そう読み取れた情報を羅列してみて、はじめて理解する。


「そうか。なにも一度に捧げなくても、か」

「そう言うことだ」


 生きるか死ぬかの境界線。その最中に俺は片腕を捧げ、仮面の力を得た。


 だが、必ずしも一度に全てを捧げなくてはならない訳じゃあない。


 例えば、日常的に増えて行くもの。毛髪や血液、爪や脂肪を毎日すこしずつ仮面に捧げれば、時間は掛かるがほぼ無償に近い状態で力を得ることが出来る。


 それは長期的か、短期的かの違い。


 折部凛は前者で、俺は後者。


「私達、巫覡は見習いの頃から仮面と共に生活し、ほんの少しずつ身を削りながらバケモノと戦う術を身に付けていく。そうやって修練と並行して仮面に身を捧げることで、技術的に一人前になる頃には、バケモノともまともに戦えるようになってるって寸法さ」


 まぁ、と折部凛は言う。


「あんたの場合、その段階を色々とすっ飛ばしたんだけどな」

「その代償が、右腕なんだろ。命が助かったんだ。子供も母親も救えた。腕一本で三つも命を救えれば上等だよ」


 腕と命を天秤にかけて、傾くほうは決まり切っている。


 一と三なら尚更だ。


「違うんだなー、それが」


 だが、それに異を唱えるように、またも糸括理緒は言葉を放つ。


「本来なら、本当なら、キミは腕の一本も犠牲にすることなく、助かっていたはずなんだよ。その場に居合わせたっていう親子の命も含めてね」


 義手から手を離し、完全にこちらを向いたうえでの言葉。


 それを折部凛は遮らない。今回に限って、口を挟まない。


「巫覡たる凛がその場にいた。ただそれだけでキミは無傷とまではいかないまでも、取り返しのつく状態で助かるべきだった。でも、そうならなかった。キミが失った右腕は、凛がキミを救えなかったという証だよ。そしてそれは一生、残り続ける」


 それは俺には理解しがたい、巫覡という立場にある人間の責任だった。


 結果はどうあれ、あの場に折部凛がいなければ、俺も子供もその母親も、どうなっていたかわからない。


 俺が仮面を手にしたのも、身を捧げたのも、すべては偶然の産物だ。


 あのタイミングで、折部凛が駆け付けていなければ、仮面を手にすることもなく、拳に押し潰されてあっさりと死んでいた可能性だって十分ある。


 だが、それでも巫覡という立場は折部凛を責め立てる。


「――というのが、いまの凛の考えだよーん」


 一転して、一変して、神妙な語り口からふざけた口調へと様変わりする。


 思わず言葉を失いそうになる落差から、なんとか気持ちを立て直す。


「……なら、お前はどう思ってるんだ?」

「私? んー、理緒ちゃんわりと現実主義者だからねー。かも、とか。べき、とか。たられば、とか。そう言うのに価値を見出せないんだよ。可能性の話をしたって仕様がないでしょ?」


 あっけらかんと言い放つ。


 無駄だ、と。


「加えて、凛の話を聞く限り、あの場では不可思議なことが起こりすぎている。キミのこともそうだけど。戦闘中だったとは言え、凛がもう一体の怖死に気が付かないって状況が私には堪らなく不自然に思えてならないんだ」


 それは折部凛に対する、たしかな信頼から出る言葉だった。


「異例に次ぐ異例の連続で、責任の所在を追究することに意味がなくなってる。ようするにー、よくわかんない!」


 最期には投げやりぎみに結論を下し、糸括理緒は改めて義手と向き直る。


 それと同時に入れ替わるようにして、今まで沈黙し続けていた折部凛が再び口を開く。


「どう言い訳しようと、あんたのそれは私の過失によるものだ。だが、元に戻すことも出来ない以上、私はせめて代わりを用意することしか出来ない」

「ちなみに、この義手一本でキミの目玉が飛び出るくらいのお金がかかりまーす」

「こら。金額の話はするなって言っただろ」

「ごめーん。でも、知って置いたほうがいいでしょ? 自分の右腕がどれだけ、べらぼうな値段のものになるのか」


 べらぼうな値段とは。


「せ、正確には……いくらするんだ?」

「んー、そうだねぇ。友達のよしみでおまけにおまけして、ざっと七百万円くらいかなー」


 実感がわかない。


 金額を聞いただけでは、漠然としかその重みを感じられない。それほどの大金。それほど高価なもの。いや、これでも安くしてくれたと言う。本来なら、それ以上。


 悪徳商法うんぬんなんて冗談で言っていたが、笑えなくなってきた。


「心配するな。金は私のほうで出しておくから、あんたは何も気負わなくていい」

「それで、はいそうですかって安心できると思うか?」

「まぁ、そうだろうが。こっちとしては、これでもまだ償いには程遠いと思ってる。なにせ、そいつはもう元には戻らないんだ。それに――」


 折部凛は、よりいっそ深刻そうに眉を顰める。


「真っ当な人生から、あんたを引きずり落としちまったんだからな」


 彼女が言う真っ当な人生とは、たぶん一般的な幸福という意味だろう。


 学校を卒業し、就職し、結婚し、子供を作り、老後を過ごし、孫の来訪を待ち望む。そんな普遍的で尊い人生を、俺はもうまともな形で享受できない。


 そう言う道に、転がり落ちてしまった。


「相変わらず頭が硬いにゃー」

「うるさい、猫助。義手の調整はどうした」

「もう出来てるよーん」


 義手を手にイスから立ち上がり、糸括理緒はこちらに歩み寄る。


 義手の装着は、自分が思うよりもあっさりと、簡単に終了する。ただ、繋ぐだけ。義手の断面と腕の断面を接合するだけ。それだけで俺の腕は、見かけの上で元通りと言ってもいい状態に戻ることが出来た。


「んじゃあ、動作テストしよっか」

「テストって、な――」


 なにをするんだ? そう聞こうとして、声が止まる。


 視界に何かが飛び込んできたからだ。明らかに飛来する物体に、思考や意識を介する暇も無く、身体は反射的にそれを受け止める。


 普段から使い慣れていた、右腕で。


「これって……」


 飛んで来たモノ。


 それは何かの部品のようなモノであったが、けれど目の前の事実よりも優先して、思考は自身の右腕について思いを巡らせていた。


 とても奇妙な感覚だった。


 まるで本物の右腕がそこにあるかのような錯覚。たった今、自分で見た光景さえ幻であったと思い違いそうになるほど、この義手は右腕そのものだった。


「ふふーん。その様子だと義手のほうに問題は無さそうだねー。どこか不調はある?」

「いや――ない。つなぎ目もなくなってるし、指先も思い通りに動く。……あぁ、でも……すこし遅い、か?」


 左手も交えて、拳を作ったり開いたりしている内に気が付く。


 右腕がほんの少しだけ遅れていることに。誤差、と言っても差し支えないほど、それは些細な遅延。また右手でモノと掴める。モノを書ける。その事実に比べれば、そんなことは些末な問題だ。


「ラグは日が経てば馴染んでなくなるよ」

「そうか、すごいな」


 正直に言えば、期待はしていた。


 アリエナイことばかりを経験して、だからこそ義手もアリエナイものになるのではないか。そう期待していなかった訳じゃあない。でも、それでもこれは期待以上のものだった。


 そう思いがけず驚嘆していると、携帯の着信音が室内に鳴り響く。


 音の種類からして俺のモノではなく、目の前の糸括理緒のモノでもなさそうだ。そう思い、視線は自然と折部凛へと向かう。


「――はい」


 正面で折部凛を捉えた頃には、すでに携帯を介して会話は始まっていた。


 短い返事を交えたそれは、だがものの十数秒で終わる。


 そうして俺達のほうへと向き直ると、徐に口を開いた。


「私の仲間からだ。空、あんたの処遇が決まった」


 処遇。


 今後において、俺がどう言う扱いを受けるか。


 つまり俺の人生を左右する決断が下されたということ。


 息を呑む。


 そして、俺達はこの廃墟のような工房を後にした。

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