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暗闇の工房


 床に横たわり、天井に吊り下げられ、壁にもたれ掛かる、人形たち。


 ひとたび足を踏み入れれば、仄かに香る薬品の匂いが出迎えてくれる。折部凛に案内されたのは、そんな薄気味の悪い古ぼけた工房だった。


 言葉は悪いが、廃墟と言っても差し支えない外装と内装をしている。至る所がひび割れているし、時代遅れの蛍光灯は劣化しているのか、明かりとしての意義を半分も満たしていない。窓もないから真昼だと言うのに、室内がとても薄暗い。


 端的に言えば、とても怪しい。


「この先、目玉が飛び出るくらい馬鹿げた値段の胡散臭い壺が出てきても不思議じゃあないな、こりゃ」

「はっはー、そいつは大した悪徳商法だ」


 この頭に浮かぶ邪推が杞憂に終わること切に願う。


「よう、頼んでたものを受け取りにきたぜ」


 短い廊下を渡り、恐らくは居間と思われる空間に足を踏み入れる。


 自信がないのは、その空間に明かりの一つもなく、真っ暗だからだ。ただでさえ薄暗いのに、その扉の先は完全なる闇が広がっている。


 折部凛の言葉も闇に融けていくようで、返事もない。


「留守か?」

「いや、たぶん寝てるだけだ」


 まったく。


 そう呟いて折部凛は闇に踏み入り、手慣れたように部屋の明かりを点灯させる。スイッチの小さな音が鳴ると共に光に満ち、闇は影となってその体積を著しく縮ませた。


 そうして目に入った光景は、一瞬それが死体の山であるかのような錯覚を覚えさせた。


 空間を埋め尽くす、夥しい数の死体。


 そのどれもに生気がなく、だからこそ遅れてその死体たちが人形であることに気が付く。もともと玄関や廊下に、人形はあった。だが、ここにあるどれもが、品質という点で著しく違っている。


 生気こそないが、言い換えればそれは、生気さえあれば人間と判別がつかない、ということである。それほどまでに精巧な作りの人形が、この部屋の床を埋め尽くしていた。


 異様、異質。


 それに類似した言葉が心情として脳内を埋め尽くし、恐る恐る視線は部屋の中心へと向かう。そこに人形ではないモノがあったからだ。


「おーい、起きろー! 来客だぞー」


 折部凛はその中心へと向かうため、人形と人形の隙間を器用に縫っていく。


 部屋の中心。そこには真っ赤なソファーと、様々な色の薬品が入った試験管、机、イスなどがあり、その限られたスペースだけが部屋として、人の生活圏として機能を果たしていた。


「……しかし、よくもまぁ」


 こんな気味の悪い所で生活が出来るものだ。


「んっ……んんん……もぉ-、いま寝てたのにぃー」

「あぁ、だから起こしたんだ」


 ついに折部凛が中心部に辿り着き、誰かしらをたたき起こす。


 文句を言いつつ、ソファーの上から気怠げに上体を起こした誰か。人形の山々からひょっこり顔を見せたのは、草臥れた白衣を着た、俺や折部凛と同世代くらいの女だった。


「――おっと」


 彼女の姿を、格好を見て、思わず目を逸らし、そのまま背を向けた。


 白衣の上からでも分かるほど、彼女が無防備な格好をしていたからだ。着崩れた白衣の向こう側に、少々肌色の部分が多すぎる。彼女が寝起きということもあって、男としての体面上、目を逸らす他なかった。


「ほら、さっさと目ェ覚ましな」

「やーだー、理緒ちゃん徹夜明けで眠いのぉー」

「なにが理緒ちゃんだ。いいから立つ、立って動く」

「ぶえー」


 渋々と言った風な声音で、なにやら背後でもぞもぞと動き出す。


 それからしばらくして。


「いやー、お待たせ、お待たせー」


 きちんと、とは言い難いものの、露出の控えめな衣服に着替えた彼女と対面した。


「私の名前は糸括理緒いとくくりりお。キミのことは聞いてるよ。仮面に片腕をくれてやったんだって? いやはや、キミの決断には流石の理緒ちゃんもびっくりしちゃう」

「理緒」

「わかってるって。空くんの右腕でしょ? ちょっと待ってて」


 折部凛の言葉に急かされるように、糸括理緒は人形の山に手を伸ばす。


 その姿を瞳に映しながら、頭ではこれまでの状況を整理しようと試みていた。


 右腕を受け取りに行くという発言。尋常ならざる治癒。人と見紛うほどに精巧な人形。薬品の匂い。それらを羅列して考えてみれば答えは自ずと導き出せた。


 つまりは義手。


「あった! これこれー」


 人形の山から引きずり出される一本の腕。


 どう見ても人の腕にしか見えないが、あれもここで作られた人形の一部。これから俺の右腕になるモノ。


「はーい。それじゃあ右腕の断面を見せて」


 彼女の指示に従って上着を脱ぎ、肩から先が殆どない右腕を見せる。


「ほうほう」


 改めて見る、自分の右腕は余りにも短い。


 辛うじて包帯が腕をぐるりと一周できる程度の長さ。


 約、包帯の横幅分。それが今の右腕の全長。


 彼女が見ているのは、その腕の断面だ。


 包帯に綴られた何らかの文字による効果だろうか。断面が外気に触れているのに痛みを感じず、塞ぎもしていない血管から血が溢れてこない。そんな奇妙な状態に、二人はなんら反応を示さない。


 だから、きっと、こう言うのは彼女達の間では普遍的なことなのだろうと予測がついた。


「随分と綺麗な断面をしてるね。へぇー、おもしろーい。刃物で切断した訳じゃないから、潰れた細胞が一つも出来ないんだ。これ業界が業界なら二度と手に入らない貴重な資料になるよー」

「それで? どうなんだ。くっつくのか?」

「うーん、ちょっと微調整が必要かなー。断面がこんなに滑らかだと逆に都合が悪い。神経とか血管の伸縮を弄らなきゃだし、他にも色々。いっそそこから更に数ミリ腕を切り落とせばすぐにでも付けられるよー」


 平気な面しておっかないこと言うな、この人。


 思わず右肩を抑えてしまった。痛くも痒くもないのに。


「おい、理緒。言っただろ? 相手は素人、一般人だったんだ」

「はいはーい、言葉には気を付けまーす。それじゃあパパッと終わらせるから、ちょっとだけ待っててねー」


 ゴム手袋。メス。電極。コード。などなど。


 およそ、ただの義手を作るのに必要とは思えないものがずらりと机上に並び。糸括理緒は義手に微調整を施し始める。


 その手際は素早く、幾度となく繰り返された動作だと見て取れた。


 そうして出来た、間。持て余す時間。


 それを使い、幾つか二人に質問を投げ掛ける。


「聞いてもいいか? あのバケモノのこととか。色々と」

「そうだな。良い機会だから、答えられることには答えるよ。まずはバケモノ、か」


 折部凛はソファーに腰掛けたまま、バケモノについて語り始める。


「あのバケモノは、私達の間では怖死ふしと呼ばれている」

「怖死」

「死を怖れる、だから怖死。基本的に、一般人が言うバケモノって類いは、ほぼ死を怖れないんだ。死って概念が理解できないのか、自分が死ぬとは微塵も思っていないのか。知らないけれどね」


 それは怖死が、バケモノの中でも異例の存在であることを物語っていた。


「だが、怖死だけは明確に死を自覚し、それを怖れている。ゆえに怖死と、私達のご先祖様は名付けたらしい」


 死を怖れるが故に怖死と呼ばれ、生きるために人を喰らい続ける。


 自分の死は怖いのに、誰かの死は怖くない。


「人を襲い、人を喰らう。そんな存在がこの日本には数えるのも億劫になるくらいわんさかいる。そんな奴等から人々を護り、安寧を維持すること。それが私達、巫覡ふげきの役目だ」

「巫覡ってのは?」

「ん? あぁ、聞き慣れないか。巫は女の巫女。覡は男の巫女ってことさ。でも、実際には男も女も一緒くたに巫女で呼ばれることが多い。まぁ、言ってしまえば帰国子女みたいなもんだな」

「……なるほど」


 怖死というバケモノの存在。


 降って沸いたように、今日はじめて現れたのでもない限り、バケモノに対抗するための組織があってしかるべきだ。でなければ、今日この日までの平凡な日常を、俺達が送れていたはずがない。


 警察の存在が犯罪の抑止に繋がっているように、巫覡もまたこの世に不可欠な存在ということか。

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