第70話 宇枝悠の旅の始まり
「・・・・・・よし」
時は少し遡り。
夕飯も食べ終えて夜も遅い時間、悠達が寝静まった中でサクラは自室のベッドに腰掛けた。
床に旅の為に纏めた荷物を転がし、ごろんと上体をベッドに倒して横たわる。
「・・・・・・・・・・・・」
何となく衝動的に旅の準備なんてものをしてしまったのだが、一度行動してしまえば今まで中々旅に出ようとしなかったのが不思議なくらいにスムーズに仕度をしてしまい、奇妙な感じに胸の内がざわつく。
焦燥感や危機感の類ではない。
強いて言えば明日の旅行を楽しみにしている時に近い、子供心の様なワクワク感。
旅に出たいとは思っていても中々切っ掛けが付かなかったが、いざ決めると随分すんなりといくものだ。
「まぁ、元々旅に出て冒険するつもりだったし。別に悠の事は関係ないし」
いったい誰に対する言い訳なのか、独り言ちりながらベッドをゴロゴロ。
いやでも約束はしたしなぁと無理くり自分を納得させようとして、コンコンと、部屋の扉を叩く音で意識が其方へ向く。
「サクラ」
「母さん?」
てっきりもう皆寝静まっていたと思っていたのだが、どうやら起きていたようでサクラの部屋に扉を開けて入ってきた。
部屋に入ったヒナギクは、上体を起こしたサクラの前にある、床に転がしたリュックを視て。
「やっぱりね」
「・・・・・・気づいてたの?」
「何年貴方の母親やってると思ってるのよ」
ひっそりと内心で決意を固めていたのが見抜かれて、若干の気恥ずかしさに顔を背けるサクラ。
「・・・・・・止める?」
「まさか」
言って、ヒナギクはサクラの横に腰掛ける。
そんな母を視れば、彼女は昔を懐かしむ様に遠い目をした。
「私もいきなり村を飛び出したりしてたしね」
「あー・・・・・・村に依頼で来た父さんに付いて行ったんだっけ?」
元々は王都で暮らしていたアルフォンスが何かの依頼でサクラソウ村にやってきて、キクノスケから村の外の話を聞いて育ったヒナギクは村を出ての旅に憧れていたのもあり、アルフォンスが村から去る時に強引について行ったのだとか。
暫くしてアルフォンスと共に村に帰ってきて、ヒナギクがサクラを身籠っていたりなんやかんやで結婚したりと、その辺の話はサクラには耳ダコである。
そんな経緯もあって駆け落ちだのなんだのと言われて、娯楽が少ない村では今でも大人達の語り草なのだ。
「だからサクラが村を出るのを止める事はないわ。あの人はこの場に居たら無理矢理でも止めに入るでしょうけど」
「・・・・・・そう考えれば絶好の機会か」
冒険者ギルドに登録するだけでもかなり揉めたのだ。
いずれは旅に出ると口にしてはいるが、その度に「まだ早い」とか「まだまだ未熟」とアルフォンスに認められる事は無かった。
娘を溺愛している様を視れば誰もが心配が故のことなのだろうと思うのだが、アレでは許可が下りることなど永遠に来ないだろう。
それなら不在の今こそ旅立つチャンス。
「旅立っちゃえば流石に父さんも追ってまで止めに来ない・・・・・・来ないよね?」
「うーん、どうかしら・・・・・・」
無いと言い切れないのがアルフォンスという父親。
そこまで考えたら、もう追ってこれないところまで突き進むしかない気がしてきた。
「まぁ、お父さんがどれだけ言っても、何なら止めに向かったとしても、サクラの生きたいように生きればいいわ。お爺ちゃんだって、生きてたらきっとそう言うはずよ」
「・・・・・・うん」
サクラが5歳の頃に亡くなった祖父。
彼は悠と同じ世界からこの世界にやって来た異世界人だ。
そんな祖父と同じ境遇の悠の旅に付いていくのは――――――
「——————やっぱり、運命?」
「いや、違うから。そういうんじゃないし、てか付いて行くって決めた訳でもないし」
意味深に笑う母の視線が面白くなく若干不貞腐れた様に寝に入るサクラに、ヒナギクは笑いながら頭を撫でるのだった。
◆◆◆
「ほー、これはまた・・・・・・」
そして時は動き出す。
ラッセルの馬車に揺られてアセビタウンに辿り着き、まずは彼の屋敷へと立ち寄った。
馬車を戻すのと、ある物を俺とサクラに渡したいとの事で、俺達はラッセルの邸宅内へ足を踏み入れる。
半壊した屋敷の奥、案内されたその部屋の扉が開かれ、俺は思わず感嘆の声を漏らした。
結構広めのその一室には、剣や鎧といった何かしらの道具が所狭しと並べれれていた。
物置の様に雑多に置かれている訳では無く綺麗に並べられており、一種の展覧会場の様に思える。
「此処にあるは僕のコレクションでね。冒険者になれない慰めに、アレコレと観賞用に集めてたらこんなになってしまってね」
ザラっと【我が瞳は世界を見破る】で見渡してみれば、流石に俺がオルトンさんに貰ったコールブランド程ではないが、それなりに性能の高い道具ばかりが並べられている。
末席とはいえ流石は貴族というべきか、超高級品という程ではないが金額は決して安くはないだろう。
「君達の旅立ち祝いさ。この中の物を好きに持って行ってくれて構わないよ」
「いいの? ラッセルの大事なものでしょ?」
「ああ。コレクションして鑑賞するくらいしか、僕には楽しみがないからね。道具も相応の使い方をされる方が喜ぶだろう」
「なんという太っ腹!? どこぞの魔王討伐に旅立つ勇者に贈る王様とはエライ違い‼」
「えーと・・・・・・魔王討伐に行く勇者の支援で、王様ならもっといい装備をくれたりするんじゃないかい?」
「意外とそうでもねーんだよ、地球だと」
装備なしに120ゴールドとか、良くて銅の剣だ。
なんてアホなことを考えつつ、室内にある道具を吟味。
「つっても、こういうのってどれ選んだらいいか分かんねーんだが・・・・・・」
単純にゲームみたいに装備の数値だけ見れば良い訳でもないだろうし、使い易さとか色々あるだろう。
アレコレ持って行っても荷物にもなるし、装飾品も全部身に着けていくわけにもいかない。
「ふむ。それじゃあ、僕がコーディネートしてあげようか?」
「おう、頼むわ」
何の知識もない俺が選ぶよりは外れがないだろう。
「よし。では腕によりをかけて色々試してみようか!」
あ、なんか着せ替え人形になりそうな予感。
◆◆◆
「・・・・・・なんか、ホント悪ィな。何から何まで」
「いやいや、色々迷惑をかけたお詫びと、助けてもらったお礼を考えれば安いものさ」
サクラと共にラッセルのコレクションをコーディネートしてもらった結果、俺達は冒険者的な衣装を身に纏った。
サクラは元々装備していたから大きな見た目の違いはそこまでないが、俺は主に革製の防具を身に着けて、ゲームとかでよく見る冒険者の様な格好をしている。
最初は鉄製の防具とかが良いのではと思ったのだが、長々と身に着けて動くにはそれなりに重く体力を使うとの事で、革製の防具を勧められた。
一応、胸当てや手甲や脛当て等、一部分には金属製の防具を付けてはいる。
俺が自分でチョイスしたのは、何か昔ながら冒険者なイメージのあるマントに、額に巻く赤色の鉢金くらいだ。
背負った剣も相まって、中々冒険者らしい風貌ではなかろうか。
そんな『The・冒険者』になった俺達は、アセビタウンから次の街へと続く町の出入り口にいる。
この先の『タンポポ街道』を行く商人にラッセルが話を付けて、俺とサクラは馬車に乗せて貰うことになったのだ。
商人の都合で発つのは昼過ぎの様で、俺達は宿酒場で昼食。
ベッキーが餞別にと飲み分を奢ってくれたりして、時間まで食って飲んで歌って時間まで過ごし。
そして旅立ちの時となった。
「王都『トロンコ』に行くには、まずは『スプリング地方』の領主がいる『デンドロビウム』で通行証を発行してもらう必要があるが、領主に僕とオルトンさんの紹介状を見せれば問題ないはずだ」
サクラソウ村から旅立つときに、オルトンさんとヒナギクさんからも色々紹介状を受け取った。
それを見せれば王都での活動には支障がないとの事で、ホント皆には色々お世話になった。
「けど、この商人は次の町の『ローダンセ』に行った後は違う方へ向かうそうだから、そこから先は君達でどうにかする必要があるけど・・・・・・」
「いや、ここまでしてもらっただけで充分だって!」
「そうそう。今から歩きでローダンセに行くなら夜中になるし」
何でもかんでもおんぶに抱っこじゃ、流石に申し訳なさすぎる。
「兄ちゃん等、そろそろ良いかい?」
「ああ、すいません」
荷馬車の運転席に乗る行商人の言葉に、俺達は切り上げる。
「それじゃ、そろそろ行くから」
「ああ・・・良い旅を。土産話を期待してるよ」
「ふふ・・・帰ったら色々聞かせてあげるから」
言って、サクラは先に馬車に乗った。
「色々ありがとな、マジに世話んなった」
礼の言葉と一緒に手を差し出すが、そういえばこっちの世界に握手とかの文化ってあんのかなとの考えが頭を過ったが、どうやら意味合いは通じたようで、ラッセルは差し出した手を握ってくれた。
「・・・・・・僕が言うのもおかしな話なんだろうけど———―――」
「ん?」
「——————サクラの事、よろしく頼むよ」
・・・・・・何やら今迄にない程真剣な目をしたラッセルに俺は少し面を食らい、頷く。
「ああ。まぁ、色々面倒見られるのは俺の方だと思うけどな」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ・・・・・・」
少し肩を落としてガックリとした感じになるラッセル。
そういう意味って、どういう意味だったのか。
思わず首を傾げてしまうが「まぁ、いいか」と何やら勝手に納得したようで、別れを告げて俺も馬車へと乗り込んだ。
◆◆◆
悠とサクラを乗せて、馬車はアセビタウンを発って行った。
それを見送るラッセルは、少しばかり嘆息する。
割り切ったつもりではいるが、やはり思うところはある。
サクラに対する想いもそうだが、それ以上にやはり、冒険への憧れを。
貴族なんて身分でなければ、ラッセル自身も悠の旅に同行しただろう。
冒険に出て、いずれはその冒険を本にして世に出す。
そんな夢を持っていた。
「・・・・・・いや、出そうと思えば本は出せるか?」
自分自身の実体験の冒険活劇的な本は出せないまでも、悠やサクラから冒険の土産話を書籍化するとか。
「ふんふん・・・そう考えれば中々悪くない、か・・・・・・?」
ふんふんと一人頷きながら、ラッセルは踵を返し屋敷へと帰っていく。
その頭に、ザックリとした冒険小説のストーリーを浮かべながら。
「『ユウの冒険』・・・・・・仮名としてはこんな題名かな」
◆◆◆
空は快晴、風は軟風、曇りなし。
かくして、大いなる旅は始まった。
まだ見ぬ場所、まだ見ぬ人、まだ見ぬ仲間、まだ見ぬ敵、まだ見ぬ冒険。
初めての旅は不安も大きい。
しかしワクワクドキドキの楽しみもそれ相応。
この物語は、異世界から迷い込んだ一人の少年の、波乱に満ちた冒険の記録である。




