第63話 チャックの春・・・・・・?
朝日がサクラソウ村に差し込んできた。
村民が目を覚まして早朝の仕事に家を出る頃合いに、オルトンさんが村の皆を広場に召集し、先日のラッセルの暴走の事情を説明した。
ラッセルの謝罪、そして魔族に憑依されたという事情もあり、村の皆のラッセルへの対応は悪いものではなかった。
村の皆の許しを得て、俺とサクラは安堵した。
ここで村の皆が万が一ラッセルに対して重罰を科す、或いは私刑による殺害とかになろうものならどうしようかと頭の片隅で思っていたから、ホッと一息付けた感じである。
やはり死者が一人もいなかったのがデカいのだろう。
怪我人はそれなりにいたが、オルトンさんの回復魔法の甲斐もあり死者はおらず、村の被害も一部分だけで大きい訳では無い。
それ故に許されたところがある。
だが、問題が一つ残っている。
この場に居らず、もっとも大きな傷を受けて瀕死に陥ったチャックのことだ。
彼もまたオルトンさんの尽力で一命を取り留めたのだが、やはり一番重傷を負っていた為か完治には至らず、今は村の診療所で寝ているらしい。
チャックが生きている事に胸を撫で下ろすラッセルだが、やはり罪の意識が重いのか顔色が悪い。
・・・・・・てか、ずっと顔色が青くて悪いな。
やらかしてしまった事が事だから仕方ないのだろうが、サクラソウ村に来てからずっと顔が青いままだ。
罪悪感で潰れなきゃいいが。
村の皆の許しを得たとは言ったが、それはこの場にいないチャックと、チャックを看病してるモニカを除いた村民達だ。
村民総員の内の2人が仮にラッセルを許さなくても、村として許した以上後は個人間の問題。
他の村民達とは違い、チャックには直接手を下している。
ラッセルが罪悪感を抱く相手が、もしかしたら一番デカい相手かもしれない。
許してくれるかどうかは分からない。
傷つけたチャックは勿論、チャックを好いているモニカも同様だ。
それでも、ケジメは付けなければならない。
村のほぼ皆から許しを得ても未だにその顔色が全く優れないのは、その2人を相手にまだ何も言えていないからだろう。
そんな陰りを見せる顔をして俯いているラッセルだが、何かを決意をしたような強い光を目に宿し面を上げる。
2人が居る診療所に向かうつもりなのだろう。
ラッセルは1人で向かうつもりのようだが、流石に事情を説明するのに誰かいた方がいいだろうと俺とサクラも同行する。
一応のフォローは入れるが、謝罪を含める基本的な説明はラッセルに話させる。
ケジメをつけるつもりなら当然だ。
たとえどんな憎まれ言や罵詈雑言が飛んできたとしても、受け止めなければならない。
或いは暴力行為の可能性だって充分ある。
流石にあまりにも過剰な行為なら止めに入るつもりだが、何発か殴られる程度なら、少なくとも俺は止める気は無い。
ラッセルも別に止めて欲しいなんて思っていないはずだ。
どんなことが起きたとしても、どんな仕打ちを受けたとしても、その強い意志を宿す瞳が揺らぐことは決してない。
そう感じさせる、強い目をしていた――――――
◆◆◆
「はーいチャック、あーん♡」
「あーん♡」
――――――そんな強い意志を宿す瞳は、診療所に入ったモノの数秒で揺らいだ。
診療所のベットの上には、身体のいたる所に包帯を巻いたチャックが上半身を起こした状態で適度な大きさに切られたリンゴ(たぶん)を食しており、そしてそのリンゴはフォークに刺してモニカが口元まで持っていってチャックに食べさせたものである。
文字通り「あーん」だ。
周囲にピンク色のオーラを振りまきながら「あーん」してる。
・・・・・・何だコレ、意味が分からない。
「あー・・・・・・と。チャック、モニカ?」
「あ、悠。サクラにラッセル君も!」
何とか声を絞り出す俺に、モニカが反応する。
てっきりラッセルに何か言ってくるもんだと思ったが、特に反応はない。
強いて言えば「私、今幸せです」と言わんばかりのオーラを発しているくらいだ。
いや、そのオーラが異様なんだけども。
「あー・・・・・・チャック、元気そうだな」
「おう、まぁな」
言って手をヒラヒラと振るチャックの身体には所々包帯が巻かれており、怪我が完治した訳ではなさそうだが元気そうだ。
いや、元気そうだっつーか、こっちも何かピンク色なんだが・・・・・・。
「アンタ達、その・・・・・・何があったの?」
本来ならラッセルが喋るべきなのだろうが、そのラッセルが現状を認識出来ずに混乱している為、代わりにサクラが問いかけた。
だが、問いを投げかけられた当の2人はお互いに顔を見合わせて此方に向き直り、
「「何が?」」
と首を傾げた。
いやいやいやいや・・・・・・。
「"何が?"じゃねぇよ、何で首傾げんだよ」
「アンタ達って、そんなに仲良かったっけ?」
「それな」
俺はほんの数日の付き合いでしかないが、幼馴染みであるが故に2人の付き合いが長く気安い関係なのは見て分かる。
それでもこんなバカップルみたいな事をする様な奴等とは思えん。
そんなシーン見た事ねぇし。
付き合いの浅い俺どころかサクラまで異常を感じている様子。
俺達のリアクションでようやく理解したのか、チャックとモニカは納得した。
「気づいちまったんだよ、俺・・・・・・」
「って、何にだよ?」
「愛・・・・・・ってやつに」
何言ってんだコイツ・・・・・・。
そんなチャックの言葉に頬を染めるモニカ。
何やってんだコイツ・・・・・・。
「そう、あれはラッセルに五分の四殺しにされて気絶し、目覚めてからの事だった――――――」
何やら自己陶酔気味に語り始めるチャック。
あまりにも無駄に長く、かつ他人の惚気話に胸焼けを起こし始めたのでザックリと纏めると、死にかけている自分を必死に看病しているモニカに心を打たれたとか、だいたいそんな感じの理由だった。
まぁ、サクラを目の前で連れ去られたり、幼馴染みであるラッセルに殺されかけたり、肉体的にも精神的にも参ってる所で優しくされてコロッといっちまった的な感じなあれだろ。
たぶん。
俺の思考が雑なのは、別に何か唐突に知り合いが良い感じの仲になったが故の1人身の僻みとかではない。
たとえチャックが「いつまでも惚れていた女を引き摺るのはよくねぇよな」とか「やっぱ次の女を視ないとな」とか「見てくれてる奴は見てくれてるんだよ」とか「本当に大事なのは中々気づけないもんだ」とか知った風な事をのたまいやがるが、別に彼女いない歴=年齢であることが気になり始めたわけではない。
ないったらないのだ。
「チャック、その――――――」
「ラッセル・・・・・・」
俺がそんなアホな事を一人で悶々と考えていたら、調子を取り戻したラッセルがチャックと向き合う。
ラッセルの目が泳ぐのは罪の意識か・・・・・・もしくはまだこの状況に付いていけてないか。
何にせよ、それでもやることは何も変わらないだろう。
此処へは何をしに来た?
やるべきことは何もしていない。
他の村民とは違い、チャックは直接傷つけた。
それも死んでもおかしくない程の深手を負わせたのだ。
恨みごとの一つや二つ程度では・・・・・・済まないだろう。
多少の暴行は見て見ぬふりをするが、ヤバそうなら止めに入る。
取り合えず俺は見届けて、何時でも止めに入れるよう構えておく。
一泊の呼吸を置き、ラッセルは強く、真摯にチャックを見据え、
「――――――済まなかった」
「おう」
頭を下げて謝罪するラッセルの言葉を、チャックは頷いて受け入れた。
「・・・・・・え?」
「ん?」
「いや、お前・・・・・・それだけ?」
キョトンとするラッセル、首を傾げるチャック、疑問を呈する俺。
サクラも同じなようで、意外そうな顔でチャックを見ている。
短い付き合いの俺のチャックに対する性格の認識は短気な奴って感じで、その評価は間違っていないだろうことは今までのチャックとのやり取りと、サクラやモニカの反応から明らかだ。
罵声が凄まじい勢いで飛んで来るであろうと予想していた為、肩透かしが凄い。
いや勿論、平和的に終われるのであればそれに越したことは無いのだが。
俺達のそんな反応も分からなくも無かったのか、チャックは嘆息しつつ肩を竦めた。
「まぁ、最初はそりゃむかっ腹が立ったけどよ、ラッセルの様子がおかしかったのは明らかだったし、何かあったんだろ?」
「ああ・・・・・・――――――」
そしてラッセルは説明する。
魔刻石のこと、悪魔の事、そして憑依されていたこと等。
俺とサクラも要所要所で口を挟み解説する。
チャックとモニカは黙って聞いていた。
「――――――・・・・・・何を言っても、言い訳にしかならない。僕は君に、とんでもないことをしてしまった。謝って許して貰えるようことじゃないだろう。だから――――――」
「あーあー、だからいいって、もうそういうのは」
「しかし・・・・・・」
「しかしも何もねぇっての。つか、さっきお前詫び入れて、俺はそれで良いっつってんじゃねぇか」
良いとは言ってないとは思うが、まぁ確かにラッセルの謝罪を受け入れはしたな。
どんな心境があったのか知らないが、被害に遭ったチャックがそれでいいと謝罪を受け入れたのなら、そこからラッセルが罪の意識に苛まれるのはラッセルの個人的心情でしかない。
だからチャックに罰を求めるのは甘えでしかなく、そんな意識に苛まれるのが罪を背負うということでもある。
「私も別にアンタ達に争い合ってほしい訳じゃないけどさ、チャックはそれでいいの?」
「・・・・・・まぁ、正直に言えば思う所はある」
「チャック・・・・・・」
「けどまぁ、あんな事があったから・・・・・・今の俺とモニカの関係があるとなるとあんまはとやかく言えねぇよな」
「あ、うん・・・・・・」
「いいのかよそれで・・・・・・」
どうやっても惚気に走りそうなチャックに、思わずげんなりとする俺。
サクラは「まぁ、本人が良いならいいか」とこれで話を終わらそうとしており、ラッセルはラッセルで「良いのかなぁ? けど僕のさっきまでの決意はいったい・・・・・・」と判断に迷っている様子。
モニカに視線を向けるが、そのモニカはチャックが良ければいいのか本当に気にしていないようで、思いが通じて幸せいっぱいといったところのようだ。
「良いのかねぇ」
「良いんだよ」
思わずそう呟いた言葉に、いつの間にか俺の背後にやって来た人物が返事をした。
「あー、と・・・・・・確か道具屋の爺さんだっけか?」
サクラの買物に付き合った時や、ストライクボアの魔石の換金等でお世話になった爺さんだ。
いや、爺さんだけでなくて多くの村の人達がいた。
皆チャックの様子でも見に来たのだろうか?
「いや、チャック君とラッセル君がどうなったのか気になってね」
成程、2人の仲を心配しに来てくれたらしい。
普通なら仲違いしてもおかしくない内容だからな。
予想外の方向に話が流れてしまったが。
「まぁ、なんつーか・・・・・・愛の力で収まったらしいっすよ?」
知らんけど。
俺達がいない間に何かラブロマンスがあってその結果解決したのだから、正直「なんだそりゃ」って感じだ。
まさに寝耳に水と言えよう。
そう言うと、村のオジサンたちはうんうんと頷く。
「愛の力は偉大だからねぇ」
「僕たちの若い頃は、そりゃ愛の力で困難を乗り越えてきたものさ」
「男と女が居れば、愛が芽生えるのは必然・・・・・・」
「長年の恋が実って良かったねぇ、モニカちゃん・・・・・・」
「ホンッと、チャック君の鈍さときたら・・・・・・」
「何度もヤキモキさせてきたからねぇ」
「まぁ、鈍いのが此処にもう一人いる訳だが・・・・・・」
村人たちは酷く残念なものを視るような目をサクラは向け、サクラは視線の意味を理解出来ていないようで「???」と首を傾げた。
コイツは・・・・・・。
俺も同じくそんな視線をサクラに向けていると、
「いやー、しかし思い出すのぅ。若かりしあの時代を・・・・・・」
「ええ・・・私達もあんな風に想い人に振り向いてもらおうと、色々やってきましたねぇ」
「相手の反応一つ一つに一喜一憂したもんじゃ」
「今はもうすっかりそんな感情も枯れてしまったがのぅ」
「フ・・・じゃが、ワシのお前さんへの想いは、あの頃と何ら変わっとらんがの」
「・・・・・・爺さんや」
「婆さんや・・・・・・」
若かりし時代を振り返り、その頃に想いを馳せ、何か二人の世界に入り始めた村の爺さん達と婆さん達。
・・・・・・俺は何を見せられてるんだろう?
「サクラもそうだけどよ、本当にチャックの鈍さときたら・・・・・・」
「アンタだって大概じゃないか、ちっともアタシの気持ちに気付かなかっただろう?」
「べ、別に気付いてなかった訳じゃないぞ!?」
「どうだか・・・・・・都会からやって来た女行商人や女冒険者に今でも鼻の下伸ばしてたくせに」
「綺麗所に目が移っちまうのは男の性なんだよ。それでも、俺のお前に対する想いが揺らいだことはねぇ。俺の心は、とっくの昔にお前に魅られてんだからよ」
「アンタ・・・・・・」
「お前・・・・・・」
今の若者たちの青臭さに当てられたのか、熱い視線が交わる村の中年オジサンやオバサン達。
・・・・・・俺は本当に何を見せられてるんだろう?
この診療所が熱くて仕方がない、体感温度が5度くらい増した気がする。
そして何故かこの場に居たくない。
物凄く居心地が悪い。
それはきっと俺が想い人なんていない彼女いない歴=年齢の独り身の僻み妬み嫉みとかでは決してないと思ったり思わなかったりしたりしなかったりするのだがこの場は去ろう。
だって大丈夫そうだし、別にラッセルが私刑に掛けられることも無さそうだし。
いや、罪の意識増し増しなラッセルが覚悟完了してケジメをつけに来たその結果がアッサリと許しを得られて更には惚気話を聞かされて二人の世界に入られて村人達からピンク色オーラを発せられて放置されるなんて処遇を受けるのは拡大解釈すればある意味私刑みたいなものなのだろうか。
ラッセルが「僕何し来たんだっけ?」と目が死んでるし。
俺はそんな、すっかり意志が消え去った死んだ魚の様な瞳をしたラッセルの肩を優しく叩き、状況を理解していないサクラ共々ピンク一色に染まった診療所を後にするのであった。
尚、この日からしばらく時が流れて村の人口が少し増えたりするのだが、まぁ完全に余談である。




