第47話 ラッセルの豹変理由
ちょっと訳あって小説のタイトルを変更しました。
「ラッセル、アンタ・・・ッ・・・・・・!」
思わず掴み掛ろうと身体が動くが、両腕両足共に鎖に繋がれ、動くことは叶わない。
動く度に五月蠅く鳴り響く金属音を不快に感じ、眉を寄せる。
そんなサクラを微笑みを浮かべながら楽し気に眺めつつ、ラッセルは台座の上に寝かされている彼女の横に寄り添った。
「無駄だよ、サクラ。その鎖は【魔抗石】の中でも最高純度の【魔禁石】で作られている。人間の力じゃ簡単には破れないし、魔法も使えないよ」
「・・・・・・!」
言われて試しに【魔力弾】の精製を試みるが、魔力を体外に放出するどころか、体内から抽出する事も出来なかった。
【魔抗石】とは、魔力に対して抵抗力を持つ特殊な鉱石で、主に鎧や武器、魔法を扱う犯罪者を収容する牢屋等に使われている。
【魔禁石】は、魔力に抵抗を持つ【魔抗石】の中でも最高純度の鉱石を指す。
魔力を霧散させる程抵抗力が高く、武器や防具にも使われることがあるが、希少石な為牢屋等大きな物を作るほどの数は中々手に入らない。
故に、魔法を使う犯罪者を拘束する手錠等に使われるのだが、サクラが手足に付けられている枷や鎖も同じモノが使われている。
この鉱石は強度も高く、人間の生身の力ではまず壊す事は出来ない。
関節を外して縄抜けなんて技術を持つ訳でもないサクラには、自力での脱出は難しい。
「サクラ・・・僕はね、ずっと待ってたんだ。この時を・・・・・・‼」
この状況をどう脱するか頭を働かせるサクラの頬を、ラッセルはその輪郭を壊れやすい陶器をなぞる様に、そっと細い指で撫でた。
「ようやく手に入れた。アルフォンスさんやオルトンさんを倒すつもりで向かったから、チャックを潰しただけで終わっちゃってかなり拍子抜けだったけど・・・・・・」
「アンタ、チャックに何したの・・・・・・!?」
「何って、君を連れて帰るのに邪魔をしたから薙ぎ払っただけだよ。オルトンさんもヒナギクさんも村にいなかったみたいだし、たぶん死んだんじゃないかな?」
なんてことない風に言ったラッセルに、サクラは本気で絶句する。
何かの冗談だと思いたかったが、実際自分を力尽くで誘拐までしてのけたのだ。
冗談を口ではないという事を嫌でも理解してしまう。
自分を連れ浚った事もそうだが、この幼馴染みの豹変振りはいったい何だというのか。
「ラッセル・・・ホントに何があったのよ? アンタ、そんな事するようなヤツじゃ・・・・・・」
「そうだね、以前の僕ならそうだったんだろう。だけど、今の僕には関係ない。”そんな事”をしなかったんじゃない、やらなかっただけさ、力が無かったから‼」
柔和な笑みが崩れていき、歪んでいく。
「だが、今の僕には力がある! 圧倒的な力がッ‼」
瞬間、ラッセルの身体から魔力が湧き出てくる。
その圧倒的な力を誇示するように。
サクラは息を呑む。
ラッセルから放たれる膨大な魔力量の圧力に、そしてその性質に。
魔物に近い雰囲気だと村で連れ去られる時に感じたが、そんな生易しい物じゃない。
この気配は、まるで――――――。
「全身から力が際限なく溢れてくる。どうだい、素晴らしい力だろう?」
自分の力に陶酔するラッセルは、震えるサクラに気付かない。
狂気に染まったその眼に恐怖を覚えるが、ふと、その首にぶら下げられたペンダントに気が付いた。
貴族は見栄えにも気を使い、宝石等の装飾品を身につけるのは不自然ではない。
だが、そのペンダントは普段ラッセルが身に付けている物ではなく、また彼はあまり貴金属を身に付けたがらない性格をしている。
勿論貴族として最低限のものは身に付けているが、それでも今首から下げられているペンダントには見覚えはなかった。
そんなサクラの視線に気が付いたのか、あるいは待っていたのか、ラッセルは「ああ、これかい?」とペンダントの宝石部分を指で摘まむ。
「綺麗だろう? 2週間くらい前だったかな・・・町にきた行商人から買ったんだ」
黒曜石の様な黒色の宝石だ。
だが、その石は普通の宝石には無い、人を惹き付ける誘惑的な魅力がある。
近づきたくもない嫌悪感を抱くが、不思議と目が離せない。
「コレを手に入れてから、僕の目に映る世界は変わったんだよ。今まで感じていた倦怠感がなくなって、身体が羽のように軽いんだ。此処まで健康的なのは生まれて初めてだったよ」
ラッセル・ドワイトは生まれつき病弱だった。
床に臥せっぱなしというほどではないが、元気に走り回るほどの体力はなかった。
歳を取るにつれて身体はそこそこ丈夫にはなったが、それでも一般的な成人男性には程遠い。
成人を迎えても、虚弱体質は変わらなかった。
「この石にはね、不思議な力があるんだ。最初は僕も信じてなかったけど、実際身に付けてみて解かったよ。この石は、本物だ。魔法道具でもこれほどの効果を持つモノはそうはないだろう。この力があれば、出来ない事なんて無い‼」
「・・・・・・」
目を血走らせるラッセルの様子に、サクラは確信した。
(あの宝石が・・・・・・)
そうとしか思えない。
手に入れたのが2週間ほど前なら、最後にサクラソウ村へ訪れた日の後という事になる。
時期的にも間違いないだろう。
何故、手に入れて直ぐに行動を起こさなかったのか?
それとも、宝石を手に入れて直ぐに豹変した訳ではないのか?
疑問はあるが、幼馴染みが変わってしまったのは間違いなくあの宝石のせいだ。
魔法道具の中には呪われたものもあると、父や村長に聞いたこともある。
アレも、おそらくはそういう類いなのだろう。
問題は、あのペンダントをどうやってラッセルから取り外すか。
口で言って大人しく外すとは思えない。
かと言って、自分は両手足が鎖に繋がれて動かせない。
魔法も【魔禁石】の枷で使えない。
現状を打破する方法を思考するが、サクラには良い考えが浮かばない。
自分ではどうにも出来ない以上、外からの助けに期待するしかないが――――――
「この石を身に付けているとね、声が聞こえるんだよ。『欲しいモノがあるなら躊躇うな、力尽くでも手に入れろ! お前にはそれだけの力がある‼』ってね。だから僕は、君を手に入れることに躊躇しないよ。この力でモノにしてみせる。この力さえあれば、アルフォンスさんだって倒せるはずだ・・・・・・‼」
(――――――そんな時間無いっ‼)
呑気に助けを待っていたら、何をされるか分かったものじゃない。
そう感じた、サクラのその危機感は正しかった。
「さぁ、式を挙げようじゃないかサクラ! 今日の婚儀の為に用意したこの部屋で、君と僕は1つになるんだ‼」
欲望に染まったその眼に、危機感が加速する。
必死に手足を動かすが、枷は外れないし、鎖も千切れない。
ラッセルの手がサクラの顎に伸び、少し持ち上げる。
覆い被さる様に上乗りしたラッセルの顔が、サクラに近づく。
咄嗟に膝撃ちを繰り出そうと反射的に膝が動いたが、伸ばされた足を曲げることは叶わず、ただ煩く鎖を鳴らすだけに終わる。
肘も曲げられず、首を動かし顔を背けようにも、顎を手で固定されて動かせない。
徐々に近づく互いの顔。
その唇がサクラの唇に触れようとしたその瞬間、
――――――轟ッ‼と、爆音と振動が部屋に響き渡った。
振動と衝撃で部屋が・・・否、建物全体が揺れる。
ステンドグラスや床が、壁が罅割れ、部屋の扉が外れて倒れた。
動きを止めたラッセルは爆音が聞こえた方向・・・この部屋の壊れた扉部分――――出入り口に目を向け、不敵に笑った。
「やはり来たか。まぁ、予想はしていたけどね」
サクラから手を離し、立ち上がる。
「最大の障害であるアルフォンスさんを倒さずに来ちゃったからね、サクラを連れ戻しに来ることは想定内さ」
いい所を邪魔されて、これ以上ないほどの不快感を味合わされたが。
だが、何も問題はない。
障害を排除すれば、もう自分の邪魔をする者はいなくなる。
全ては邪魔者を片付けてから、だ。
「誰が来たのかな? やっぱりアルフォンスさん・・・いや、それともオルトンさんかヒナギクさんか。あるいは3人で来たって線もあるよねぇ・・・・・・?」
しかし、ラッセルに恐れは無い。
全身から漲るこの力さえあれば、自分に勝てる者などいないのだから。
たとえ此処フィオーレ王国10指に入る程の腕を持つ冒険者でも、王都の魔法学院に所属していた魔導士でも、負ける気がしない。
足音が聞こえる。
遠くからこの部屋へと少しずつ、瓦礫等を踏みつぶしながら近づく音が聞こえてくる。
「・・・・・・1人か。やはりアルフォンスさんか」
その足音からして、近づいてくるのは1人だけ。
ラッセルにとって一番候補に挙がるのは、サクラの父親であるアルフォンス。
だが、サクラの予想は違う。
父と母は朝早く出かけており、タマリスク荒野へ悠の手掛かりを探し、ついでにクエストをこなしに行ってるのだ。
自分が誘拐されて、そしておそらくアセビタウンにまで運ばれた事を考えると、こんなに早く駆けつけてくれるとは思えなかった。
可能性があるとすれば、村を少し離れていたオルトンさん。
もしくは――――――
「・・・・・・隠れてないで、出てきたらどうですか?」
部屋に入る直前で足音が止まり、不審に思うラッセルが入室を促す。
アルフォンスが来ているのなら、何故踏み込むことに躊躇するのか分からない。
あの豪胆で豪快な性格なら、直ぐに突っ込んでくるだろう。
それをしない時点で、サクラは此処に来たのが父ではないと確信した。
そして、分かってしまった。
この場にやって来たのが誰なのか。
溜息と共に部屋の向こう側からやって来て、足を踏み入れてきた誰かの姿が明らかになる。
「――――――なんで」
あるいは、どうやって? というべきか。
馬車で連れ去られて隣町まで来ている筈なら、駆けつけれるはずがない。
にも拘らず、予想した人物がそこにいた。
「・・・・・・誰だい、君?」
サクラにとっては予想内、ラッセルにとっては想像外の人物。
「誰だ、ねぇ。人に名を訪ねる時は、自分から名乗るのが礼儀らしいぞ? 知らねぇけど」
この世界ではないブレザーの学生服を着こなして、腰に剣をぶら下げている、黒髪黒目の異世界人。
宇枝 悠の姿がそこに在った。




