第2話 宇枝悠の日常
「・・・・・・ふぅ」
何時の間にか荒野から草原に辿り着く。
草原の道が、ある程度整えられた街道のような場所へと出た俺は進めていた足を止め一息吐くことにした。
「はあぁぁぁぁぁ・・・・・・」
デカい溜息を吐き、空を仰ぎ思い出すは先程居た場所。
倒れている人達を放って来たが、大丈夫だったのだろうか?
「って、そうだよ救急車呼べよ」
今更になって当然の考えが頭を過った。
いきなり訳の分からんことが起きたから、ガラにも無く気が動転したのか?
今自分が何処に居るのかも、持ってるスマホのGPS使えば分かるだろう。
ポケットを漁り、スマホを取り出す。
まず自分がどの辺りにいるのかを調べようと画面を起動させるが、そのディスプレイに映る電波の受信を現すアンテナは1本も立っておらず、圏外と表示されていた。
「マジか・・・・・・」
一応念の為、119を押して電話を掛けようとするが、
「えーと、119番で良かったっけか?」
なんかただの怪我人とかじゃなさそうだから110番の方がいいのでは?
そんな考えが過ったが、もう分からんからその辺はプロに任せよう。
119番通報してそのまま電話で説明すればいい。
繋がればの話だが。
「・・・・・・やっぱダメか」
アンテナが立ってない。
つまりは電波の届かない所に、自分は今いるのだ。
掛かる筈がない。
「そもそも、何でこんなことになっちまったんだ?」
普段の自分の生活なら、こんな出来事などまず起こらないだろう。
自分の名前が『宇枝 悠』という事も分かるし、記憶もハッキリしている。
宇枝 悠。15歳。男。
県内でそこそこの偏差値の公立校に通う高校1年生。
成績は昔から中の下~中の上を行ったり来たりしている程度。
所属はテニス部と風紀委員会。
部のレベルは県大会出場レベルで、俺の個人レベルはレギュラーにはまだ成れていないが、今の3年が引退したら、運が良ければレギュラーの座を取れるレベルだと思う。
実力はそこそこという事だ。
風紀委員会所属と聞けば真面目臭く聞こえるかもだが、単に誰も入ろうとせず、クラス内で誰も入らないのはマズいからと担任に頼まれて入っただけで、そこまで真面目に活動してはいない。
家族構成は俺・父・母・弟・妹の計5人。
趣味は読書、特技はカラオケ。
俺の素性は、こんなもんでいいだろ。
別に記憶障害になった訳ではなさそうだ。
俺は何故此処に居るのか、今現在に至るまでの記憶を辿る。
◆◆◆
「俺、次の大会が終わったら、告白しようと思うんだ」
「わざわざ玉砕宣言すんのか?」
「玉砕しねぇよ!?」
バン!と、俺の目の前でテーブルを叩く、腐れ縁『古田 光太郎』。
テーブルを強く叩いたせいで、上に乗ってるコーラを始めとした飲み物や食べ物が零れそうになる。
「あんま騒ぐなよ、店の中だぞ」
「あ、ワリ」
興奮も収まったのか、光太郎は少しずれたテーブルを戻し、ちょっとこぼれたコーラを布巾で拭いた。
此処は世界各国にチェーン店がある某ハンバーガー店。
学校の帰りに寄り、この友人とバーガーを食べながら適当に駄弁っていたのだ。
「で、何だっけ。お前の失恋を慰めようぜパーティの企画?」
「玉砕前提で話すなよ‼」
今度は流石にテーブルを叩くなんて事はしなかったが、それでも結構怒り心頭のようだ。
「分かった分かった、悪かったよ」
「ったくよぉ」
ストローなんて面倒なモノは使わねぇぜとばかりに、紙コップに入れられたコーラを氷ごとワイルドにがぶ飲みする光太郎。
飲み干して落ち着きが戻った所で、俺は話を戻した。
「告白ってアレか、前から気にしてたあの娘か?」
名前が何だったのかは思い出せないが、コイツと同じクラスだった娘だ。
ちなみにどうでもいいことだが、俺と光太郎は別のクラスだ。
「そうだよ! 俺は今度こそアイツに告白する‼」
光太郎とは小学校からの付き合いで、光太郎が告白しようとしている娘は、俺達と同じ中学に通っていた。
俺はその娘と同じクラスになった事はないから、顔も名前もうろ覚えだ。
中2の頃だったか、なんか一目惚れして告るぞとか何とか2年くらい前から言ってるのだが。
「告白出来んのか? ヘタレのお前が」
「誰がヘタレかッ‼」
「告るぞと宣言してから2年くらい経ってっけど、一度も告白したっつー話を聴かないんだが?」
「ぬぐぅっ!?」
図星を突かれたのか随分愉快な表情をする光太郎は「あの時は忙しかった」とか「時期が悪い」とかなんとか言い訳を始める。
言い訳長いんだよな、コイツ。
見た目は別に悪くないんだから、その辺の悪癖をもうちょっと如何にかすればチャンスがあるかもなのに。
光太郎は野球部だ。
イケメンと呼べるような容姿ではないが、短髪で引き締まった身体をしているスポーツマンらしい風貌である。
背丈は俺とそう変わらない175cm前後だから大柄という訳では無いが、お互いまだ15歳。
まだまだ伸びて逞しくなるだろうさ。
俺の容姿はいたって普通だと思う。
強いて言えば昔から、良く言えば大人っぽく、悪く言えば年寄りくさく見えると言われるくらいか。
中学生の頃、家族でデパートに行き親戚の小学生の面倒を見ながら買い物をしていた時、店員に「今日は車で来られましたか?」とか「可愛いお子さんですね」とか言われるくらいには歳くって見られるらしい。
解せぬ。
「今度こそ! 今度こそ俺は‼ 告るんだよ‼‼」
「それは分かったけどよ」
「何だよ!?」
「みんなコッチ見てるぞ」
「・・・・・・ゑ?」
ギリギリという妙な音を立てて首を回し、周囲を見回す光太郎。
周囲にいる客たちは、なにやら温かい目をしていた。
「よかったな、みんな応援してくれてるぞ」
「うるせえぇぇーっ‼」
顔を赤くして(若干半泣きに見えないことも無かった)光太郎は店を飛び出していった。
いや、片付けて行けよ。
◆◆◆
「告白ねぇ・・・・・・」
バーカー店からの帰り道。
もう日が沈みかけ、後1時間もすれば夕焼けから夜空に変わりそうだ。
「日が長くなってきたな」
季節は夏がそろそろ訪れそうな6月上旬。
春の大会はもう終わってる(つか時期的にこっちに1年は参加出来ない)から、次の大会は夏大会。
来週から行われる地方大会だ。
告白するとしたら夏休み前か?
勝ち進んだらもっと後になるんだろうが。
ちなみにうちの学校の野球部は県大会ベスト8が一番いい成績で、去年は県大会ベスト16まで勝ち進んだらしい。
例年とそう大差ないなら甲子園には行けないだろうし、夏休みの内に告白出来そうだ。
告白すればの話だが。
何かと理由を作って告白しないからな。
練習が忙しい、勉強が忙しいとか。
「勉強かぁ・・・・・・」
来月から夏休みだが、当然その前には期末試験がある。
時間ある時に少しは勉強しなければ。
「・・・・・・」
高校生にもなれば何かしら変わって特別な事が起きる・・・なんて期待が無い訳では無かったが、やはり中学までの生活とそう大差はない。
退屈な訳では無いが、何か物足りないと言うか・・・・・・。
「燃えねぇな、なんか・・・・・・」
あるいは萌えない?
いや、それはなんか違う気が。
あーだこーだと頭を捻らせていたら、
「こんばんわ」
声を掛けられた。
「ああ、こんばんわ」
犬の散歩をしているお婆さんだ。
うだうだと考えていたら、家の近くの公園にまで来ていたようだ。
このお婆さんとは昔から、よくこの公園ですれ違う。
名前は知らないし、そんなに話す訳でも無いが、たぶん近くに住んでいるんだろう。
ただ挨拶を交わし、そのままお婆さんは犬を連れて何処かへ行き、俺も公園の中を通り家へ帰る。
この公園を突っ切った方が近いからな。
「あの婆さんも変わんねぇな」
最初に会ったのは何時だったか。
たぶん小学生か幼稚園生?
そんな小さい頃から会っていたというのに、あのお婆さんは変わらない姿をしている。
まぁ、初対面時で既に70越えてたような気もするし、それから10年経っても大差ないからだろうが。
うん、ホント、身体がデカくなっても俺は見た目以上の変化はあまり無いな。
「あー・・・なんか面白ぇ事でも起きねぇかなぁ・・・・・・」
事件とか起きても困るけど。
別に子供の頃見たアニメの様な不思議な生物と遭遇したり、何か別の世界に飛ばされたりなんて期待はしてないから。
「せめて宝くじが当たるぐらいはあってもいいんじゃねーか?」
年末ジャンボとか。
それもまだ半年ぐらい先の話だが。
目先に何か落ちてるとか無いだろうか?
500円玉でも落ちてたら喜ぶぜ、俺。
「お?」
公園を通る俺の視界、備え付けのベンチの下に、それは落ちていた。
「・・・・・・マジで?」
500円玉だった。
近寄り拾い上げて、思わず周りを見回してしまう。
・・・うん、誰も見てないな。
「よしよし」
誰かに見つかる前にポケットにある財布の中へと入れる。
まさか本当に落ちているとは。
もう家に帰るだけだが、運が良い日のようだ。
・・・・・・なんか虚しさがあるが。
―――――――――――――――。
「ん?」
風が吹き、その風に乗る様に声が聴こえた。
何を言っているのかは聞き取れなかったが、ネコババしたとこ誰かに見られたか?
――――――――――誰か、助けて。
「ああ?」
今度はハッキリと聴こえて来た。
――――――このままだと、■■てしまう。みんな、■■でしまう。全部、■■てしまう。
風が強まり、所々風音に紛れて聞き取れない。
よく分からないが、最初は確かに助けを求める言葉が聴こえた。
「おい、誰だ? 何かあったのか?」
風がさらに強まる。
俺の声は風に遮られ、自分でも自分の発した言葉が聞き取れない。
風が目に入って、目が痛い。
開けていられない。
なんて急な暴風だ。
今日、台風の予報なんて出ていただろうか。
より一層風が強まり、風音以外何も聞こえなくなる。
視界も閉じているので何も見えない。
――――誰か、この世界を■■■■■■■!
そして、風が止んだ。