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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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カルマ



 城に帰って早々、俺の鼓膜を破らんばかりに響いたのはよく知る人物の怒鳴り声だった。



「文句ある奴はこれで全部かァ、オイ!?」



 熊や獅子も裸足で逃げ出すような凄みのある蛮声。何事かと声のする大広間に飛び込んだ俺のすぐ目と鼻の先を、一人のベテルギウスがもの凄い速さで横切って壁に追突した。



 壁に打ち付けられ短く呻きながらずり落ちたそのベテルギウスは、俺の記憶ではベテルギウスの中でも手練れに数えられる男だったはず。名前は確かゲイル。



 そんな奴をここまで一方的に痛めつける人間はこの城の中で三人しか思い浮かばない。ソーマとケント。そして今荒れ狂っているこの男。



「なんだ? 荒れてんな、カルマ。もっと静かに歓迎できないのか。大事な仲間が、アルカディアの本部まで遥々ハルカを届けて、こうしてようやく帰ってきたって言うのによ」



 そこそこ長身な部類に入る俺より頭一つ分大きく、ザガンのローブの上からでも隠し切れていない筋骨隆々の体躯。



 男にしては少し長めの髪は藍色で、左こめかみ部分に走る稲妻型の剃り込みがいかにも野蛮人である。



 実際、このカルマは彼が坂本さかもと 狩馬かるまであった頃は常勝無敗の喧嘩屋として顔の広い、我が校の番長的存在だった。



 男子高であることも手伝いウチの高校はかなり荒れていた、らしいのだが、カルマが入学早々そんな先輩達を次から次へと蹴散らしてしまったおかげで俺達は平和な学校生活を送ることができた。



 カルマがいるというだけで、ウチにちょっかいを出すような他校の連中も綺麗さっぱりいなくなる始末で、カルマ本人は張り合いが無さそうにしていたが、彼も好んで暴力を振るタイプでは無かったようで思いの外早く俺達クラスメートと馴染んだ。



 クラスのリーダー的存在となったカルマは瑞季の熱烈なファンでもあり、告白した回数は脅威の二桁突破。強いて言うまでもないが同じ数だけ撃沈している。



 そんなカルマの仁王立ちする周りには、十人近くのベテルギウスが小刻みに震えながら這い蹲っていた。低く響く呪詛の数々もカルマが一つ凄むと一瞬で凪ぐ。



「ん? おお、お帰りトーリ」



 呑気な声と無邪気な笑顔でカルマは俺を迎えた。



「ただいま。それよりなんの騒ぎだよ、ベテルギウスとまた揉めたのか?」



 カルマはベテルギウスのなんてことない挑発に簡単に乗せられるので、これまで何度も何度も何度も問題を起こしてきた。



 カルマによって半殺しにされたベテルギウスの数は両手足の指でも足りないだろう。このあいだは足を引っかけられたという理由でベテルギウスの新人を暗黒海に投げ落としてしまった。命辛々岸まで上がったベテルギウスのあの顔は傑作だった。



 実際、コーメイの呪いなんかは下手をすれば人が死ぬ分カルマよりかなり問題行動なのだが、派手で目に余るカルマの暴走の影に巧く隠れて目立たないようにしている。腹黒メガネのあだ名に恥じぬ鬼畜ぶりだ。



「俺をなんだと思ってんだよ。今回はちげーって。こいつらが城から出て行けなんて言うからよ、実力行使したまでだ」



 カルマの指さす先には、化け物を見るような目でカルマを見ているベテルギウスの集団。数にしておよそ三十。カルマが既にボコボコにしてしまった者達を加えると四十というところか。



 この程度の数でカルマを説得できると思ったなら、立ち退きを言い渡すように命じたはずのソーマ、もしくはバットマンも目が曇ったもんだな。



「く、そ……脳筋ヤローが……!」



 膝を震わせながら立ち上がり、悪態を吐いたのはゲイルだ。壁を支えにしながら俺達に落ち窪んだ両目を向ける。



「ウチが捕らえた女を横取って独占してたかと思えば、なに逃がしてくれてんだよ!? ソーマ様には失望されるわあのコウモリ野郎にはこき使われるわ……テメェらみたいな胸糞悪いガキ共と共同生活なんて、ずっっっと前から嫌気がさしてたんだ!! 俺達の城から出て行かねえなら、ベテルギウス全勢力でテメェら皆殺しにしてもいいんだぜ!?」



 つばを撒き散らしながら喚くゲイルに、不快感を覚えながら俺は考える。どうやらこいつらはハルカが逃げ出した一件で不満が爆発し、俺達をここから追い出そうと独断でカルマに詰め寄った次第のようだ。



「ソーマやバットマンの命令ってわけじゃないみたいだな。力ずくでこいつに言うこと聞かせたいなら、次からは倍の人数連れてくることを勧めるぞ」



「いや、三倍でも足りねえなぁ。なんなら望み通り全勢力でかかってくるか? 俺が死ぬまでにお前ら何人死ぬだろうなァ!?」



 大気がビリビリ震えるほどの気迫。カルマの威嚇にベテルギウスは皆苦虫を噛み潰す。



 実際、人数で圧倒的に上回るベテルギウスに飲み込まれることなく、これまでザガンが対等の立場を続けられたのは他でもなくカルマの存在があったからだ。



 カルマが全力で逆らえば、ザガンを完全に押さえ込むに至るまでに被るであろうベテルギウスの被害は甚大だ。だから手が出せない。



「……ソーマ様は今、アルカディアのクソ研究員にやられた傷を癒すべくお休みになられている。ソーマ様が目覚めたら、今度こそお前らの命はないからな!」



 ゲイルの胴間声に、俺はつい先ほどまでのレガリアでのやり取りに合点がいった。俺とハルカの命を、その命を賭して救ってくれた研究員の話だ。



 ソーマとケントを相手にどうやって俺達二人を逃がせたのか気になって仕方が無かったが──まさか、あのソーマを重体まで追い込むほどの実力とは。



 死ぬには惜しすぎた。その研究員を攻めの主軸において巧く策を弄せば、ソーマを完全に討伐する未来も明るかったかもしれないのに。



 俺達二人は、果たしてその人と同じだけの働きができるだろうか。彼が命を懸けて守ったに値する価値が、果たして──



 いや、そうじゃない。これからそれだけの働きをすればいいだけのことだ。俺はベテルギウスと最も接近できる存在として。ハルカはバットマンに対する最大の弱みとして。俺達にしかできない仕事があるはずだ。



 俺は顔も知らない研究員に向けて心の中で呟いた。一言、見ていてくれ、と。



「へえ、ソーマは寝てんのか。寝首でも掻きに行くかトーリ?」



 そんな俺の胸中を知ってか知らずか、堂々とこんなことを言うカルマにため息を禁じ得ない。見ろ、ベテルギウスの皆様が殺伐とし始めた。



 ベテルギウスは仁も義も辞書にない低俗な集団だが、どういうわけかソーマへの深い敬愛だけは全員が共通で持っている。



 それは単なる畏怖だけでは説明が足りない。文字通り彼らはソーマを敬い、心から愛しているのだ。



 そんな奴らの前で、ソーマに対する悪口も、ましてや殺害予告など決して口にしてはならないことだ。



 俺は少なくともしばらくは、ベテルギウスと揉め事を起こしたくないと思っている。



「やめとけよカルマ、例え不意打ちでもソーマを殺せるなんて思わない方がいい。あいつは別格だ」



 ベテルギウスの機嫌が分かりやすく持ち直した反面、カルマは不愉快そうに眉をつり上げた。睨むように俺を見下ろすカルマに目配せする。



 宥めるように、「方便に決まってんだろ。サシでカルマに勝てるやつなんかいないって」と目で伝える。カルマも簡単に機嫌を取り戻した。



「そ、そうだな。や、やめとくかー」



 酷い棒読みだが意図は組んでくれたようである。どのみちソーマの寝室に辿り着くまでにはうんざりする量のベテルギウスが待ち構えているだろう。敵にはケントもいることだし、寝首を掻くのはあまり現実的ではない。



「そういうわけだ。カルマ、俺はちょっと訓練場に行くつもりだけどお前はどうする?」



「ん、俺はこいつらとの話をつけたらまた冬真を探しにフィールドに出ようと思ってる」



 げ、と俺は思い出したように辟易した。ザガンの連中、特にこのカルマは未だに瑞季の仇を捜すことに妄執している。俺は全員をこれから説得し、倒すべき敵はベテルギウスとバットマンだという認識に変えなければならないのだ。



 ハルカが俺にしてくれたように。これは骨が折れそうだ。



「……そうか。悪いけど、その件で俺から大事な話があるんだ。今日の夜九時に談話室に集まって欲しいんだが、お前の方から皆に伝えといてくれるか? 皆も今頃は冬真捜しで世界中に散らばってるんだろうけど、なんとか集めてくれ」



 カルマは目を丸くして俺の顔を凝視し、珍しそうにため息を吐いた。



「お前から真面目な話なんて悪い予感しかしねーけどな。分かった、声かけとくわ」



 豪快に笑って俺の背中をバシンと叩いた。行けということだろう。こいつなら一人でもこの場を任せられるだろうと思い、俺はベテルギウスの集団の中を突っ切って訓練場に向かうことに。



 緩慢な動きで道を開けるベテルギウスの面々。すれ違いざまにそれはそれは呪詛が飛んでくるのだが、俺もカルマほど子どもではない。こんなのは相手にしないのが吉だ。



「あ、おいトーリ!」



 大広間を出る扉の前についたあたりで、カルマに大声で呼び止められた。



「あん? なんだよ」



「お前、ハルカちゃんに変なことしてねーだろうな!」



「ばっ……!」



 カルマは熱狂的な瑞季のファンであると共に、ハルカに対しても熱烈な思いを抱いている。鬼の形相を向けられて俺は叫んだ。



「なにもしてねーよバカ!」



 さっさと扉を開け放って潜り、音を立てて思いっきり閉めた。バン、と派手な音を最後に大広間の空気から閉め出される。廊下は静かだった。



「カルマの野郎、いらんことばっか考えやがって……だいたいハルカは瑞季とは全然……」



 大股で豪奢な赤絨毯の敷かれた廊下を歩いて訓練場へと向かう。そうだ、ハルカは瑞季じゃない。



『トーリ君、一緒に行こう? ここより大変かもしれないけど、ここよりもっともっと、明るいところに行こうよ』



 なんだ。俺は更に足を速めた。なんであいつの声ばっかり思い出す。



『ねえ。競争しない?』



『ご飯よ! ご、は、ん!』



『トーリ君が死んじゃったら、私……』



『私は許すよ。私はやり直して欲しい』



 ハルカの笑顔が、涙が、一緒に過ごした時間が勝手に頭の中を流れて止まらない。俺は足を止めた。胸がぎゅっと熱くなる。頭がぼーっとする。懐かしい感覚。



 トーリ君。トーリ君。俺を呼ぶハルカの声を思い出すだけで心臓がバクバクうるせえ。



「……くそ、マジかよ俺」



 片手で額のあたりを掴んで唸る。風邪を引いたみたいに熱っぽかった。きっと今俺はタコみたいな顔をしているに違いない。





「俺…………お前が好きみたいだ──ハルカ」

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