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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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今度は理想郷で



 無限に降りていくエレベーターに、乗せられたような。



 トーリの口から蕩々と語られた彼らの過去──ザガンの動機その全てを聞き終えて、ハルカはそんな無常感を覚えた。



「この辺りを話すのは二度目になるな。ともかくそういう経緯だ。結局、冬真は見つからないまま。俺達には途方も無い罪だけが残った」



「そんな、ことが……。スラムのことも、現実の世界でそんな恐ろしいことが身近に起こるんだってことも。私……全然分かってなかった」



 向こうの世界での記憶は漠然としているとは言え、いたって平和な日常生活を送っていたのは間違いない。母と二人、毎日慎ましく楽しく生きていた。



 トーリが苦笑する。



「こんなの頻繁に起こってたまるか。ハルカの認識は普通だよ。……でも、スラムの奴らはマジでいかれてる。なんの謂われも無く被害に遭ったのは瑞季だけなんてわけない。それにベテルギウスのメンバーの大部分はスラム出身者だ。ハードも当然盗品だろうな」



 ハルカはもう身をもって思い知っている。ベテルギウスという人種の異常性を。同じ人間と思っていては痛い目を見るのは既に教訓となった。



「話してくれてありがとう。私、ずっと気になってたから。瑞季さんって人のこと。すごく……素敵な人」



 鬼ヶ島で過ごした時間を思い出す。初めて顔を合わせたザガンの反応は不思議なほど皆同じだった。目を見開き、瑞季と名を呼び、頬を震わせ、中には涙を流す者も。



 彼らは皆瑞季という少女を慕い、愛していた。ハルカは彼女の面影を持つ、それだけの理由でザガンから守られ続けていたのだ。トーリやコーメイがバットマンに逆らってまでしてハルカを逃がしてくれた理由もそれでしか有り得ない。



 だから話を聞けて良かった。理由も分からず命を張って護られることほど腑に落ちないものは無い。



 さぞその冬真という男が憎かろう。わけも分からず突然大切な人を奪われ、何も罪の意識がないような口調でこの世界に招かれた。話を聞いただけのハルカでもその男に激烈な憤りを覚える。



「……でも、それでも。トーリ君は復讐をやめるって言ってくれた」



 ハルカは自然に笑った。トーリも救われたようにつられて笑った。



「俺達……やり直せるかな。ベテルギウスを倒して、バットマンをとっ捕まえて。この世界をもし元に取り戻せたら、そしたらさ。俺達、やり直してもいいんだろうか」



 かつてのトーリとは思えないほどその言葉は前向きだった。ハルカは何一つ包み隠すことなく言葉を選ぶ。



「世界中の全員はそれを許さないと思う。でもそんなの気にしてたらキリが無いでしょ。私は許すよ。私はやり直して欲しい。これでどのくらい気が楽になった?」



 トーリは何か騙された気分になったようなしかめ面になって、やがて吹き出した。



「ハルカ一人で十分すぎるみたいだ」



 この時見せたトーリの笑顔があまりにも少年的だったのでハルカの胸は高鳴った。彼の時間はきっと、十六歳の彼を置き去りにして進んでしまっていたのだ。



「なあ、ハルカ。俺と友達になってくれ」



 三個も年上の彼に友達申請を受けたハルカは面食らったが、そういえば最初にそれを持ちかけたのはハルカの方だ。



「うん。こちらこそよろしくお願いします」



 若干の照れくささを感じながらお辞儀。トーリはここを離れ鬼ヶ島へ戻ってしまうが、友達である限りお互いはお互いの味方だ。



「こんなの、自分勝手すぎるって分かってるけどさ。俺、本気でこの世界を元に戻すために戦うから。……だから、それとなーく、アルカディアの皆さんに言っといてくれよ。ザガンは利用価値があるからしばらくは泳がせとこうみたいな。な? どうか一つ!」



 アルカディアからの誘いを蹴っておいて狙われるのは怖いらしい。後半の台詞がなければ男らしかったのだが、両手を合わせて頼み込む姿はこれはこれで愉快だ。



「分かってる分かってる。敵の敵を真っ先に始末するほどアルカディアも馬鹿じゃないはずよ。私も、私なりに戦うから──今度は理想郷で会いましょう」



 アルカディアの庇護下で護られ続けながら、世界を取り戻してくれるまで指をくわえて待っていられるほどハルカは賢くない。それに、セツナならきっとそうする。



「……ああ。今度は理想郷で」



 トーリは立ち上がった。行ってしまう。腹の底が冷えるような不安を一瞬覚えた。ここを離れてしまえば最後、トーリの命は全く保証されない。



 それでも交わした言葉の強さを信じて、ハルカもベッドから飛び降りた。



 自室からトーリを連れて出たハルカはぎくりと硬直した。扉のすぐ横の壁にもたれかかる白衣姿があったからだ。



「ヒロキさん……もしかして聴いてたんですか」



「竜の耳はとても性能が高くてね。防音壁も関係なかったりする」



 そう言うヒロキが頭に巻いたタオルの隙間からピョンと跳ねた耳は、エルフのように尖り緑色の鱗が生え揃っていた。ピコピコ、と耳を動かして見せるヒロキに敵意のような物は感じない。



「ザガンのトーリ君。君の辛い過去は勝手に聴かせてもらった。その男を恨む気持ちは理解できないわけじゃない。けど僕は君が憎い」



「……はい」



「僕がこの世界を創るのに費やした時間は五年じゃ足りない。研究員によってその時間はまちまちだけど、シンジさんに至っては二十四年だ。その世界を踏みにじられた屈辱が君に分かるかい」



 迷ったように俯いたトーリはやがて、少しなら、と答えた。ヒロキはその答えに満足したようだった。



「ここで宣言しておこう。口では何を言おうが、僕達は絶対にこの世界で人を殺さない。何があろうともだ。もちろん君達も含めて。何故ならこの世界を人が死ぬような風に創った覚えは、僕達にはないからね」



 痛烈な皮肉だが、トーリはこれぐらい言われた方がむしろスッキリしただろう。そしてヒロキの言葉はトーリの不安を拭った。



「君達のことは今のところ許せそうにないが、絶対に殺さない。ベテルギウスもだ。……ああ、おたくの魔法使いさんが呪いをかけてくれたせいでベテルギウスの捕虜を一人、自爆に追い込んじゃった件があるけど、あれは僕の中でノーカンってことにしてる」



 笑っていいのか分からなかったが、ヒロキは和ませるために言ったようだった。



 たった数時間でワタルの死を、少なくとも表面上だけでもここまで抑え込み、憎しみを向けて然るべき相手のトーリを気遣う様子さえ見せるヒロキの度量にハルカは心底感服した。



 ハルカはかつてそれができず、六人ものベテルギウスを殺しているのだから。



「コーメイの呪いのことですか……あいつ、仮にも同盟関係のベテルギウスに容赦なさすぎなんですよね。冬真の依頼で瑞季の血を抜いた名前も知らない解体屋とベテルギウスがダブるんだと思います。俺もそうじゃないとは言えませんけど」



 ザガンについて語れば身体が爆発するという呪いを、コーメイがベテルギウスにかけたという話は本人から聞いたことがあったが、ジョークだと思って聞き流していた。



 ハルカにしてみれば呪いという概念がそもそも胡散臭かったのだ。



「ベテルギウスを倒してくれるならこっちは願ってもない話だ、その点に関しては何も言わないよ。僕から言えることは結局最初と変わらない。せいぜいアルカディアのためにしっかり働いてくれ」



 こ、これはもしや。事実上の同盟関係なのでは。ハルカはトーリとヒロキを交互に見つめた。



 両者の間に絆の類いは皆無だが、危惧していたよりかなり良好な関係だ。



「……ありがとうございます。俺、捕虜にされて死ぬギリギリまで鞭で打たれても何も言えないのに」



「生憎そんな奇特な趣味はないよ。ずっと恨み続けた襲撃犯のリーダー格がこんだけ殊勝にしてるのが逆にムカつくけどね」



 許されたわけでなくても、協力を認めてもらえただけでトーリはどれだけ救われただろうか。



 アルカディアが実際猫の手も借りたい状況なのも理由の一つではあるのだろうが、それでもトーリは命を懸ける目的を与えられた。



 命を懸けることで役に立てるのであれば、ザガンは償いの実感を得られるかもしれない。



 そして彼らは今更、自分の命を人のために使うことに惜しさなど欠片も感じないだろう。



 それほどに彼らは十分苦しんだ。ヒロキもそれを分かっているのだ。それでも飲み込めない分を、きっと彼は少しずつ溶かしていくのだろう。



「さあ、話は終わったからさっさと失せてもらおうか。この廊下を突き当たりに行けば非常口がある。外からは開けられないが中からは開く仕組みだ。そこから外に出れば、後は転移で帰れるだろう」



「分かりました。……恩に着ます」



 深々と頭を下げたトーリは、迅速に背を向けると一度も振り返らずに去って行った。



 非常口を開け放ち、そこから外へ向け飛び出したかと思うと、転移の効果光にその身を躍らせてあっさりと消えてしまった。



 やがてパタンと閉じた非常口を確認してから、ヒロキはふう、とため息を吐いた。



「……憎い相手が憎めない人間だと、こんなにキツいんだね」



 ハルカが何も言えないでいると、ヒロキは「ごめん、大人げなかった」と笑ってハルカの頭に手を乗せた。






 ヒロキと別れ、自室に戻ったハルカはそのままベッドにダイブした。アルカディア本部の名に恥じぬ最高級設定のベッドは身体が沈み込むほどにフカフカで、一度寝てしまえば起き上がるのにとてつもない精神力を必要とする。



 ようやく懸念材料全てが片付き、ハルカには物思いに耽る余裕が生まれた。ハルカが想うのは彼らのこと。無理もなく吐息が漏れ、シーツに埋めた口周りを温める。



「タイミング悪すぎるよ、もぅ……」



 いじけた声。甘えた声。ここまで弱くなれたのはいつぶりだろうか。



 鬼ヶ島に軟禁され、そこから脱出しトーリと共に長い逃亡生活を乗り越えたと思えば、最悪の刺客に追い詰められ、ワタルの命を犠牲に辛々逃げ延びた。



 かと思えばトーリの処遇についてアルカディアと一悶着。目を覚ましたトーリから聴かされた惨すぎる真実。



 これまで気を抜ける瞬間がほとんど無かった。もうそろそろ報われてもいい頃だろうに、と我ながら思ってしまう。



 ようやくここまで辿り着いたというのに、最愛の恋人であるセツナも親友であるアンナも、五日前という、ほぼ入れ違いの最悪のタイミングで大迷宮に潜ってしまっていたのだ。



 話によれば、彼らがこのフィールドに帰ってくるのは少なくとも一ヶ月以上先の見通しになるらしい。当然、無事に帰ってくる保証は無い。



 追いかけようにも、中では既に数ヶ月の時間が経っている計算。ハルカ一人の力では今からセツナ達に追いつくことは確実に不可能だ。



 セツナ達が迷宮に潜ったという話は、ドラゴンの背に乗ってここを目指す際にヒロキが教えてくれたものだ。



「そんなに難しいダンジョンじゃない」と最初こそ言ってくれたが、すぐに嘘だと分かって問い詰めてから、騙されたままでいれば良かったと後悔した。生存確率一パーセントだなんて……ヒロキも馬鹿正直にも程がある。



「……待ってるから」



 そう、囁いた。セツナ達が三年以上もの過酷を極める挑戦を続けているのに、その三十分の一を待つだけのこちらがこれ以上弱音を吐くわけにはいかない。



 待ってる。信じて待ってる。セツナはどんな理不尽にも屈しないのだから。



「きっと……きっと、帰ってきてね」



 ハルカは遠い場所で戦う彼らに、そっと祈を添えて目を閉じた。

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