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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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ハナミヤミズキ

 朝、いつものように遅刻すれすれで教室に滑り込んだ時から違和感を感じた。



「あれ……? あいつ休みか?」



 いつもなら「おっそーい!」と朝から元気マックスの瑞季から檄が飛んでくるものなのだ。俺達が下校を一緒にするのに登校は別々なのは、俺がとてつもなく朝に弱いからである。



 うす、と朝に相応しいテンションで挨拶を投げてくれた級友に尋ねる。



「あれ、池沢も一緒じゃねえの? じゃあやっぱ瑞季は休みか」



「珍しいな、あいつが欠席なんて。ていうか初めてじゃないか?」



 医療技術が発達した今日、あまり体調不良で学校を休む者は多くない。よりにもよってあの学校大好き女だ、少しぐらい本調子じゃなくても体を引きずって登校しそうなものなのに。



 間もなくして教室に入ってきた副担任が、冬真もまだ登校してきておらず、連絡が取れないと俺達に告げた。昨日の今日なのでクラスは大盛り上がりである。



「二人して寝坊かあ? 昨日は朝まで何してたんだ-?」



「灯梨、お前昨日も一緒に帰ったんだろ? 何か聞いてねえのかよ?」



 興味津々のニヤニヤ顔で俺を取り囲むクラスメート達に、俺は今日ばかりは乗れなかった。昨日の瑞季の様子が鮮明に思い起こされる。



「……たぶん冬真は無関係だろ。昨日の瑞季は全然普通だったしな」



「なんだよーつまんねえ。そりゃ俺だって本当に二人が逢ってたらショックだけどよぉ」



「くだらねえこと言ってんな。それよか事故にでも遭ってねえか心配だ」



「……確かに」



 興をそがれた級友達は、普段ちゃらんぽらんな俺が珍しく冷静なことも相まって皆瑞季と冬真の身を案じ始めた。



 結局二人とも音信不通のまま放課後になり、いよいよ俺達の心配は加速した。



「あ、おい! あれ瑞季じゃないか!?」



 暗い雰囲気漂う中帰り支度を始めていた俺達を、窓から身を乗り出したクラスメートの叫びが覚醒させた。我先にと窓際に殺到する。



 俺はクラスメートの指さす方向を食い入るように見つめた。



 果たして、正門と校舎の間に広がるグラウンドをふらふらと覚束ない足取りで歩き、今まさに俺達のいる校舎へと入っていった制服姿の瑞季を見つけた。



 俺は一番に窓から弾けて教室から飛び出し、一目散に階段を駆け下りた。



 四階から一階まで、螺旋階段をほとんど飛び降りるようにして降りきった俺は、息が切れるのも構わず全力で走って瑞季の元へ急いだ。



 脱靴場に到着した。そこに瑞季はいた。ふらり、ふらりと、吹けば飛びそうな歩みで、今靴を脱ごうとしているところだった。



 俺は彼女の姿に安堵した直後、彼女の顔を見て言葉を失った。



「瑞季……なんだよ、その顔……」



 顔色がとにかく酷い。もともと美白だった彼女の肌は、今や血の気が完全に失せ真っ青になっていた。頬がこけ、髪の毛もバサバサで、息遣いもか細い。



 衰弱なんてレベルではなかった。これは、もう──生きているのが不思議なほど……。



「瑞季……瑞季!!」



 今にも崩れ落ちそうな体を支えようと無我夢中で走り出したとき、瑞季は一筋涙を流して、そのまま仰向けに倒れた。



 間一髪支えが間に合った俺は、瑞季の体重のあまりの軽さに声も出なかった。こんなの人の体重じゃない。全身の力を抜いた人間の重さじゃなかった。



 体は凍らせたみたいに冷たくて。心臓の音は聞こえなかった。息もしていなかった。胸の前で、姫を抱き上げるようにして瑞季を抱えた。瑞季の閉じた瞼は二度と開くことはなかった。



 続々と駆けつけたクラスメートにも構わず、俺は絶叫した。声の限り泣き喚いた。瑞季の死を純粋に悲しむ気持ちよりも、初めて人の死を肌で感じた恐怖の方が大きかった。



 数分、もしかしたらそれ以上も狂ったように叫び続けていたかもしれない。やがて孔明が俺から瑞季を取り上げ、震える声で言った。



「軽すぎるよ……瑞季」



 孔明は瑞季を下ろすと、躊躇いなく彼女の制服のボタンを一つ外した。誰かが怒鳴り散らす勢いで止めたが、孔明は「黙ってろ」と一喝。



 ブレザーを脱がし、ネクタイを外し、ブラウスのボタンを二つほど空けたところで孔明は手を止めた。薄桃色のキャミソールが僅かに見える瑞季の胸元に、大きなガーゼが厳重にテープで貼り付けられている。



 孔明はそれを慎重に引きはがした。その奥に隠されていたものが見えた時、俺は胃の中のものが逆流しそうになるのを必死で堪えた。



 そこには凄惨な穴がぽっかり空いていた。深紅の血で滲んだ痛ましい傷穴。



 丁度心臓部のある辺り。心肺が停止した今もなお、傷穴からはとくとくと静かに瑞季の血が湧き出ている。



「……スラムの解体屋の手口だ。身体の血液をありったけ抜かれてる。増強剤やら造血剤なんかを投与してギリギリ生き長らえさせて、絞り取った後は本人にその足で帰らせるんだ……!」



「血を抜くって……なんのためにだよ!? そんなことして何が楽しいんだ!?」



 クラスメートの悲痛な叫びに、孔明はぽつりぽつりと答える。



「瑞季の血液型……かなり珍しいものだったらしいじゃん。ほら、こないだ、献血に行ったときの話嬉しそうに話してた」



 瑞季の元気だった頃を思い出すだけで目頭が何度だって熱くなる。孔明のメガネの奥の瞳から液体が飽和して、流れ落ちた。



「希少な血液型は、同じく希少な血液型で生まれたために輸血治療を受けられない不運な患者やその家族を対象に、裏社会において信じられない高値で取引されてるんだ……」



 孔明は今度はスカートからシャツを出してめくり上げ、瑞季の腹部を確認した。細すぎるほどくびれた腰回りに傷は見当たらない。



「他の臓器に手を出して無いあたり、一応生かして帰すつもりだったのかな。…………クソ野郎……! こんな細い、女の子が……こんなに血を抜かれて……生きてられるわけないだろうがッ!!!!」



 孔明の拳が脱靴場の床に叩き付けられ、鈍い音を鳴らした。ここまで取り乱し、感情を表に出す孔明を俺達は見たことがなかった。



 瑞季の死に顔を改めて見る。あんなに明るかった彼女がこんな風にして二度と喋らなくなってしまうのか? もう一生目を覚まさないのか?



 なあ、瑞季。お前、宇宙に行くんじゃなかったのかよ。何勝手に殺されてんだよ。



「お前、今日、俺に……何を伝えようとしてた……?」



 教えてくれ。お前は何に悩んでた。冬真との間に何があった。どうすればスラムなんかに足を踏み入れるようなことになるんだ。



「教えてくれよ……瑞季ぃ……!」



 一生返らない答えを、俺は今でも探している。



 瑞季は両親がいなかった。幼い頃に事故で両親を亡くした瑞季は十五まで施設で暮らしたが、うちの校長が彼女が遠い親戚にあたることを知り、瑞季を高校二年の春から俺達のクラスに転入させた。



 共学制を数年後に予定した試験段階として、丁度都合良く転入してくれる女子生徒を探していたのだ。



 瑞季は借家を与えられ、基本的に独り暮らしをしていた。たまに校長が外食に連れ出すこともあったらしいが、瑞季はその性格上、これ以上校長に世話になることを本意に思わなかった。



 娘を新種の難病で亡くした校長は瑞季を実の子のように可愛がっていたから、彼女の死を最も悲しみ、受け入れられないでいるのは彼だったに違いない。



 スラムの解体屋による似通った犯行の事例が全国的に散発していることや、手口が酷似していることから警察の調べでもスラムの闇による犯行の線が濃厚だった。



 校長は絶対にスラムに近づくなと俺達を含め全校生徒に何度も何度も念を押し、市のスラムを焼き払うべく市長に直談判までしたらしい。



 式の挨拶が長いことで嫌われがちだった彼だが、俺達はこの件以降その行動力を深く尊敬し、そして全面的に応援していた。



 スラムとは、都市化の途絶えない現代で、公害問題を抑えて最悪とされる社会問題である。



 三十年ほど前から世界的に貧富の差が拡大し、大都市が華やかになるにつれ、そのすぐ裏側では汚染された裏社会の闇が深くなっていった。



 光が強まるほど影が濃くなるように。小綺麗な格好をして足を踏み入れようものなら十秒も生きていられないと言われるほど劣悪な環境で、救えないことに国そのものが数年前から管理、監視を実質ほぼ放棄していた。



 盗み、殺しは日常茶飯事。酒と暴力と淫らな性が氾濫した無法地帯。危なげな薬が飛び交い、羽虫が蔓延り、人体を売り飛ばす解体屋がのさばる、現世の地獄のような場所。それがスラムだった。



 一般人はアリの巣のように存在するスラムの位置を徹底して把握し、俺達子どもにくれぐれも近づくなと口を酸っぱくして言い聞かせるのがせいぜいの対策。



 住民票さえ無いような解体屋だ、瑞季を殺した人物を特定するのはほぼ不可能だというのが警察の見解だった。



 瑞季の死後、校長ほどスラムへの復讐に熱中できなかった俺達は、魂が抜けたような心持ちで惰性的に日常を送り、気が付けば進路を確定させ、そして卒業してしまっていた。



 散り散りになった俺達は連絡を取り合うこともほとんどないまま、ある者は大学、ある者は専門学校、ある者は社会人一年目をスタートさせた。



 死にたくなるほど辛い毎日ではなかった分、積み重なる無意味な日々が苦痛だった。



 そんな折り、俺達は唐突に知らされることになる。──地球が間もなく死に絶えるという、どうしようもない現実を。



 俺は進学をせず、三つのアルバイトを掛け持ちして生計を立てるフリーターの道を選んでいた。



 朝、出勤前につけたテレビでその報道を聞いたとき、俺は驚くほど冷静にその事実を受け止めることができた。



 もちろん驚いたが、恐怖したり、気が狂ったりするようなことは全く無く。ただ、あぁ俺の人生は終わるのか、と他人事のように虚しい感情を抱いたように記憶している。



 その直後、鼻血で顔を汚した男性の姿がテレビに映った。今では知らぬ者のいないほどの有名人、アルカディア研究主任のシンジである。



 彼の語る理想郷に興味を抱かなかったと言えば嘘になるが、俺は結局、抽選に参加しなかった。



 俺より他に、もっと生きたいと願う人に当選通知が届きますように。そんな思いからだった。



 夢も目的も気力も無く毎日を生きる俺は、恐らく生き長らえたいと思えなかったのだ。死ぬなら死ぬでいいか。そう思った。



 ──だが。



 大騒動の一日から二週間ほどが経過した頃の朝だった。俺の端末に届いた一通のメッセージが、それまでの思考を百八十度変えた。



 件名、『久しぶり』。差出人の名は『冬真』。




 冬真──




 その二文字を見た瞬間、俺は長い夢から覚めたのだ。あの日以来行方を眩ませたままだった彼からのメッセージ。彼は瑞季について何か知っているのではないか。



 実際は知っているどころではなかった。全文を読了した俺は端末を取り落とし、その場で声も無く震えた。




『長い間姿を見せずに、本当に申し訳なかった。担任として君達の卒業に立ち会えなかったことが残念でならない。


 この機会に伝えよう。瑞季を殺したのは僕だ。


 僕は理想郷へ行く。でもどうしても君達と一緒に行きたくて、少しズルをしてしまった。スラムの友達にお世話になったのはそれこそあの日以来だ。試しに外に出てみるといい。


 それじゃあ向こうの世界で会おう。かなり先の話になりそうだけどね。その時は、瑞季の思い出話でもしよう』



 一年以上もの間停止していた脳が急速に回転を始めた。スライドショーのように明滅する、瑞季の笑顔。光り輝く太陽のような瑞季との思い出の風景。はにかんだ顔、怒った顔、あの日見せた泣き顔。



 そして、彼女のあまりに惨い最期。モノトーンの記憶が何度も何度もチカチカ点滅して、胃の中身が逆流しそうになる。俺は半狂乱でカーペットを蹴飛ばし、借家の外へ飛び出した。



 そこには巨大な強化段ボール箱。俺の玄関先には、理想郷へと人々を導く希望の舟が置かれていた。どうしようもない屈辱と怒りで頭が白濁する。



 冬真。冬真。冬真冬真冬真冬真冬真冬真冬真冬真冬真冬真……!!!!



 瑞季を殺したのは僕だ──文面にあった一行が冬真の声で内耳に反響する。わけが分からないはずなのに全てを悟った感覚だった。瑞季を殺したのは冬真で、冬真は俺を向こうの世界に招待しようと言うのだ。



 スラムとの繋がりを仄めかす文面からも分かるように、このハードは間違いなく盗品だ。本来は別の誰かが乗り込むべきはずだったものだ。



 そんなの知ったことではなかった。



 俺はその場で、梱包を親の仇かとばかりに力任せに引き裂いてハードを剥き出しにした。



 説明書もろくに読まず乗り込み、乱暴に初期設定をこなしながらひたすら冬真のことを考えた。



 訊きたいことが山ほどある。もうどこにも逃げ道は無い。地の果てまでも駆けずり回って見つけ出して、全て吐かせて、そして──



「殺す……!」



 俺は瑞季が好きだった。でも瑞季はお前が好きだったんだ。それなのに、それなのに、それなのに!



 瑞季はあの日悩んでた。苦しんでた。今なら分かる、それはお前のせいなんだろう。お前が明るかった瑞季を悩ませ、苦しめ、そして殺したんだろう。



 瑞季の血を売って得た金は何に使った? 言ってみろ。言ってみろ!! 俺達の前で言えるものなら……言ってみろ……!!!



 瑞季の思い出話でもしよう──



「ふ……! ふ、ふざけんなぁ……!」



 俺達を招いて、その上会いたいだと? どこまでネジが飛べばそんなおめでたいこと言えるんだ。



 設定を気づかぬ内に終え、研究員のアナウンスが告げたように意識が少しずつ沈んでいっても、冬真に対する無限の憎しみは一瞬たりとも手放さなかった。

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