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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第二章《Lost》
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ユートピアに散る



 ハルカの気配が完全に去ってから、美しい研究員は力を抜いた。ソーマは戦意の見えないワタルに得物を突きつける。



「やらないんですか? 負けるつもりはありませんが、いい勝負になると思いますけど」



「勝てないのが分かってるのにマジでやれるほど、もう若くないんだ」



 朗らかに笑うワタルが背後に向けて親指を突き出す。ワタルの後ろには深紅の刃が脈動する刀を抜いて立っているケントの姿があった。



「なんだケント、もう復活したんですか。確かにこれじゃあ勝ち目も逃げ目も無いですねぇ。なるほど……それであの娘を逃がしたと」



「相手してあげられなくてごめんねー。焦らなくてもその内、とびきり強いやつがあんたらぶっ倒しに来るから」



 不遜な宣言にケントが唇をめくり上げたが、何か言い出す前にソーマが遮った。



「それは誰ですか?」



「この世界の主人公」



 けろっと言い放ったワタル──その中指に嵌められた金色の指輪が、刹那強烈な閃光を放った。ワタルの全身が透き通っていくように錯覚するほど、明度の高い濃密な光が飽和する。



 ワタルのHPバーがあっという間も無く一息に減少していきゼロになるのを、ソーマは半分機能を失った目で見た。



「自爆!? ソーマ様、離れ──」



 ケントの泡を食った声は凄惨な爆音に掻き消された。燃やすどころではなく触れるもの全てを溶かすような純白の炎が瞬く間に拡散し、ソーマの全身を突き抜けた。



 これは──死ぬな。



 最初の1ヒットをその身に受けた時点でソーマはそれを悟った。体が粉砕するような地獄の苦しみ。熱すぎて叫ぶこともできない。



 忍び寄る死神の気配がソーマの怪物的な戦闘本能を覚醒させる。



 "オリジナルスキルを盗む力"──【盗人の美学ファントム・シーフ】。それがバットマンに与えられたソーマのオリジナルスキル。



 ソーマがこれまで盗んだオリジナルスキルはたったの二つ。半端な力は彼の琴線に触れることさえ叶わないのだ。ソーマは灼熱に体を焼かれながら、左手をぐっと開いて盗んだ力の片割れを発動した。



【暴食の黒点グラトニー・ホール】。真っ白な炎の中でソーマの左手に相反する黒が集結する。



 直後、拡散した爆炎がソーマの左手に点った黒に勢い良く吸い込まれていく。重たい吸引音を伴って瞬く間に視界が晴れた。



 まるで事実そのものを吸い尽くし無かったことにしてしまったかのように、ソーマの左手に顕現した穴は炎の全てを飲み込んで塞がった。



 ただ、ワタルの最期の抵抗の爪痕が、その無念の深さを表すように大地に刻み込まれていた。付近の建物すれすれを掠めるほどの規模でぽっかりクレーターができあがっている。ソーマはヒリヒリと痛む全身に眉をひそめる。



「ソーマ様、無事ですか!?」



 ケントが血相変えて駆け寄ってくる。彼もソーマ同様至近距離にいたはずだが、どういうわけか無傷である。



「……ケントこそ、よく無事でしたね」



「え? ソーマ様が守ってくれたのではないんですか? あの研究員の自爆に巻き込まれたと思ったら、俺の体を球体のバリアみたいなのが包んでて……てっきり、ソーマ様が何かのスキルで助けてくれたのかと」



 まさか、とソーマは笑う。スラムで育ったソーマは極度の機械オンチで、この世界の仕様のほとんどに苦手意識がある。スキルという概念も正直ピンときていない。



 ソーマが意のままに扱えるのは、感情が発動の引き金になっているオリジナルスキルだけだ。



 さっきも、自らの命を脅かそうとしている爆炎を消滅させたい、という本能がトリガーを引いただけのこと。自分の持つ普通のスキル、ジョブスキルをソーマはほとんど把握していない。



「となれば、あなたを助けたのはワタルさんですね」



「……あの研究員が? 何故です」



「君がセツナ君のお友達だからでしょうね。ワタルさんの言っていた弟子というのもセツナ君のことでしょうから」



 爆発の規模も、遠巻きにこの異常なレベルの戦闘を眺めている野次馬や建物を巻き込まない程度に留めている。



 あの爆発でソーマを殺せるとは彼も思っていなかっただろう。ただ、捕虜とされる前に研究員としての誇りを保って死んだ。



 面白い男だった。殺すつもりなど無かっただけにソーマは彼の死を惜しく思うのだった。



「どうします。あいつは南門に向かえとハルカに言ってました。今から追えば……」



「ここまでされてそんなマネできますか。それに──」



 ケントの顔が上方向に勢い良くブレた。どさり、とソーマはその場に崩れ落ちる。ケントがほとんど悲鳴に近い声でソーマの名を呼んだ。



「体が動かない。三日ほど眠ることにします。その間よろしく頼みますよ」



 それだけ言って、ソーマはもう寝息を立て始めた。





 背後遠方で響いた重苦しい爆音が、努めて無心に動かし続けていたハルカの足を止めた。



 音と光、そして巻き上がる粉塵ときのこ雲に野次馬根性を刺激されたタイロンの住民達が、続々とハルカの来た方向へ駆けていく。



 気絶したトーリを抱え一人だけ逆走するハルカに人々は好奇の目を向けるが、ハルカの顔を見るなりばつの悪い顔をして目を背ける。今、ハルカの顔は涙と悔しさで酷い有様になっているはずだった。



 先刻の爆発音。どちらの攻撃だとしても決着に相応しい規模だった。ハルカはフレンドリストを開くのが怖い。来てはならない通知を拒否するべく、剣も鞘から少し抜いた状態で固定した。



 後ろ向きになりがちな思考を振り払って見上げた景色に、ハルカは豪奢な金属製の門柱を認めた。ワタルの示してくれた避難場所。タイロンの出口南門だ。



 ハルカは残りの道程を一息に駆け抜けると、門を出てすぐのところに植えられていた背の低い藪の中に二人分の体を潜り込ませ息を殺した。



 ワタルの言う上司とやらが来るまで、なんとしても誰にも見つかるわけにはいかない。



 目の細かい藪の隙間から外を監視する。南方の青空から何かが飛来してくるのを目に留めたのは間もなくだった。



「……うそ」



 段々と鮮明に、巨大になっていくその影の正体を知るなりハルカの声から驚愕の音が漏れた。



 あれは──あれはまるで、ドラゴンではないか。



 深緑の鱗に全身を包み、巨大な双翼で力強く大空を羽ばたく。まだ遠目だが圧倒的な存在感だ。近づいてくるにつれ鋭利な牙や、縦長の光彩を爛々と光らせ大地を睥睨する、その神の如き双眸まで鮮明に見えてくる。



 その背に人が乗っているのにハルカが気づいたのは、もうドラゴンが着陸体勢に入ったときだった。



 翼をバサッ、バサッ、と長い間隔で大きくはためかせ、ゆっくり垂直に落下してくる。背に乗る人物は白衣姿だった。──アルカディアだ。



 ハルカは脱兎の如く藪から飛び出した。その超重量を大地に乗せた巨大竜が、長い首を鋭くハルカに向けて低く吼えた。



 気圧されるのも忘れてハルカはその背に飛び乗り、白衣姿の男に掴みかかる。



「ワタルさんを! ワタルさんを助けてください!」



 その研究員は当初泡を食った様子でハルカの顔を目を白黒させて見ていたが、すぐに全てを察した様子で俯いた。



「ワタル……俺が納得する理由、ちゃんと用意してるんだろうな」



 少しだけ怒ったような声は、とてもとても痛ましく、哀しげで、しかし力強かった。



「君と、君の担いでるその青年がワタルの遺産なんだとしたら、君達にはたっぷり働いてもらわなきゃいけない。しっかり捕まってて」



 頭にタオルを巻いた研究員がトン、と竜の背中を靴で叩くと、竜は垂直に飛び上がった。あまりに優しくない離陸にハルカは盛大に尻餅をつく。



 トーリを抱えたまま研究員の白衣にしがみつき、どうにか竜のその広い背中に安定しそうな場所を見つける。



 と、研究員が背中の中心付近に生えた苔色の毛を掴んでバランスを取っているのに気づき、ハルカもそれに倣う。



「安心して、難易度高いけどドラゴンライドは一応ミニゲーム扱いだから。滅多なことが無い限り落ちたりしない」



「な、なんかコツとかないんですか!」



 酷く揺れる上昇がようやく終わったかと思うと、竜は勢い良く空を滑空し始めた。



 緩やかに思える所作だがこの巨体であるため、乗っている方はたまったものでは無い。吹き荒ぶ強風に抗って研究員に教えを請うハルカ。



「僕に合わせて体を傾けて。あと、この毛は絶対離さないで。できれば抱えてる彼も起こした方がいいんじゃない? 人一人抱えたまま片手でのライドは無茶だと思うよ」



 冷たいわけではないが、研究員の言葉は淡白だ。所々に苛立ちも隠し切れていない。──きっと、ワタルのことだ。



 いつ聞いてくるだろう。ハルカのみが知っているワタルについていつ尋ねてくるだろう。こちらを振り向かぬ背中に対し、それが怖かった。



「いえ! 大丈夫です、慣れてきましたから!」



 死んでも足手纏いになりたくない。ハルカは必死で竜の背中に適応しようと試みた。



 吹き付ける向かい風と洒落にならない寒さはどうしようもないが、加速が落ち着くにつれバランスだけはどうにか取れるようになってきた。



「……ワタルは、君を助けた。そしてザガンであるそこの青年も。そうだね」



 確認する研究員──ヒロキに、ハルカはゆっくりと頷く。



「トーリ君が、どうしてザガンって分かったんですか」



「あの日、アルカディアを襲撃した顔の一人だ。忘れるはずがない」



 憎々しげに言った。



 無意識に、ハルカはトーリを抱えている方の手に力を込めた。この男は今にでも振り返り、トーリを刺し殺すような気がしたのだ。それだけの殺気が確かに感じ取れた。



「ワタルはなんて言ってた」



「どうか無事でと。私に」



「そうか。あいつも人の子だったんだな」



 ヒロキの口調はあくまで淡々としている。しかし少しだけ、少しだけ温度が優しくなった。



「僕はね、ワタルに『今までお世話になりました。何も聞かずにタイロン南門まで来てください』……そうメッセージを飛ばされてわけも分からず駆けつけたんだ。そのわずか五分後にワタルの反応がマップから消えた」



 心臓に杭を打ち込まれたような鈍痛が走った。胸が詰まって言葉が出てこない。じゃあ、やはり、ワタルは。



 ──私のせいで。



「あいつは独断で動いた。本部から勝手に消えて、勝手に迎えを要求して、勝手に……死んだ。……なぁ、教えてくれ。君達は何者だ? 僕達アルカディアのためになにができる? なぁ、頼む。ワタルの死には意味があったと、今ここで僕に証明してくれよ!」



 背中が大きく震えて、ヒロキが切実な本心を吐き出した。彼の叫びがそのまま胸に突き刺さった。



「……すまない。君だって怖い思いをしたばかりのはずなのに。アルカディアの研究員がこんなので幻滅したかい? でもワタルはかっこいい男だっただろう。よかったら……名前を、教えてくれないか」



「ハルカ。ハルカです」



 ヒロキは半分は予想していたようにああ、と零した。



「そうか、君がセツナ君の。なるほど……ワタルが命を懸けた意味がさっそく一つ見つかった」



 ヒロキが初めてこちらを振り返った。優しい大人の目で、ハルカを見つめている。



「鬼ヶ島からとうとうここまで逃げてくるなんて、顔に似合わず可愛げが無い娘だな。セツナ君も隅に置けない」



「トーリ君……彼と、ワタルさんのお陰です」



「へえ、ザガンに助けられちゃったの? じゃあその子、下手したら味方になるかもな。なるほどワタル、さすがお前だ。死ぬときもただじゃ死なないのかよ」



 苦笑するヒロキのまなじりに、一瞬だけ光るモノが見えた。ハルカはヒロキに、ゆっくりとハルカの知ること全てを話し始めた。



 三人を乗せたドラゴンは真南へ向け、彗星のように真っ直ぐ青空の中を泳いでいった。

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