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リアル・プレイング・ゲーム  作者: 旭 晴人
第一章《Utopia》
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襲撃

 街外れの丘を駆け下りた俺は噴水広場を突っ切り、並木通りを抜けて露店街に差し掛かる頃には、出せうる限界の速度で疾走していた。



 俺はどういうわけかアジリティの成長曲線が群を抜いて高く、レベルでケントやシュンに劣るものの、足の速さだけならセントタウンで最速の自信がある。走っているときが俺は一番好きだった。



 住宅街に入った。木造、石造アパートや平屋が煩雑に建ち並ぶ団地だ。自宅までもう間もなくである。入り組んだ道を突破し、比較的大きな道に出た。この道の突き当たりに、俺たちの住むアパートがある。



 その時だった。



「──よーう少年。速いねえ」



 耳元で、嗄れ声が囁いた。あまりに気味の悪い声で、全身を不快感が這い回った。これほど高速で走っているにも関わらず、それはしっかり俺に届いたのだ。弾かれたように振り返ると、俺とピッタリ併走するプレイヤーがそこにいた。



 ボロボロの黒いローブをはためかせ走る男は、フードの隙間から汚い歯だけを見せて笑っていた。俺は言いしれぬ恐怖を抱いて速度を更に上げるも、男は余裕でついてくる。



「ちっ!」



「おっと」



 俺はやむなく急停止した。怪しさと汚さを極限まで突き詰めたような男は俺より少し先に行ったところで同じように急ブレーキをかけ、三メートルほどの距離を空けて俺と向かい合った。余裕綽々の立ち姿。



 周囲に人影はない。



 男をしばらく凝視し、ターゲットすると男の名前が表示された。《Gail》──ゲイル。アルファベット表記からも間違いない、この男はプレイヤーだ。



 つまり、イベントのフラグではない。この男は地球から俺達と共にやってきた、幸運な人類の一人。



 しかし俺は、目の前のこの男が俺達と同じ立場にあるとはどうしても思えなかった。醜悪すぎる外見は明らかに"悪役"で、イベントのフラグNPCと言われた方が何倍もしっくりくる。



「悪いねえ引き留めちゃって。せっかく記念すべき日だから故郷で誰かヤッちゃおうと思って帰ってきてみたらさあ、えらく足の速い坊主がいたもんだから」



 ゲイルは片頬をつり上げて笑い、フードの影から一瞬覗いた瞳を獣のようにぎらつかせた。



 そして腰から、刃に紫色の粘液が付着した大振りの短剣を引き抜きその切っ先を俺に向ける。有り得ない光景に、声を失う。



「君さぁ、今レベルいくつよ」



 そんな問答をしている余裕などなかった。この男は今、住宅街のど真ん中、紛れもない《街区》内で、抜剣したのだ。



 俺とケントがフリーバトルを行っている丘は、セントタウンの領土であるが《街区》には含まれないため抜剣できる。だからフリーバトル終了後も武器の研磨や調整ができるのだ。



 しかしここは、一切の武装が禁止される《街区》──言い換えるなら《武装強制解除空間》。俺が葉桜を抜けないのとまったく同じ現象がここでは起こるはず……なのに。



「あれ、あれぇ? ごめんごめんビビらせちゃったかぁ!? そりゃそうか、武器抜いちゃったら恐くてチビッちゃうよねえ!?」



「……なんなんだよ、お前」



「ヒャハハハハハハハハハハハハッ!! いいねえたまらねえよその表情。恐怖を隠して奮い立とうとするその感じ、最高だ! よぉし決めた、俺のこの世界での記念すべき第一号は君に決めた!」



 言うや否や、ゲイルの膝が大きく屈められた。直後──



「いッ!!?」



 閃光の如き突きが俺の顔めがけて打ち出された。三メートルの距離を一瞬で詰めての突進突き。俺は間一髪首を左に曲げてそれを躱す。しかし。



「ぼけっとしてんな!」



 大砲のような蹴りがすかさず俺の腹部を射貫いた。腹に穴が空いたかと思った。視界が一瞬白熱し、何度もバウンドして色んな箇所を打ち付けながらようやく止まった。



「アァ……ッ!! うえッ、ゴホッ……!!」



 盛大に嘔吐えづき、チカチカする視界の中俺はうずくまって激痛の走る腹部を握りしめる。この一ヶ月忘れていた、本物の痛みが俺を襲っていた。気を失いそうな痛みだった。



「今のは直撃かぁ、よくHP耐えたねぇ」



 俺のHPバーは、レッド突入ぎりぎりのイエローゾーンにまで後退していた。何より、何故俺のライフが街区で減少しているのか、どうして俺は仮想世界で、本物と遜色ない激痛に喘いでいるのか、まったく理解できない。



 何一つ理解できず、俺はひたすら痛みと恐怖に震えた。



「……ちぇ、つまんねー。もう戦意喪失かよ。じゃあさっさと終わらせますかぁ」



 死ぬ。本能がそう悟ったとき、気づけば絶叫して腰のナイフを引き抜いていた。



 ベアズクロウの刃が光を反射して白く輝く。双眸を現界まで押し開き、歯を食いしばってスキル名を叫んだ。



「【電光……石火】ッ!!」



 酷い発声だったがシステムはきちんと音声認証をしてくれ、ベアズクロウの刃が強烈な黄色いライトエフェクトを帯びた。屈んだ体勢から、弾丸が撃ち出されるような速度でゲイルめがけて突進する。



「うぉ……?」



 完全に油断していたゲイルを一瞬で通過し、俺は向こう側の地面を数メートル滑走して静止した。一瞬遅れて小気味良いエフェクト音と、ゲイルの短い呻き声。



「……俺と同じ短剣使いか。武器熟練度が600は無いと使えねえだろそのスキルは。フリーバトルでもやりまくってたか?」



「効いてねえのかよ……」



 スキルとは、平たく言えば必殺技みたいなもので、スキル名を正しく発音することで発動できる。



 種類は大きく分けて二つあるが、敵に大ダメージを与える攻撃系のスキルが分かりやすい。それ以外をざっくり補助系スキルと分別する。



 また、スキルにも所在があり、今俺が使用した短剣スキル、つまりは《ウェポンズスキル》と、各ジョブに三つ用意されている《ジョブスキル》、そして高ランクの武器や防具にはそれ自体が保有する《装備スキル》なんてものもある。



 今の【電光石火】は俺の持つ中で最速の突進技で、すれ違いざまに二連撃を見舞う優秀なウェポンズスキルだ。



 突進速度は俺の素早さパラメータに比例するため、レベルを上げていけば更に【電光石火】は速くなる。他のスキルも大抵、使用者のステータスに比例して威力、効果は上昇する。



 スキルの獲得条件は、レベルを上げていけば普通に手に入るものや、武器や職業の熟練度を上げていけば手に入るもの、中にはあるスキルを使い続けることでそのスキルが進化したり、特定のモンスターを一定数倒すことで会得できるスキルもあるなど、実に幅広い。



 【電光石火】はゲイルの言ったとおり、短剣の熟練度を600以上にまで上げないと会得できない。武器の熟練度は一般にその系統の武器を使い続けることで気が遠くなる速度で上昇するのだが、フリーバトルは経験値がもらえない分、武器の熟練度が上がりやすいという特徴があるのだ。



 スキルは無尽蔵に使用できるわけではなく、SPスキルポイントというものがHPの下にバーで表示されており、それを規定量消費することで発動が叶う。俺のレベルでは、【電光石火】を含む強力スキルはどれ一つとして、おいそれと連発できない。まだSPの絶対量が少ないためだ。



 そんな切り札級のスキルでも、ろくにダメージを与えることができなかった。レベル差、ステータス差かがありすぎる。勝てない。冷静に考えて、俺がこの男に勝てる可能性は限りなくゼロに近い。



 勝てなければ、どうなるというのか。こいつの正体も、街のど真ん中で武器が抜けるこの異常事態も、何一つ分からないが、今ここでこの男に殺されたところで、まさか本当に死ぬわけじゃあるまい。この世界はゲームの世界なのだから。



 ……本当に?



 腹にズキズキ走る痛みが、どうしても、俺を楽観的にしてくれない。



 ヤケクソで絶叫した俺は、敏捷パラメータ全開の突進を繰り出し、ゲイルに無謀とも言える特効を仕掛けた。ペース配分を無視した全力の速度でナイフをがむしゃらに突き込んでいく。



 刃と刃が衝突する度に火花が飛び散り、ゲイルのフードに隠された素顔を一瞬だけ照らす。狂気を抑えきれない笑みを浮かべるゲイルは、気味の悪い声を上げながら俺の攻撃を全て弾き落とす。



 視野はどんどん狭窄し、重く冷たい衣が全身を覆っていくのを感じる。



「ヒヒッ! いいね、いいねぇ! おらどうしたぁ!」



 快哉を上げ、ゲイルは俺の突き出したナイフを思い切り短剣で弾き飛ばした。危うくすっぽ抜けそうになり、俺の全身がノックバックする。



「うっ──」



「あばよォッ!」



 興奮の絶頂と取れる上擦った奇声を上げ、ゲイルは短剣を大袈裟に振りかぶった。毒色に塗れた刃がギラリと凶悪な光を帯びる。



 ゲイルの剣は、単純に俺をシステム的に殺し、最終チェックポイントからコンテニューせしめるだけでは済まさない。今やその確信があった。先程の激痛が、俺に原初的な恐怖を与える。



 剣は、唸りを上げて振り下ろされた。しかしその時、横合いからただならぬ威圧感を纏った影が乱入し、ゲイルの短剣を叩き飛ばした。

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